第18話 リルラちゃんとお買い物「ここがアキバかニャ」
秋葉原駅の改札を出るなり、リルラがはしゃいだ声を上げた。
「おお! ここがアキバかニャ! たしかに賑やかだニャ!」
「新宿ほどじゃないだろ?」
「新宿は込みすぎニャ。息ができなくなりそうニャ」
まあ、それはわかる。
新宿駅近隣とか一体どこからあんなに人がわいて出てくるのかってくらいだからな。
世界一のターミナルは伊達じゃないのだろう。
ラボックの店に行った日から、今日で1週間。
はるるんさんがUPした動画は現在5200PVといったところ。
最初の動画としては悪くないが、冷静に判断すれば俺の手柄というよりも、はるるんさんのインフルエンサーとしての力だと分かる。
なにしろ、はるるんさんのSNSは5万人もフォロワーがいるのだ。
これからだ。
これからリルラと共に、世界一のダンジョン配信者を目指して頑張るんだ。
あらためてそう決意していると、リルラが北の方を指さした。
「たしか、回復薬屋さんはあっちだニャ」
「よく分かるな」
「えっへんだニャ。ちゃんと動画でお勉強したんだニャ」
ラボックから金が振り込まれるまで暇だったので、俺はリルラに日本の常識を色々と教えた。
といっても、たいしたことはしていない。
最初の3日間は、家の近所を散歩したり、コンビニで買い物したり、電車に乗って遠出したりだ。
おかげで、日常生活でカルチャーショックをうける様子はだいぶ減った。
今日も、電車に乗っても平気そうだったしな。
4日目には、パソコンで動画の見方を教えた。
ダンジョン配信モノだけでなく、日本全国や世界全体の文化の動画とか、まあ、とにかく色々だ。
その中には、アキバの探索者向け店舗を特集した動画もあった。
「クート、はやく行くニャ。お金はちゃんと持ってるニャ?」
「全額じゃないけどな。高額決済は銀行振り込みだろうし」
さすがに2億もの現金を持ち歩くわけにはいかない。
「銀行振り込み? なんだニャ、それは?」
あ、それはまだ分からないのな。
銀行振り込みの仕組みをリルラに説明するのは難しそうだなぁ。
「ま、いずれにしてもお金は心配しなくて大丈夫。まずは回復薬系のアイテムを買おうか」
回復薬の購入は特にトラブルもなく終わった。
(回復薬って結構重いな)
回復薬はペットボトルに入った液体だ。
調子に乗って50個も買ってリュックに詰め込んだら、結構な重さになってしまった。
俺は鍛えているので、動けなくなるなんてことはないが、この重さを背負ってモンスターと戦うのは難しそうだ。
ダンジョンに行くときは、学園で習ったとおりアイテムの厳選が必要だろう。
「クート、早く次に行くニャ」
「ああ、分かってる」
次の店こそ俺にとっては本命。
スキルブック屋。後天スキルを身につけられるアイテムを売っているところだ。
スキルブック屋は秋葉原駅から歩いて7分ほどの雑貨ビルにあった。
店の入り口には屈強な警備員が1人。
俺とリルラが店に入ろうとすると、ギロリとにらまれた。
「君たち、この店に何の用でしょうか?」
かなりの威圧感がある。
俺は身をすくませてしまった。
ひょっとしてこの人、『威圧』のスキル持ちか?
いや、ここはダンジョンじゃない。スキルは発動しない。
俺が気にしすぎているだけだ。
一方、リルラは特にビビっていないらしい。
「スキルブックを買いにきたニャ」
男は改めて、ジロリと俺たちを観察した。
「探索者免許はありますか?」
「はい、もちろんです」
俺は自分の探索者免許を見せた。
「ボクも! ボクも免許もってるニャ」
リルラが示したのは、ラボックが作った偽造免許。
正直、俺としては偽造がバレないか気が気じゃないのだが。
リルラは免許をもらえたのが嬉しいらしくて、むしろ見せびらかすような態度だ。
「免許はある、か。しかしスキルブックの価格は理解していますか?」
「ええ、もちろん」
「いいでしょう、お入りください」
中には店の主人らしきオジサンがいた。
他に客も店員もいない。
「いらっしゃい。ずいぶん若い客だな」
「商品を見せてもらっても?」
「もちろんかまわん」
ぶっきらぼうな話し方だな。
こっちは一応客なのに。
ショーケースの中、巻物が並べられている。
この巻物がスキルブック。
中に書かれている文字を読めば後天スキルを入手できる。
さて、何のスキルを買うか。
一応候補は考えてきている。
だが、値段と応相談だ。
できるなら、剣術系のスキルが欲しい。
これまで修行してきたことと相性が良いからな。
だが、例えば『ファイアソード』のスキルは5億円、『剣神』のスキルは3億円。
余裕で予算オーバーだ。
『剣豪』なら1億5千万か……
なんだか、金銭感覚がバグってくるな。
回復薬を複数購入して現在の手持ちは1億7千万ちょっと。
武具の購入も検討するなら、これも無理がある。
それと、極めて個人的にだが『剣豪』は金酔を思い出してなんとなくイメージが悪い。
「ちなみに、一番安いスキルは?」
「いまなら、素早さUPと筋力UPだな。次点でジャンプ力UPだ」
それぞれ1千万、1千万、1千200万の値がついていた。
単純な強化系スキルか。
それはむしろリルラに身につけさせるべきだろうか。
「剣術系で一番安いのは?」
「『一閃』だな。8千900万」
『一閃』は瞬間的に剣のスピードが10倍になるスキルだ。
効果が短いので使いにくいが、ここぞというタイミングで発動させれば決め手になる。
これならギリギリ予算内だ。
「他には?」
「『剣豪』が1億5千万、『豪剣』が1億7千万、『2連撃』が2億1千万だな」
うう、本当に金銭感覚がおかしくなる。
だが、いずれにせよ予算オーバーだ。
俺のスキル『出会い』はまだ分からないことだらけだ。
次も都合良く虹の魔石を手に入れられるとは限らない。
「『一閃』をお願いします」
「……本気か? そんな金があるのか?」
「冷やかしのつもりはありませんよ」
店長は吐き捨てるように言った。
「信用できんな」
まあ、そうかもしれない。
「他の客はどうやって決済を?」
「さてな。他の顧客の話はできん」
「では聞き方を変えます。どうしたら信用してくれますか?」
「今この場で即時振込してもらおう。探索者免許があるなら、高額振り込みも可能なはずだ」
「わかりました」
俺はスマホを取り出し操作した。
探索者免許無しでは、俺のような若者が高額なの金を動かせば問題になるだろう。
だが、探索者がスキルブックなどの高額アイテムを買う場合はかなり融通が利く。
「どうでしょう? 振り込みを確認してください」
店主はパソコンを操作した。
「これは……」
店主は目を見開き、それからいきなりもみ手を始めた。
「これはこれはお客様。大変失礼いたしました。いやいや、お客様もお人が悪い」
いきなり豹変だな、おい!?
