二十話目。
「あれ、お前ら知り合いなの?」
「……っ…………」
『……まぁねー。…………ともかくとにかく、今はゴタゴタやってる場合じゃないよ、カオリ。
仲間を助けたいんでしょ?』
「!?……わかってる。わかってるよそんなの!」
つい、叫んでしまった。
でも仕方ないじゃないか……。
昌を見ると自分の無力さを訴えられているようで、昔の自分に戻りそうで……それが怖くて…………。
だって、昔の私は今の状況なら絶対に逃げ出してる。大切な仲間が死んだらそこで立ち止まる。
震えて何も出来なくなる。
それが昔の私なのだ。
『そう……。わかってるならいいんだ。
じゃあ行こうか』
昌は何も言わなかった。
こんなの、おかしい。
責めてくれたほうがどんなに楽だろうか。
罪悪感に埋もれていく。
足掻くこともせず、ただただ埋もれるだけ。
「リク……昌とは、いつ会ったの?」
「さっきだ。カオリが戦っているときに」
「そう……」
じゃあ私たちのことは何も知らないんだ。
それはそれで安心だった。
知られたって、どうしょうもないから。
過去なんて変えられないから。
そう話ながら歩いて行くと展望台の入り口についた。
「……夜の展望台、なんか緊張するね」
『ここはレベル高そうだ』
「まぁ……行くしかないだろ」
重いドアを開ける。
普段なら立ち入り禁止で開くはずもないのだがそれがこうも簡単に開いてしまうとなるとまた恐怖心が大きくなっていく。
「螺旋階段……転げ落ちたら死ぬぞこれ…………」
「フラグはやめてよ……。てかうちの学校どんだけ金持ちなの……私立じゃないのに…………」
「あー、あれだ、つまりそう、税金の無駄遣い」
「だね」
螺旋階段を上ると綺麗な展望台があった。
本当に、うちの学校は金持ちだ。
「七不思議では黒い手が出るんだよな」
『……油断はしない方が良さそうだ。なにせ丸い展望台、全体に窓があるからね』
「怖いこと言わないでよ……」
見渡す限り、今のところは何もない。
敵が出る条件でもあるのだろうか。
もう一度周りを見渡す、すると景色が歪んで見えるのだ。
真っ暗なはずの窓の外が何でか歪んでいる。
まさかと思い構える。
「……がッ!?」
ガンッと嫌な音がした。
リクの方を見ると黒い手がリクの首を掴んで窓に押さえつけている。
『「リク!?」』
リクは必死に自分の首を掴んでいる手を退けようとするが掴めていない。
すり抜けてしまっているのだ。
「昌、どうにか出来ないの!?」
『無茶言うなよ!俺ができるのはせいぜい回復だけだ!』
「えぇ!?」
助けたい、なのにどうにも出来ない。
リクを押さえつけている手の力が強いのか、後ろの窓にはひびが入ってきている。
今にも割れてしまいそうだ。
そんなとき、声が聞こえた……。
聞きなれた、私の声。
(何で見てるだけなの?それじゃあの時と同じ。
さっさと、手を伸ばして!)
言われるがままにリクのほうへ手を伸ばす。
するとそのまま私の中からワタシが出てきた。
「なっ……」
『ドッペルゲンガー!?』
ワタシはリクを掴んでいる手を退けると、私のほうを見てきた。
『馬鹿じゃないの、私……。
敵わない敵だからって、自分に力が無いからって、それが諦める理由になるわけじゃないでしょ!』
ワタシにしてはずいぶん強気じゃないか。
『目の前にピンチな仲間がいるってのに、動かないなんて……』
ワタシにしてはずいぶん優しいじゃないか。
同じなのに、何でこんなにも違うのだろう。
悔しい。
『君は、さっきのドッペルゲンガーだよね?
