獣はその盃に死を満たす-4-
元王太子レオンの死の真相は、依然として判らなかった。
同じく死んだ新任の神官長の身元を洗い出したが、王家に恨みを持つような問題はなく、訳ありの身内がいた形跡すらなかった。
ならば、王家の者としての死を望むレオンに頼まれて、毒杯の持ち込みを依頼したのか。つまりは自殺の幇助をさせたのか。結局は、何も分からないまま二つの遺体はひっそりと埋葬された。
一部の貴族からは、余計な誓約をしてくれたものだとぼやきも漏れたが、レイモンドは聞く耳持たずで綺麗に無視して見せた。今更、何を…が彼の心境だ。
もしもあの場でラーデスの首が落とされた場合、それを止めることなく王位に付かんとした者は、正真正銘の簒奪者と謗られるのは必然だった。いくら手にかけたのは聖女だとは言え、物申せる距離に居ながら黙って見殺しにしたも同然になるのだ。
新王が即位するまでは生きていて貰わなければ、それ以降はどうなろうと構わない。レイモンドの中では、己の命を賭けてでもラーデスの生は重要だったのだ。
いい加減に痺れを切らした他の臣下や役人どもにせっつかれ、レイモンドは自領から出て来ようとしない長男に、厳しい登城命令を送った。
すでに離縁した前王太子妃のレデリカに、ヤンベルト領への旅行を勧めた思惑は当たった様子だと報告されているが、事ここに至ってもいまだ肚を据えない息子にいささか呆れ、不甲斐ないと呟きながらの伝達だった。
何を惑っているのかと苛立ちながらも、レデリカと共に登城した長男ランフェルドに「王位に付く決心は!」と詰めよれば、
「王女レデリカ様を私の妻に」
と、今更なことを言う息子に呆れた。
そのためにレデリカを送り届け、親愛を育めるようにと相手をさせた父の思惑の端すら理解していなかった鈍さに、卒倒したレデリカと一緒に己も倒れてやろうか…と自棄になりかけた。
血相を変えてレデリカを抱き上げて、侍女や女官たちと飛び出して行ったランフェルドを見送り、がっくりと円卓に両手を付いて肩を落としたレイモンドに、同席していた他の重鎮たちが同情含みの苦笑を投げた。
「あの方は、良い王になるでしょうな。まずは、王妃様を大事になさることは間違い無しじゃな」
最長老の法務大臣が、好々爺然とした笑顔で言うと、他の者たちも一様に頷いた。
しかし、父の立場から見てあまりの不甲斐なさに、すぐには立ち直れない。それがまた年寄連中には面白い様で、若い者は大変だと笑い出す始末だった。
「倅殿の心情も考えてみれば、不甲斐ない動きしかできんかったのは仕方なかろう。なんせレデリカ王女はこの国の被害者じゃ。愛しいと思えど、王位をとなればまた王女をこの国に縛り付けてしまうことになる。せっかく自由になったと言うのに、また…と躊躇する倅殿の気持ちも理解できよう」
「そこを…父親としては、そこを先に決めて欲しかったのですよ…。口説いてさえいなかったとは…はぁ…」
「まあ、さきほどの状況を見れば、王女には少し可哀想なことをしたな、と思うがの。じゃが、終わりよければ全てよしじゃ!」
「はてさて、倅殿はちゃんと王女を口説き終えてるかの…?」
最長老の呟きが会議の終わりとなった。
すでに戴冠式の準備は整えられており、後は本人達の決断を待つだけになっていたため、よれよれのランフェルドがレイモンドへ決意と婚姻の意志を伝えに訪れた直後から、城内は一気に慌ただしさを増した。
レデリカ王女は精神的な衝撃も冷めない内に衣装確認と婚儀の打ち合わせに振り回され、それ以上に大役のランフェルドは時間の無さに歯ぎしりした。だが、愚痴を零せば自業自得と切って捨てられ、昼間に溜まった不満を夜はレデリカと共に過ごすことで解消した。
すでに始まった蜜月は、誰も邪魔だてはしない。
戴冠式と婚礼の儀が終了したその夜、気心の知れた貴族たちと祝杯に酔い楽しく語らっていた。そこへ、侍従が飛び込んで来るなり、ラーデスの死を伝えた。
「他殺か!?」
あまりのことに、すぐに考えがそちらに向いたが、侍従に案内されて向かった部屋に待機していた衛兵は、すぐにそれを否定した。
いきなり魔獣がごとく大音声の唸りを上げると、身体中を痙攣させたまま事切れたと言う。
「すぐに治療士を呼んだのですが、診たてでは胸と背の烙印から腐りが入り、それがとうとう心の臓にまでと…」
「ふふふ…まごうことなき病死だな。それも今夜とは…因果なものだ」
嘲笑を呪い死んだ簒奪者に贈りながら、レイモンドの気分は一層晴れやかだった。
これで何も憂いはなくなった。後は前を向くだけだ。明日からは、己は臣下の一人。もう息子でも親でもないのだ。
最後の憂いの消失は、親として息子へ最後のはなむけになっただろう。
その後、一人になったレイモンドは、満天の星空を見上げて盃を掲げた。
END




