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4話 喫茶店「シャロン」

 ふと空を見上げるときれいなうろこ雲が空一面を覆っている。色のない風が強く吹いている。僕は喫茶店「シャロン」のエプロンをつけて、喫茶店の外を箒で掃いて掃除をする。最近はたばこのポイ捨ても少なくなったな。煙草も値上がりしたことだし、喫煙者の人口も減っているんだろうか。これも時代の流れだよな。



 そんなことをぼんやりと考えながら、箒でゴミを掃いていく。バイトに来た時に一番最初にする仕事だ。それから店の中に入って、1つ1つのテーブルを丁寧に布巾で磨いていく。テーブルの上に据え置きしている砂糖などの補充をして、カウンターの中に入って、カップを1つ1つ丁寧に磨いていく。



 店内にはピアノジャズが流れ、この店の中だけゆっくりとした時間が流れているようで、気持ちがいい。



 Yシャツ姿で蝶ネクタイをつけたマスターが自慢の口髭を生やして、黙ってサイホンでコーヒーを淹れてくれている。今はお客様の陰はない。たぶん、自分と僕の分のコーヒーを淹れてくれているのだろう。



 マスターの成瀬純一ナルセジュンイチさんは20歳代後半だと思う。口髭を生やしているので、年齢高く見られがちだけど、時々見せる笑顔の可愛らしさに、実年齢が見えるような気がする。普段は無表情というか、あまり感情を表情に出さないタイプで、物静かで温厚で優しいイメージが強い。



 ジャズピアノの曲の中でマスターが一人で佇んでいると、まるで喫茶店の一部になったように、一体となって気配を消してしまうのが得意だ。



 声は静かで甘い低音ボイス、マスターのことが気になっている20歳代のOLの女性のお客様も多いような気がするんだけど、マスターはお客様としか意識していないようだ。20歳代後半にしては枯れすぎている。



 この店の常連だった僕は、店の玄関横に貼られていた求人募集を見て、すぐにマスターに頼み込んでバイトに雇ってもらった。別にバイトをしないといけないほどお金に困っているわけじゃないけど、この喫茶店が好きで、この喫茶店に居たくてバイトをさせてもらっているようなものだ。



 マスターも店が忙しくて、求人募集をしたわけじゃなかった。いつも店に1人で立っていると、時々、人と話がしたくなるらしい。だから話し相手がほしくて求人募集をシャレで出してみたら、僕みたいな変わり者がバイトに来るようになってしまったらしい。マスターとしては最近では一番面白い出来事だったようだ。



 お昼のランチタイムも軽食しかやっていないので、常連のお客様しか入ってこない。この店はコーヒーの種類と紅茶の種類で勝負をしていると、マスターははにかんで笑う。



 ゆったりとした時間が流れる中、ベージュのコートを着た1人の女性が静かに入ってきた。柚だ。僕の顔を見て、一瞬だけ驚いて、次には怒った顔になって、睨まれた。別に脅かすつもりなんてなかったよ。でも、僕はここのバイトなんだから、居ても仕方ないだろう。



 柚は僕と顔を合わして頬をピンク色に染めて、顔をプイと逸らして、店の一番奥の窓際の席へ座った。この店で一番の特等席だと僕は思っている。柚も気に入ってくれてるのかな。



 僕はトレイを持って足音を立てずにスマートに歩いて、柚に「ご注文を承ります」と言うと「モカをちょうだい」と一言。この店のコーヒーは美味しいと僕は思っている。柚はモカが好きなのか。なんだか可愛い。



 オーダーを通すとマスターが笑みを浮かべてサイホンでコーヒーを淹れる。トレイの上にコーヒーをのせ、無言で会釈をして、音をたてないように柚の前にコーヒーを置く。


「圭太、ここで何してるの?エプロン着けてるけど、ここでバイトしてたの?」


「ああ、そうだよ。この喫茶店が気に入ってね。バイトさせてもらってるんだ」


「フン、まあまあいい趣味してるじゃない」



 柚はそう言って、コーヒーを一口飲むとホフっと安堵したような顔になり、少し顔が綻んでいる。嬉しそうだ。



「何、見てるのよ。バイトでしょ。働きなさいよ」



 少し顔を赤くして、上目遣いで睨まれた。僕は会釈して早々に退散する。



 その様子を見ていたマスターがおかしそうにニヤリと笑う。



「圭太君のお友達かい。きれいで可愛いお嬢さんだね」


「ええ、見た目だけはきれいで可愛いですね」


「圭太君の好みじゃないのかい?」



 外見からいえば、ストライクです。それはど真ん中です。でも性格がよくわからないんだよね。まだ友達になったばかりだし、あまり刺激して怒らせたくない。静かに様子をみながら気長に友達になれればいいかな。



 珍しく僕が複雑な顔をしていたんだろう。マスターはニコニコ笑って、カップを拭いている。



 やることもないので、ついつい柚に目がいってしまう。チラチラと見ていると怒られるとわかっているんだけど、止められない。



 透き通るようなキメ細かい透明感がある白い肌、少しピンク色の頬、形のよい唇が色っぽい。そして可愛い。思わず、柚を見ていると、心がホッと癒される。何なんだろう、この気持ち。とても気持ちがいい。



