27話 2人でミュージカルを観る
今日は休日、俊輔がチケットをくれたミュージカルを柚と見に行く日だ。クローゼットの中に常に仕舞ったままになっていたスーツを出してYシャツを着てネクタイをして、グレーのスーツの上下を着る。靴下は黒だ。1階へ降りると花楓がクスクスと僕を見て笑っている。
「いつも見慣れていないから、お兄ちゃんのスーツ姿、とても面白いよ。大人っぽくは見えるけど、もう少し体から緊張を解いたほうがいいよ。お兄ちゃん、緊張してるでしょ。体の動きがギコチなくておかしいもん」
「そうか。少し緊張しているかもな。少しリラックスしたほうがよさそうだね」
僕は首を回してリラックスしようとする。ネクタイをすると首回りが締まって苦しい。スーツを着るとなぜか緊張する。だからスーツって普段着にはできないと思う。普段からスーツばかりを着ているサラリーマンの人達は型苦しくないのかな。サラリーマンになる自信をなくしそうだ。
「行ってくるよ」
黒いマフラーとコートを着て、花楓に声をかけて玄関を出る。今日は一段と寒いような気がする。まだ待ち合わせに時間には早い、ゆっくりと柚の家のマンションの玄関の前に立って待っていればいいだろう。そう思ってゆっくりと歩いて柚の家のマンションの玄関へ着くと、既に柚が玄関で待っている。僕は時計を見る。まだ待ち合わせの時間よりも15分早い。僕が遅刻しているわけでもなさそうだ。
柚は白いコートに白のマフラーをして、口から白い息を吐いて、頬をピンク色に染めて雪のように白いきめ細かい肌がきれいだ。
「待たせちゃってごめん。行こうか」
「いつもギリギリね。家に戻ろうかと思ってたのよ」
柚は僕の手を握ると歩き始めた。僕は柚と2人で手を繋いで、横に並んで歩く。歩道横の車道では車が数多く走っていている。僕も車の免許ぐらい持っていれば良かったな。そうすれば柚に寒い思いをさせなくてすむのに。
「寒い中を手を繋いで歩くからいいじゃない」
「そう言ってもらえるだけでも、ありがとう」
柚の心配りが身に染みる。柚は本当に優しいな。そこが好きなんだけど。そんなことを考えながら2人で駅に向かって歩く。
駅について改札口を通って、駅のホームに着く。僕は柚の手をギュっと握って柚の体を引き寄せる。電車が着いて、電車の中から人々が降りてくる。僕と柚は人の流れに合わせて電車に乗る。つり革を手で掴んで体を固定する。柚は両手で僕のコートを持って体を固定して、僕の姿をしげしげと見る。
「馬子にも衣装って感じね。こんなにスーツ姿が似合わない人も珍しいと思うけど。圭太、もっとスーツを着慣れたほうがいいと思うわよ。どう見てもスーツに着られちゃってるから。今日の圭太って可愛いわ」
「僕も着慣れていないことは十分に理解してるよ。柚にそう言われると、失敗したと思うから、あんまり言わないで」
柚は何も言わずに僕の首元に両手を持ってくると、斜めになっていたネクタイを直してくれて、ネクタイを少し緩めてくれた。僕の首元が楽になる。ありがとう柚。
電車が大きく揺れた。柚は僕のコートから両手を離していたので、倒れそうになる。僕は右手を柚の細い腰に回して、グッと柚の体を引き寄せる。そしてギュッと抱き寄せる。柚に思いっきり足を踏まれた。そして「ありがとう」という声が小さく聞こえる。
両手でコートを掴んで、柚が自分で立つ。顔が耳まで赤い。俯いているから恥ずかしがっているんだろう。
駅を降りて改札口を通て、タクシー乗り場でタクシーを待つ。タクシーに乗り込んで運転手にミュージカルホールへ行ってもらうように頼む。ミュージカルホールは繁華街を通り越してまだ先の所にあり、歩くと結構な距離になるからだ。ミュージカルホールの前でタクシーから降りた僕と柚はミュージカルホールを見て佇む。
初めてミュージカルなんて見る。妙に緊張する。柚は少し微笑んで僕の手を引いてミュージカルホールへ歩いていく。
「オペラを観に行くわけじゃないんだから、そこまで緊張する必要ないじゃない。ただのミュージカルよ。圭太、緊張しすぎ。ちょっと面白くなってきちゃった。圭太にも変な一面があったのね」
柚が僕を見てクスクスと笑う。僕もこんなに緊張するとは思わなかったよ。自分でもイヤになるけど、ミュージカルホールの中に入れば、少しは緊張も解れるだろう。
柚はまだクスクスと笑っている。そんな柚がきれいで可愛い。本当に美少女だな。僕は思わず見惚れてしまう。柚が僕の脛を軽く蹴る。