「はいはい、『一閃』のスキルブックでございますね。こちらになります」
店主はそう言って、ショーケースから緑色のスキルブックを取り出した。
俺はスキルブックを受け取った。
(これで、俺もようやく……)
スキル『出会い』は使えないスキルではなかった。
レアモンスターと出会い、エルバランスの女神と出会い、リルラと出会った。
ハズレスキルどころか、ある意味でチート級のスキルだったと思う。
だが、戦闘に役立つスキルではなかった。
戦闘向けのスキルを、ようやく俺もゲットできる。
そう思うと、俺の心は高鳴った。
スキルブックの使い方は簡単。
開いて中身を読むだけ。
読み終えると、スキルブックは燃え消えて、スキルをゲットできる。
俺は『一閃』のスキルブックを開いた。
書かれている文字は日本語ではない。
「……読めません」
俺がそう言うと、店長が「なんですと?」といぶかしげに言った。
「読めないとはどういうことですか?」
「これ、何語ですか?」
書かれている文字は、少なくとも漢字でもひらがなでもカタカナでもアルファベットでもなかった。詳しくはないが、アラビア文字やハングルでもないだろう。
全く未知の文字としか思えない。
「スキルブックは文字を読むものではありません。心で感じるんですよ。どんな者でも、それこそ識字ができない幼児でも、スキルブックを読むことはできるはずです」
そう言われてもなぁ。
本当に読めない。
(心で感じる……心で感じる……)
しばし、スキルブックとにらめっこしていたが、結果は変わらなかった。
店長はすこし哀れな者を見るかのように、俺に言った。
「ひょっとすると……あなたは後天スキルを身につけられないのかもしれません」
「まさかっ!? そんなことあるんですか?」
「人が身につけられるスキルの量には限りがあります」
「それは知っていますが、俺はまだ先天スキルしか身につけてませんよ!」
「あまりにも強力な効果を持つ先天スキルなのではないですか?」
スキル『出会い』……たしかに他にはない効果だ。
レアモンスターと出会うのも、異世界転移してきたリルラと出会うのも、一般的なスキルの範疇を超えた何やら運命めいた効果ではある。
「とはいえ、『一閃』はそこまで強力なスキルではありません。あなたの先天スキルが何かは存じ上げませんが、まさか、『一閃』を覚えるキャパすらないとは……」
なんてこった。
スキル『出会い』
こんな悪影響もあるとは、さすがに想定外だった。
「クート、スキル覚えられないのかニャ?」
「そうらしいよ」
俺は力なく「はははっ」と笑った。
「そのスキルブックはどうされますか? ご返却いただいてもかまいませんが、振込手数料はお返しできませんよ」
そりゃあそうだよな。
高額振込だけに、手数料もそれなりにかかっている。
「リルラ、『一閃』のスキル身につけてみる?」
「うーん、ボク、剣術は無理ニャ」
だよなぁ。
「そちらのお嬢様は武闘家系ですか?」
「そうニャ」
「『一閃』は武闘家でも役に立ちますよ。瞬間的に拳のスピードが10倍にもなります」
「ふーん、なるほどニャ」
リルラはちょっぴり落ち込んでいる俺を見た。
「ボクが使っちゃっていいニャ?」
「うん、ああいいよ。リルラがスキルを覚えたら、頼りにさせてもらうから」
今後もレアモンスターやらトロールやらと『出会う』可能性もあるのだ。
俺がスキルを覚えられないなら、リルラに覚えてもらうのが現実的だ。
「わかったニャ。なーに、クートはスキルなんてなくても十分強いニャ。ボクも助けられたニャ」
その後、リルラは特に問題なく『一閃』のスキルを身につけた。
元の世界の文字も、こちらの世界の文字も読めないリルラだが、スキルブックの文字は読めたらしい。
他のスキルの購入は見送り、俺たちはスキルブック屋を後にした。
「クート、そんなに落ち込まないでニャ」
「ははっ、大丈夫だよ。リルラが強くなって良かったよ」
「そうかニャ。ボク、がんばるニャ!」
うん、パーティの強化としては十分な結果だ。
何も落ち込むことはない。
落ち込んだらリルラに失礼だ。
だけど……
「はぁ」
俺はやっぱり深々とため息をついてしまうのだった。
お待たせしました!
次回、再びダンジョンへ




