34.王子と姫と恋の病と その2
「おいノブ。きみ、貴族のご婦人方に注目されてるぞ。このパーティの主役はきみなんだから、誰かと踊ってこいよ」
叙勲式のあと、王室主催の祝宴。
本日の主役は平民のイーシャ家親子であり、さらに王立学校の関係者が多く招かれているということもあり、いつもの王室主催のパーティのような堅苦しさはない。主催者である王族があえてそのような雰囲気をあざとく演出した結果であるが、貴族や王族が大嫌いなノブ・イーシャが会場から逃げ出さずに我慢する気になっただけでも、効果があったといえるだろう。
「うるさいな、テツジ。俺は肉料理を食うのに忙しいんだよ。おまえこそ、親父さんの代理で出席しているくせに、こんなホールの端っこでダラダラしていていいのかよ」
「僕の父はいちおう商業ギルドの理事だからこのパーティにも呼ばれたけどさ、ほとんどの貴族は我がラダーニ商会と付き合いがあることを他人には知られたくないからね。お得意様だからこそ、あえて他人のふりをしてさしあげるのさ。でも、僕の側にいると、君まで孤独になっちゃうよ」
ふん。
ノブはひとつ鼻息をはく。そして、ほっぺた一杯に肉料理を頬張りながら口をひらく。
「俺も貴族どもとダンスしたり小洒落た会話を交わすなんてまっぴらだからな。ここで飯食ってるよ」
テツジはひとつため息をつく。そして呆れた顔で、首を小さくふる。
「おやおや、優しいんだね君は」
えんえんと続く中身のない会話。知性のかけらも感じられない高慢な態度。みじんも存在しない男らしさと野性味。イヴァン姫は辟易としながらも、そんな相手に笑顔を絶やすことはない。
彼女の周囲には、有力貴族のお年頃のご子息が何人も集まっている。つい先日まで、彼女とジョアン殿下の周囲には、決して貴族など集まってはこなかった。王族であるにもかかわらず平民の血を継ぎ、平民に担がれているとして、ほとんどの貴族から嫌悪の視線さえ向けられていたはずだ。
……はずなのに、突然、貴族達がわたくしのご機嫌とりですか? もしかして、まんがいち有力平民に担がれたジョアンお兄様が王位ついてしまったら、自分たちの首も危ないと本気で思っているのかもしれませんね、貴族の皆様は。
きっかけとなったのは、やっぱりあの噂でしょうねぇ。あの事件の後、宮廷の中で密かにささやかれ始めたあの噂。
噂に語られる内容にはまったく根拠がなく、しかしただの噂と笑い飛ばすには余りに深刻な内容であり、決して大きな声でいえるものではありません。なのに、王家が必死にもみ消そうとしているにもかかわらず、ほとんど政治には関係ない私の耳に入るほど噂は広まってしまいました。そして、王族と大貴族の利害調整こそがもっとも重要な政治課題である宮廷政治においては、このような噂の力は決してバカにできないのです。
噂とは、ひとことで言ってしまえば、このようなものです。あの事件の黒幕はフェルナンお兄様ではないか、と。
まぁ、あの事件が起こった直後、平民も含めた王都すべての人々の脳裏に黒幕として同じ人物の名が思い浮かんだのは間違いないでしょうから、しかたがないのかもしれません。そのおかげで、フェルナンお兄様や彼を支持している大貴族達は、継承権争いで一気に、そしておおきく後退してしまいました。容疑を晴らすための証拠集めと噂のもみ消しのため、今頃は大忙しなのでしょう。
とはいっても、わたくし個人としては、いくらフェルナンお兄様でも、父親と異母兄弟を直接抹殺しようとはしないと思いますけどね。なによりも、お兄様のやることにしては、あの計画には穴が多すぎます。実際失敗しましたし、わたくし達を殺そうとするならもっといい方法がいくらでもあるはずです。
もしかして、真犯人の目的は王家や大貴族連合の内部分裂ではないでしょうか。王族に、……いえ王国、もしかしたら人類全体に大きな恨みのある者。
そう、もともと事件に黒幕なんていないのです。実行犯であるサキュバスは、いまだみつかっていません。人類の敵として追われているサキュバスが、ついに王族を標的に復讐の牙を剥いたのでは……。
と、そこで思考が唐突に途切れます。
……いた!
