異世界の森
風の音が、やけに近くに聞こえた。
まぶたを開けると、木々の隙間から光が斜めに差し込んでいた。
……ここ、どこだ?
僕は林――いや、森? の中で目を覚ました。
さっきまで僕は繁華街にいて……。
思い出した瞬間、嫌な汗がジトリと流れた。
慌てて腹のあたりを見る。けれど、何もない。
何もないというか――なんだ、この服。
僕は自分が着ている見慣れない服をつまんだ。
着慣れた病院服でも、Tシャツでもない。
麻……? ごわついていて、やけにしっかりとした手触り。
木々の葉が風にざわめく。
立ち並ぶ幹は太く高く、そこは公園などというものではなく――
「……深い森だよな」
思わず呟いた。
都内にこんな森があっただろうか。
頭を巡らせるほどに、血の気が引いていく。
もしかして――揉めた相手が反社的な連中で、森の奥に連れ去られて……埋められるとか?
慌てて辺りを見渡すが、それらしい車も、人の影も見当たらない。
──本当に、どこなんだここ。
僕はふらつきながら歩き出した。
***
昨日、僕は街に出かけた。
ハロウィンで浮かれた街には色んな人たちが歩いていて。
そして、僕は出会ってしまった。見つけてしまった。
薬物でもやっているのだろうか?
明らかにヤバそうな奴らに、しつこく絡まれる高校生くらいの女の子達に。
周りは皆、見て見ぬふりをしていて、僕も怖くて通り過ぎようとした。
けれど見過ごせなかった。
貧弱で弱くて喧嘩なんか出来ないくせに、身の程もわきまえずに言ってしまった――
その手を離してあげてください、と。
もっと他にやりようはあったはずだ。
頭を使えば、賢ければ、機転が利けば。
だけど僕は、思わず男の手を払ってしまった。
男たちは何か怒鳴っていたと思う。
そして、お腹に鈍い痛みを感じて、たくさんの悲鳴、サイレンの音。
僕は意識を失って、そして……。
僕はそのまま動けなくなって……それから。
そこから先は思い出せない。
気がつけば森の中だ。
もう一度、服をめくってみるが、刺し傷などやはりない。
僕は混乱しながらも、ひたすらに森の中を彷徨った。
なぜだか、いつもより遥かに身体が軽く、まるで生まれ変わったみたいだった。
貧弱な身体で、運動なんかろくにしてこなかったから、すぐに息切れはする。
けれど胸が痛くなるでもなく、咳き込んで動けなくなるでもない。
激しい吐き気に見舞われることもない。
それはむしろ、心地よい疲れとも言えた。
少しずつ休みながら歩みを進める。
森は思いのほか平坦で、歩きやすい。
それと同時に僕は思う──ここは本当に日本じゃないんじゃないか、と。
日本の森なら、その大半は山で、こんなに平坦ではないはずだ。
それに、生えているのは普通なら杉やヒノキ、ナラやブナあたりだろう。
僕は辺りを見渡す。
真っ白な樹皮を持つ広葉樹。
緻密に張り巡らされた根はしっかりと大地に根づき、苔むしていて、まるで絨毯の上を歩いているようにすら感じられる。
何より、虫や鳥のさえずりが聞こえてきそうなものなのに、
風が葉を揺らす音以外、なにも聞こえない。
まるで別の世界に来たみたいだった。
異世界転生──なんて言葉がふと頭をよぎる。
けれど馬鹿らしい。
僕は自嘲気味に笑ってその考えを否定する。
そんなわけあるものか。
そう思っていたときだった。
森が途切れ、視界が急に開けた。
広大な平原。
どこまでも続く広大な大地。
そこにいたのは、バイソンのような角と、ゾウのような牙を持つ巨大な……カバ?
いや、見たこともない、とにかくデカい化け物だ。
それがドラゴンの群れに襲われていた。
なんだ……これ、なんなんだ、これ……。
僕は立ち尽くし、ただ呆然とするしかなかった。




