↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/77

第1話、笑顔の少女は、イリスと名乗った

 十二歳になった。


 それは、この国で騎士になるための資格を得られる年齢だった。


「……よし」


 鏡の前に立った少女は、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。


 鏡に映っているのは、どこにでもいるような少女。


 白い髪。

 琥珀色の瞳。

 少し幼さの残る顔立ち。


 そして、これから騎士団の入団試験を受けるとは思えないほど、柔らかな笑顔。


「今日から、騎士!」


 少女は小さく拳を突き上げた。

 正確には――騎士になるための試験を受ける日、なのだけれど。


「……大丈夫。ばれない」


 鏡に向かって、もう一度笑う。

 白い髪も。

 琥珀色の瞳も。


 本当の色ではない。


 少女が指先を軽く動かすと、淡い光がふわりと周囲を漂った。


 ほんの一瞬。


 それだけで、魔法は消える。


「よしよし」


 少女は満足そうに頷いた。

 髪も、瞳も、完璧。



 これなら大丈夫。

 誰にも気づかれない。

 ――絶対に。



「……いってきます」


 誰もいない部屋に向かって、少女はそう呟いた。

 返事はない。

 それでも、少女は笑った。



「『笑う門には福来る』、だもんね」



 それは、昔、双子の姉から教えてもらった言葉だった。


 どんなに辛いことがあっても。

 どんなに悲しいことがあっても。

 笑っていれば、きっといつか良いことがある。


 だから、少女は笑う。


 今日も。

 明日も。

 ずっと。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 王都の騎士団本部には、朝から多くの人が集まっていた。


「うわぁ……!」


 少女は門の前で立ち止まり、目を輝かせた。


 大きい。

 とにかく大きい。


 見上げても頂上がよく見えないほど高い建物は、まるで白亜の城のようだった。


 中央には、この国の紋章が大きく刻まれている。

 その上では、白い騎士団旗が風を受けて堂々とはためいていた。


 そして何より――。


「騎士がいっぱい……!」


 鎧を身に着けた者。

 軽装で歩く者。

 腰に剣を下げた者。

 杖を手にした、魔法師らしき者。


 騎士団の人間だけではない。

 少女と同じように、入団試験を受けに来た者も大勢いるのだろう。

 見たこともないほど多くの人が行き交っている。


 少女は思わず、きょろきょろと周囲を見回した。


「……すごい」


 思わず声が漏れる。

 そのときだった。


「おい」


「?」


 後ろから声をかけられた。


「そこ。試験を受けるなら、受付は向こうだぞ」


「あっ!」


 慌てて振り返る。

 そこに立っていたのは、真っ白な騎士服を身に着けた、筋肉質な騎士だった。

 少女は思わず首を上げる。


 ――高い。


 自分の頭が、騎士の胸元くらいまでしか届いていない。


「す、すみません!」


「別に怒ってない」


 騎士は苦笑した。

 少女がきょとんと見上げていると、騎士は少しだけ目を丸くする。


「……ずいぶん小さいな」


「そうですか?」


「そうだろ。十二、三歳くらいか?」


「十二歳です!」


 少女は胸を張った。


「今年から騎士団の入団試験を受けられるんですよ!」


「……十二歳で?」


 騎士はもう一度、少女の姿を頭の先から足元まで眺めた。



 細い腕。

 小さな手。

 まだ幼さの残る顔。

 腰に差した剣も、少女の身体には少し大きく見える。



「本当に試験を受けるのか?」


「はい!」


「……そうか」


 騎士は少しだけ困ったように笑った。


「まあ、怪我だけはするなよ」


「大丈夫です!」


「ははっ。緊張してるか?」


「ぜんぜん!」


「……そうか」


 騎士は少し呆れたように眉を上げた。


「普通はもう少し緊張するんだがな」


「緊張すると、お腹が空くので!」


「……理由が独特だな」


 少女はにこにこと笑う。

 その笑顔につられるように、騎士も小さく笑った。


「まあ、頑張れ」


「はい!」


 少女は元気よく返事をすると、受付へ向かって駆けていった。


 その小さな背中を見送りながら、騎士はぽつりと呟く。


「……あの歳で入団試験か」



 十二歳。



 今年から受験資格を得たばかりの年齢だ。

 騎士になる者の多くは、もっと上の年齢から試験を受ける。


「一緒に働けることを願うとするか」


 そう呟いた騎士は、まだ知らなかった。

 あの少女が、この先どれほど大きな存在になるのかを。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「受験番号、三百二十一番。お入りください」


