42話 柚とのクリスマスイブ
夕暮れ時に柚と駅で待ち合わせをする。待ち合わせ時間15分前に駅に着くと柚のほうが先に待ち合わせ場所に来て、立って待っていた。白のコートを着て、白いマフラーをして、鼻の頭を赤くして、白い息を吐いている姿はとても可愛い。僕を待ってくれているのかと思うと僕の胸は嬉しさでドキドキする。
柚に駆け寄って僕は柚の前に立つ。すると柚は上目遣いで目をウルウルと潤ませて、僕に寄りかかってきた。
「圭太を待っている間。3人もナンパされちゃった。ちょっと怖かったよ。慰めてよ」
僕は柚の頭を何回も撫でる。柚は気持ちよさそうに目をつむると僕の背中へ手を回して、ギュっと抱き着いてきた。僕も柚の体を抱きしめる。
「ごめんね、大丈夫だよ。もう僕がいるから、安心して一緒にミュージカルを観に行こう」
柚は僕の腕の中で「うん」とささやいて、顔を上げて僕の顔を見つめて笑いかける。
柚は僕に腕を絡めると駅へ向かって歩いていく。2人寄り添ったまま改札を通って、ホームで電車を待つ。夕暮れ時なので、もうすぐラッシュアワーになるだろう。
ホームに電車が到着する。僕と柚は人の波に押されるようにして電車の中へ入る。手すりを握って、しっかりと立って、柚の背中に手をまわして、柚をしっかりと抱き寄せる。柚は僕のコートを両手で持っている。
駅を降りて、柚を抱き寄せたまま改札を出る。タクシー乗り場でタクシーを待ち、1台のタクシーに乗り込んでミュージカルホールへ向かってもらう。もう夕暮れ時に差しかかった。太陽が段々と沈んでいく。車がライトを点けて走り出す。タクシーから降りて、ミュージカルホールに着いた僕達は、階段を上って入り口へと向かう。
柚がコケないように手を繋いで、慎重に階段を上る。今日の柚はヒールを履いてきているから、いつもよりも気を遣って柚の歩くペースに合わせる。
階段を登りきって、玄関を通り抜けるとチケットを確認するカウンターがある。係りの人にチケットを見せて、半券を渡す。半券を財布の中へ仕舞ってポケットに入れる。
柚は半券を大事そうに鞄の中へ仕舞っていた。まだ開演まで少し時間がある。僕と柚は化粧室へ向かう。柚が化粧室でメイクを直している間、僕は自販機で温かいコーヒーと紅茶を買って、柚が化粧室から出てきた時に、温かい紅茶を渡した。柚は嬉しそうに受け取る。そして蓋を開けて一口飲んで、ホッと安堵の息を吐く。
僕と柚はパンフレットを買って、今回、観るミュージカルの内容を確かめる。西洋では有名なミュージカルだそうだ。初めて日本人だけの配役でミュージカルをするらしい。これは楽しみだ。役者の方も熱が入っているだろう。
コーヒーと紅茶をゴミ箱に捨てて、僕達はホールの中へ入るために、ホールの扉を開けて中へ入る。そしてチケットの半券で座席を確かめて、指定席に座る。今回はホールの中央で、やや前よりの席だった。これだと役者の顔も前よりもよく見えるだろう。
ホール内の照明が消える。そして舞台を照らす照明が舞台の幕を照らす。いよいよ劇が始まる。僕は思わず柚の手をギュッと握った。柚は手をどけて、僕の手の上に手を乗せて、逆にギュッと握ってきた。
舞台の時代背景は第一次世界大戦の頃だろうか。次々と帝国軍が周りの国を屈服させていく。主人公とヒロインは帝国に住んでいる市民だった。はじめは帝国の快進撃から始まる。主人公は軍人として軍に従属していて、ヒロインと会うことができない。
ヒロインと主人公の手紙のやりとりが続く。主人公が最前線で大怪我をして本国に戻ってくる。変わり果てた主人公を手厚く看護するヒロイン。ヒロインの献身的な介護があって主人公は日に日に元気を取り戻すが、怪我で足が不自由になる。そのことがきっかけで軍隊を引退することに。