事件についての推理は、いったん打ち切りです。それどころではありません。
視線だけを動かして必死に捜していた彼を、ついに見つけました。壁際で、口の中いっぱいに料理をほおばっています。
彼さえ見つかれば、目の前の貴族の皆様にももう用はありません。
「わたくし所用を思い出しましたの。失礼いたしますわ」
先に私に気付いたのは、ノブ様と歓談していたお友達でした。
「これはこれはイヴァン姫。本日はお招きいただき光栄です」
お作法通り、完璧なご挨拶をこなす赤毛の少年は、……テツジ・ラダーニ様ですね。
ジョアンお兄様を支持してくださる方は、裕福な平民や複数の国をまたにかけて活躍する冒険者がほとんどですが、その中でももっとも有力なスポンサーであるラダーニ家のご子息。いわば、王都の平民階級の代表というところでしょうか。もちろん、お兄様がマフィアから支援を受けていることは秘密です。ラダーニ様も、公の場ではそのような態度を貫いていただけるはずです。
でも、今の私には、そんな宮廷のドロドロなど関係ありません。私は、その隣のノブ様に重大なご用があるのです。
「あ、姫様。……こないだは無事でよかったな」
思った通り、ノブ様は私に気づいてもまったく態度をかえません。
「ノブ・イーシャ様のおかげですわ。テツジ・ラダーニ様もごきげんよう。ノブ様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ノブ、僕は大貴族やフェルナン殿下に平民代表として嫌がらせのご挨拶をしてくるよ。さぞかし喜んでくれるだろう。……イヴァン姫、ごゆっくり」
テツジ様が、ノブ様の肩をひとつたたいて、ホールの中心に向かって去って行きます。空気を読んでいただけたということでしょう。
「ノブ様。……あ、あの、もし、よろしかったら、私と踊っていただけませんか?」
本来ならば、女性から、しかも王家の人間からこのようなお誘いをするのは、あまりないことかもしれません。でも、ノブ様は本日の主役です。そして、私はホスト役である王家の人間。なにもおかしなことはないはずです、よね?
「俺、ダンスなんてうまくおどれないぜ」
「やっぱり、ご謙遜でしたのね」
私がノブ様をお誘いすると同時に、楽団が音楽を奏で始めました。波が引くように、ホールの中心から人が消えます。そして、私とノブ様に視線があつまります。
ノブ様のダンスは、想像通りのものでした。基本の型はしっかりしています。まさに教科書通り。
でも、ダンス本来の優雅さや美しさなど、ノブ様はまったく意識していないようです。ダンス中のノブ様の頭の中にあるのは、いかにパートナーである私を支えるか。楽しませるのか。そして、守るのか。さすがは冒険者、というべきなのでしょうか?