「はい!」


 少女は元気よく返事をして、扉を開けた。


「失礼します!」


 部屋の中には、二人の騎士がいた。


 一人は、眼帯をつけた黒髪の男。


 大柄な身体からは、ただそこにいるだけで周囲を圧するような威圧感が漂っている。

 けれど、その男は何も言わず、ただ静かに少女を見ていた。


 そして、もう一人は――。


 美しい銀髪の男だった。


 金色の瞳が、静かに少女を見つめている。そして、


「面接官を務めます。第一騎士団団長、アルフォンス・グランディアと申します。よろしくお願いしますね」


「よ、よろしくお願いします!」


 少女はぺこりと頭を下げた。


 アルフォンスは柔らかく微笑む。


 その隣で、眼帯の男は何も言わない。

 少女は少しだけ不思議に思った。



 ――この人、なんだか怖い。



 けれど、そんなことを気にしている場合ではない。


「では、始めましょう」


 アルフォンスが書類に目を落とした。


「お名前は?」


 その瞬間。



 少女の笑顔が、ほんのわずかに止まった。



「……イリスです」



 偽名。


 これも、事前に決めていたものだ。


 少女は無意識に、胸元へ手を伸ばした。

 服の下に隠した、小さなペンダント。


 そこには、誰にも見えないように、母が幼い娘へ贈った名前が刻まれている。



 ――リリア・アステリア。



 けれど、その名前を今ここで口にすることはできない。


 今日から自分は、イリス。


「出身は?」


「王都です!」


「家族構成は?」


「えっと……」


 少女は少し考えた。


「普通です!」


「……普通?」


 アルフォンスが首を傾げる。


「はい!」


「いや、そうではなくて……」


「あっ」


 少女は慌てて言い直した。


「……父と、兄がいました」


 一瞬だけ、少女の笑顔が揺れた。


「そうですか」


 アルフォンスは書類に目を落とした。

 質問は、その後もいくつか続いた。


 好きなもの。

 得意なこと。

 騎士を志した理由。


 そして、面接も終盤に差しかかったときだった。

 それまで黙っていた黒髪の騎士が、初めて口を開いた。


「家族は、騎士を目指していることを知っているのか?」


「……」


 少女の笑顔が、また少しだけ固まった。


 けれど、すぐにいつもの笑顔へ戻る。


「……家族は、もういません」


「……そうか」


 黒髪の騎士は、それ以上何も聞かなかった。


「失礼した」


「いえ、大丈夫です!」


 少女は笑った。


 いつものように。


 何もなかったように。



 ――三年前。

『お前のせいで、お母様は死んだ』

 その言葉が、今でも耳から離れない。



「それでは、面接を終わります」


 アルフォンスが穏やかに告げた。


「実技試験も頑張ってくださいね」


「はい! ありがとうございました!」


 少女は深々と頭を下げ、部屋を出た。


 扉が閉まる。


 その瞬間――。


「……危なかった」


 少女は小さく息を吐いた。



 本当のことなど、言えるはずがない。

 自分がどこの家の人間なのか。

 自分が何者なのか。



 ここに来たことを家族が知れば、きっと問題になる。



 それに――。


 まだ、終わっていない。


 あの事件は。


 自分を攫った人間は、まだ捕まっていない。


 だからこそ、誰にも知られてはいけない。


 この髪も。

 この瞳も。

 本当の自分も。


「……大丈夫」


 少女は、自分に言い聞かせるように呟いた。


 そして、また笑う。


「私は、今日からただの新人騎士!」


 ぎゅっと拳を握る。


「実技試験も頑張るぞ!」


 その声を聞く者は、誰もいなかった。


 少女自身も、まだ知らない。


 この日。


 この国の騎士団史上、最年少となる少女が誕生することを。


 そして――。


 その少女が、いつの日か人々からこう呼ばれることになることを。



 ――白花の騎士、と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。