何でカオリの中に……?』
『……カオリが、ワタシを受け入れたから。
ワタシはカオリの能力として今もこのゲームに縛られてる』
『縛られてるってどういうこと?』
『ワタシは本当の自分を忘れた古い古いただの魂。
鏡にカオリが写ったとき、ワタシはカオリになったの。
死んだり、役目が終わればワタシは解放されるはずだったのに……』
『雪村彩夏か』
『まぁね……』
話が終るとリクが押さえられていた所を押さえて起き上がった。
「げほっ……んんっ…………。助かったっ……カオ、リ……まだ、手は残ってる……から……うし、ろ……」
「え……?」
『油断すんな馬鹿!』
リクの瞳には私の顔と、私の後ろにある無数の手を写していた。
でも私は、負ける気がしない。全く。
「私の言った通りにうごいて」
『……はぁ、仕方ないな。全く……了解』
私はきっと触れないから。
ここはワタシに任せる。鉄パイプを渡して、私は冷静に今の状況を考える。
手は数えきれないほどある。だけど、どれも同じ形。
戦闘能力もきっとそう変わらないのだろう。
「まずはそうだな……相手の攻撃を避けつつ右端から潰していこうか」
『……人使い荒いんだねッ!!』
そうは言いつつも、彼女は私の味方だ。
ちゃんと私の指示に従っている。
私や昌、リクに近付くことも出来ず手は倒されていく。
『カオリ……本当に指示してるだけなの?
汗すごいけど……』
「そんな都合のいいものじゃないみたい……。
私はあのドッペルゲンガーを頭のなかで動かしている。
もう一人の私は自分の意思で戦ってるつもりだけど、本当は何もかも共有してる。痛みも、疲れも……恐怖も、ね」
『そんなの、カオリの負担じゃ……』
「いいの。もう、後悔したくない。助けられるなら、助かるなら、どんな手段でも使いたいから……ッ……!?」
昌と話していたせいか、集中が途切れる。
戦っているワタシは無表情で戦っているのに、私は足に痛みを感じていた。
捕まれたような感覚。
「下から攻撃来てるよッ!」
『わかってる!!』
右、下、右、左、後ろも、そんなことを頭で考える。
するとそのとおりにワタシが動く。
ゲームみたいだ。
「はぁッ……はッ……長期戦はつらいかも……」
動いてもいないのに息が切れる。
そろそろ、もたなそうだ。
『体力無さすぎ。あと一体だよ、頑張って』
「わかってるよ……!」
ぐっと汗を拭う。
目の前には今までの敵よりもほんの少し大きい手。
鉄パイプでは倒せないと判断した私はナイフを渡した。
切ってしまえばいいのだ。
助走をつけて、地面を蹴るようにして飛び出す。
勢いは十分だ。
空気を切るようにして手を切る。
『いけるよッ!!』
シュッという効果音の合うような現場を見た。
ワタシには返り血がついている。
あの手のものだろうか。
『……おわった、みたいだね。
私も疲れたみたいだし、戻るよ』
重なるようにしてワタシは私の中に入っていった。
「……な、なんか…………目眩する……」
『そりゃそうだよ。二人分戦ってるのと同じなんだから』
「ごめん昌、リク……私少し休む…………」
その場でしゃがむと昌が私の受けた傷を治してくれた。
だが、疲労感は治らず、そのまま。
『あのさカオリ……』
いきなり私の名前を呼ぶ昌は真顔だった。
もしかしたら、昔のことを言うのかもしれない。
そんなふうに怯えていると出てきた言葉は意外なものだった。
『ありがとね』
「へ……?」
『いやー、俺の言ったとおりにしててくれてさ。嬉しかったよ、すごく』
「言った、とおり……?」
"香織は、明るくなったらきっと沢山の友達が出来るよ"
「ぁ……」
『わかった?
……よかったね。いい、仲間を持てて』
昌はリクを見て言った。
私が頷くとリクは首をかしげて何のことだ?と呟いている。
「昌も……仲間だよ」
『…………』
「?……何でそんな顔するの」
昌は悲しげな表情をした。
仲間じゃない、そう言われている気がした。
「昌、どうしたんだよ。てかお前らの話してる内容が全くわからない」
「あ、ごめん……」
『いやー、俺ね、過去にいろいろあってさー。
仲間とか、友達とか、一線引いて近付けないんだ。でも信頼してないわけじゃない、それは本当』
過去という言葉に、あの一軍共の顔が浮かぶ。
あのとき、私が強ければ……。
何度後悔しただろう。
「……信頼してるならいいけど。
一線引かれるのはちょっと、な……」
『ごめんね。
……俺はいつか、君たちの敵にならなくちゃいけなくなるかもしれないんだ』
「「!?」」
『だって俺は……俺を救ってくれたのは君たちの敵である雪村彩夏だから…………』