 柚は鞄からテキストとノートを出して、テキストに目を通している。最近わかったことだけど、柚はわからない所があったり、つまづいたりすると、ペンで頭をコリコリする癖がある。たぶん、自分では気づいていない。そんな子供っぽい仕草が可愛い。



 柚が顔を上げて僕を見た。とっさに視線を逸らすけど、思いっきり睨まれてますよね。問題がわからないからって、僕に八つ当たりするように睨むのはやめてほしい。



僕は柚の視線から逃げるように店の玄関を見ると、丁度、俊輔と夏希が店の中へ入ってきた。2人共、僕を見つけて驚いている。僕は軽く手を振る。



 すると2人共、手を振って、柚の席へ歩いていくと、柚の対面の席に2人で並んで座る。僕はトレイを持って席に向かい、「いらっしゃいませ」と笑顔でいうと、俊輔が「圭太はここでバイトしてたんだな」と声をかけてくれた。



 俊輔と夏希は2人揃ってブレンドコーヒーを注文する。僕はマスターにオーダーを通して、出来立てのブレンドコーヒーをトレイに乗せて俊輔と夏希の前にブレンドコーヒーを置く。



 夏希は身を乗り出して、柚のテキストとノートを見て、夏希が一生懸命にテキストの要点を説明している。でも柚は少しわからないようで、頭にペンを持っていってコリコリしている。俊輔は僕に軽く手を振る。僕も振り返す。



 マスターが僕達の様子を見て、僕に声をかけてくる。



「全員、友達のようだね。お客様もいないし、少し休憩して、友達の所へ行ってきなさい」


「ありがとうございます」



 僕はエプロンを取って、カウンターの奥に仕舞い、ゆっくりと歩いて「休憩になったんだ」と言って、柚の隣に座った。柚が体をずらして僕から少し距離を取る。まだ慣れてくれないらしい。



「ねえ、圭太。柚に少しテキストの問題を説明してあげてくれないかな?私の説明だと、柚わからないみたいなの?」



 夏希が良い時に僕が来たとばかりに、僕に頼み込んでくる。



「別に私から教えてほしいって頼んだわけじゃないからね」



 柚が頬をピンク色に染めて抗議する。いつものことだからにっこり笑ってスルーする。僕はペンを持って丁寧に柚がわかりやすい単語を使って解説をしていく。柚は自然と何回も頷いている。そして要点を教えると、パァっと表情が明るくなった。しかし僕を意識して、すぐに無表情に顔色を変える。



 夏希がその様子を見てクスクスと笑う。



「さすが圭太だわ。柚がわかりやすいように話し方も変えて教えてくれてる。私にはできないよ。柚ってさ、外見は良いんだけど、おつむは少しトロいのよね。大学受験の時もさ、受験勉強している時はわかってたはずの問題をポカミスばかりしてさ。それで大学を落ちてるんだよ。わかってるようでわかってないのが柚なんだよね」


「大学落ちてる夏希に言われたくないわよ」


「私と俊輔は遊び過ぎたから、勉強不足になっただけ。柚みたいに勉強してて大学落ちる子なんて珍しいわよ」


「ああ、なんで今、そんなこと言うかな。圭太も聞いてるんだよ」



 俊輔がニヤニヤと柚を見て笑う。



「圭太はもう俺達の友達じゃないか。少しぐらい過去のことを話してもいいだろう。柚は恥ずかしいのか?」



 柚は黙って、両手を膝に隠して、上目遣いで俊輔を睨むけど、俊輔のニヤニヤ笑いは止まらない。



「柚って、少し思い込みが激しい所があってさ。1度間違えると、何度も同じ間違いをする癖があるんだよ。自分でもわかってるらしいんだけど、直らないんだってさ。」


「もう、恥ずかしいこと言わないでよ。もう、もう、俊輔の意地悪」



 俊輔も夏希もケラケラと笑う。僕も笑みを浮かべたら、柚に靴で思いっきり足を踏みつけられた。凄く痛い。柚の顔をみると睨んでいる目に涙が溜っている。そして顔が真っ赤だ。よっぽど恥ずかしいんだろう。



「大丈夫だよ。誰でも間違う癖を持ってるから、柚だけが特別じゃないよ。間違いは誰にでもあるし」



 僕がそう言うと、また足を踏みつけられた。俊輔と夏希が我慢できなくなって、大声で笑う。そして柚はプイと頬を膨らませて、顔を逸らせてしまった。



「圭太、それフォローになってないから。追い打ちかけてるから」



 上手くフォローしたつもりだったのに、言葉を間違えたか。僕は必死になって柚に手を合わせて謝罪する。



 柚はいきなり僕を見るとと指を差して宣言する。



「絶対に圭太の弱点をみつけてやるんだから」



 柚は頬をピンク色に染めて膨らませて僕を睨んでいるが、僕はそんな彼女のことを微笑ましく思った。

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