列強国を倒した帝国は周辺諸国を統一するまで、後1歩までだった。帝国内の本国では勝利ムード一色だ。首都にいたヒロインと主人公は帝国の勝利を疑うことなく、泣いて喜びを分かち合った。
しかし、敗戦していた周辺諸国は連合を組み、再び帝国の敵としてたちはだかる。そして義勇兵達が連合軍に吸収されていき、連合軍は拡大していく。帝国軍のラジオが逐一、状況を報告してくるが、戦況がどんどんと悪くなっていっているように聞こえる。
連合軍の反撃がこれから始まる。戦う度に本国に訃報が舞い込む帝国軍の首都で、ラジオに耳を傾ける主人公とヒロイン。
決定的な戦略ミスを犯して、帝国軍の敗戦は濃厚となる。主人公とヒロインは連合軍へ亡命する道を選ぶ。首都から連合軍に亡命しやすい最前線の国境の町へ2人で逃亡する。そして深夜に連合国側へ2人で逃げようとする。そしてヒロインは連合国軍の兵士に助けられるが、足が不自由な主人公は国境を越境できずに射殺されてしまう。
平和な世の中が戻ってきて、ヒロインが母国に戻る。しかし、主人公の墓は本国の首都にもない。ヒロインは首都で住んでいた部屋を見に行く。ヒロインは主人公と笑って、暮らしていた頃のことを思い出して涙する。主人公が現れる。ヒロインと主人公が若い時に戻って再会をして2人で抱き合う。
そこで幕が下りる。全員がスタンディングオベーション状態で、立ち上がって涙を流して、大拍手が会場を包む。柚と僕も手をギュッと握りしめて、作中へ入っていた。迫力ある役者の演技に心が身に詰まされる。
柚の目からは涙が溢れ、頬を涙が伝って落ちる。僕はポケットからハンカチを出して、柚に渡してあげる。柚はハンカチで顔を拭いて、僕に微笑みかける。僕も柚を見て微笑む。
幕がまた上がり、役者が横に一並びで手を繋いで、僕達に向かって深々とお辞儀をする。拍手の波は止まることがない。最後の幕が下りて、ホール内の照明が点いた。
僕と柚は席に座って余韻に浸っている。今回のミュージカルも見応えがあった。僕も柚もミュージカルの魅力の虜になった。柚が帰る準備をする。僕はコートのポケットから包装袋を取り出して、柚に包装袋を渡す。
「クリスマスイブのプレゼント。柚を驚かそうと思って、今まで持っていたんだ」
「ありがとう。これジュエリーボックスじゃない。開けてみてもいい」
柚が包装袋を開けてジュエリーボックスを取り出して、蓋を開ける。すると24金のルビーのネックレスが現れる。
「こんな高価なモノ。高かったんじゃない?こんなのもらっていいの?」
「柚に似合うと思って、一生懸命選んだんだ。つけてくれると嬉しい」
「それじゃあ、圭太、つけてくれる?」
柚がジュエリーボックスからルビーのネックレスを取り出して僕に渡して、背中を向けて、髪の毛をあげる。柚のきれいな項が見える。僕の心は項を見てドキッとする。
震える手でネックレスを柚につける。柚は髪の毛を元に戻して、柚の胸の上に赤く光るルビーが輝いている。とても柚に似合っていてきれいだ。柚はすごく喜んでくれている。
柚が鞄の中から、黒の手編みのマフラーを取り出す。
「上手くできてなくてゴメンなさい。ずっと圭太のために編んでいたんだけど、最後のほうは焦って編んだから上手くできてないでしょ。でも心を込めて編みました。使ってください」
柚が僕の首に手編みの黒いマフラーを巻いてくれた、とても暖かい。柚の心の温かさが伝わってくるようだ。
「ありがとう、柚。ありがたく使わせてもらうよ」
柚と僕は席を立つ。お互いに見つめ合って「クリスマスをおめでとう」と言って、2人で抱き合った。
「こんなクリスマスイブ初めて。圭太、本当にありがとう」
柚は嬉しそうに抱き合いながら僕の耳元でささやいた。
僕も「柚、ありがとう」と言って、柚の体を引き寄せて抱きしめてキスを交わす。
僕はいつまでも柚の傍にいる。そして、柚を守る。