「姫様、その服きれいだな。似合ってるよ」
ま、まぁ。まさかノブ様からそんなお言葉をいただけるとは思いませんでした。時間をかけて選んだかいがあったというものです。
おもわず顔が赤くなります。鼓動が早くなります。動揺のあまり、脚の動きが乱れてしまいます。ああ、勢いあまってノブ様の足を……。
「も、もうしわけありません」
「ははは、どうせ俺はダンスなんて基本しか知らないからな、形式なんてどうでもいいや。姫様、好きなように動いてくれ。どんな動きでも支えてやるよ」
やさしい笑顔。わたしはますます動揺し、頭の中が真っ白に。音楽は耳にはいらず、自分でもなにをやってるのかわからなくなってしましました。
でも、私がどんな動きをしても、ノブ様は完璧についきてくれます。どんな無理な体勢で体重を預けても、絶対に支えてくれます。周囲のギャラリーからは、ダンスというよりも即興のアクロバットに見えているかもしれません。
ダンスって、……ダンスって、こんなに楽しいものだったのですね。
「ノ、ノ、ノ、ノブ様は冒険者の修行をされているのでしょう? どこでダンスを覚えられたのですか?」
私は少々調子に乗っていたかもしれません。動きがどんどん激しくなります。次第にふたりの身体が密着していきます。体格の割に逞しい胸板。なんて力強い筋肉。
「もちろん王立学校さ。知ってるか? 男子校でのダンスの授業ってな、それはもう悲惨なものなんだぜ。絶対にパートナーと視線をあわせない。どちらが女役の場合でも、お互いむなしくなるだけだからな」
笑顔で話すノブ様のお顔が眩しい。
「まぁ。いちど拝見させていただきたいですわ。来年の視察は、是非ともダンスの授業にいたしましょう」
こんなに楽しい会話をしたのは、お母様が病に倒れて以来はじめてかもしれません。いまわたくしの瞳に映っているのは、目の前のノブ様だけ。
ふぬけてしまったジョアンお兄様のことも、病気の母上のことも、あいかわらず公務に興味がない父上のことも、敵対するフェルナンお兄様や大貴族連合のことも、サキュバス退治のため膨大な予算を消費して勇者召喚の大魔法陣構築を始めた神殿のことも……。この一瞬が、永遠につづけばいいのに。
「見ない方がいいと思うぞ。ジョアン殿下と踊ったときは、ガンの飛ばしあい、脚の蹴りあい、襟首の絞めあい、まるで喧嘩みたいだったな」
そ、それは、美少年二人のダンスなんて、是非とも見た、……じゃなくて。ああ、こんな時でさえ、おかしな妄想が湧いてくるのですね、私の頭の中は。バカ。我ながらなんというバカ。なんとかごまさねば。
「と、ところで、ミウ様のお怪我は?」
「ああ。……本当はもう治ってるんだけどな。今日は神殿の連中もたくさん招待されているだろ? それに……」
ノブ様が口ごもりました。ほんのちょっとだけ、表情が歪んだような気がします。
いつのまにか周囲の人々も踊り出したようです。いま何を話しても、だれにも聞かれることはありませんわ。
「あー、姫様。本当は本人が謝らなきゃならないのだけど、せっかくの機会だから俺の口から言っておくよ。ミウは、……女なんだ。そのうえ、本当はイーシャ家の人間じゃないんだ。ごめん」
えっ?
不意打ち。一瞬あしが止まりかけます。
いえ、正直言いうと、なんとなくそんな気がしなかったわけではありません。ミウ様の容姿とか、性格とか、人間離れした不思議な魅了の力とか。でも、まさか王家に対してそんな大胆な嘘をつく者がいるなどとは、想像もしていませんでした。
「あんた、ミウを気に入ってたみたいだよな。本当にごめん。でも、そーゆーわけだから、あいつは姫様の旦那にはなれないんだ」
確かに驚きました。……でも、なぜか安心している自分に気づきます。
ああ、そうか、そういうことなのか。これで、おかしくなられたお兄様の件は、私の頭のなかですっきりと解決しました。あのミウ様ならば、お兄様が夢中になるのも無理はありません。
そして、いつもミウ様を見守っているノブ様の、とても兄弟とは思えないやさしい視線についても……。
「王さまとバカ親父の約束の件は、親父から王さまに謝って取りやめてもらう。そして、虫のいいお願いかもしれないけどさ、……ミウが女だということは、しばらく秘密にして欲しいんだ」
一曲目の音楽が終わりました。ノブ様と正面から見つめ合う私。視線を動かすことができません。手を離す前に、私の口が開きました。私の意思とは関係なく、勝手に。
「いいえ。陛下とイーシャ様のお約束は、両家の子女が結婚することだったはずです。イーシャ家にはこの約束をはたす義務がありますし、実際それはまだ可能なはずですわ」
「……どういう意味だ?」
「ノブ様に責任をとっていただきます」
「は? どうやって?」
本気で不思議そうな顔をしているノブ様。今、私ははっきりと自覚しています。そんな鈍いところも含めて、あなたが大好きです。
「おわかりになりませんか? きのうまではミウ様がわたくしの許嫁でした。でもきょうからは、ノブ様がわたくしの許嫁になっていただきます。ノブ様、ふつつか者ですが、どうかよろしくおねがいいたしますね」
2015.06.13 初出