「圭太、どこでも私を見て、私に見惚れるのはやめて。すごく恥ずかしいんだよ。その癖は本当にやめてほしい」
仕方ないじゃないか。だって柚は美少女なんだし、本気で僕は柚のことが好きだし。1つ1つの仕草が本当に可愛いんだから、見惚れるなと言われても無理だよ。僕がそんな顔をしていると、また足を踏まれた。
2人でミュージカルホールに入ってチケットを見せる。半券を切られて半券だけを持ち、自分達の座る席へ向かう。チケットを見るとアリーナ席の後ろの席だった。ミュージカルは皆座ってみるから、良い席に座ることができた。俊輔に感謝しないといけないな。
コートとマフラーを取ってきれいに畳んで、柚と僕は指定席に座る。こんな場所から舞台の人の顔なんてきちんと見えるんだろうか。
開演のブザーがなり、会場の照明が全て消され、舞台が証明で光り輝く。舞台の幕が開くと、役者が演技を始めた。役者の服には小さなマイクが仕込まれているらしく、スピーカーから役者の声がホールによく聞こえる。
舞台の人の顔も何とか肉眼で見ることができる。役者の演技の迫力に声をなくす。こんなに役者って迫力があったんだ。隣を見ると柚も既に舞台に視線を集中している。役者の演技に呑み込まれている。僕も劇から目が離せない。役者ってすごい。その一言に尽きる。言葉が出てこない。僕と柚は知らず知らずに手を繋ぎ合って、お互いに手をギュッと握りしめて、劇を集中して観ていた。
第1幕が終わった。僕と柚はホッと安堵の息を吐く。あまりにも集中して劇を観ていたので、知らず知らずに緊張してしまったようだ。僕は席を立って、ホールの扉を開けて、外にある自販機でジュースを買って、柚が待っている席へ戻ると柚の姿がない。しばらくすると柚が顔を赤くして戻ってきて、隣の席に座って何も言わない。僕は買ってきたジュースを渡すと、コクリと頷いた。トイレに行ったことが恥ずかしかったのだろう。
第2幕が始まった僕と柚はまた劇の迫力に呑み込まれていく。2人で手をギュッと繋いで劇を観る。最終幕まで柚と僕は役者の演技と迫力に酔っていた。劇のストーリーも恋愛ものでよかった。最後に苦難を乗り越えて恋が実る。知らず知らずに僕の目に涙が溜まる。隣を見ると柚が大粒の涙で頬を濡らしている。
僕はポケットからハンカチを取り出して、柚に渡した。柚は小さく「ありがとう」と言って、ハンカチで涙を拭いていく。柚がきれいにメイクしてた顔から、メイクがはげ落ちている。柚のメイクはすごく薄いから目立たない。
劇が終わり、役者達が横一列に並んで僕達、お客に向かって挨拶をして深々と礼をする。お客様全員、僕も柚も座席から立ち上がって大きな拍手を役者達に送った。興奮の中で舞台の幕が下りていく。幕が下りきっても拍手は終わらない。僕達も拍手を続ける。
劇が終わって、ホール内の照明がつけられた。照明のおかげで、やっと我に戻ることができた。
「すごくよかったね。すごく興奮したよ。こんなにミュージカルが良いものだとは思わなった。また柚と一緒にミュージカルを観に来たい」
「私もミュージカルを観るのは初めだったの。初めてだったから期待してなかったんだけど、こんなにいいとは思わなかった。思わず劇に夢中になりすぎて、ストーリーに呑み込まれて泣いちゃった。メイクが剥げちゃったよ。あとでトイレに行って、きっちりとメイクをし直さなくちゃ」
さすが女の子だな。感情の切り替えが早い。僕なんてまだ興奮が続いている。僕は思わず「また来よう」と言って柚に抱き着いた。思いっきり脛を蹴られた。小さい声で「ホールの真ん中で抱きしめないで。皆が見てるから恥ずかしいよ」と言われた。ハッと気づいて柚から手を離す。そして周りをみると、まだ帰っていなかったお客様達から小さな拍手が起こった。とても恥ずかしい。
柚がコートを着て、マフラーを巻いてホールの外へ出る。僕もコートを着て、マフラーを巻いて柚の後を追いかける。
「私、メイクを直してくるから、待っててね。絶対に動いたり、違う場所にいたりしたらイヤよ」
よほど1人にされるのが心細いのだろう。僕は「絶対に動かないよ」と微笑んだ。柚は嬉しそうに走っていった。こんなに楽しい時間を2人で過ごせるなんて、俊輔、本当にありがとう。思い出に残る日になったよ。
今度は柚と2人でミュージカルを選んで、また2人で観に来よう。きっと柚も喜ぶだろう。柚が微笑みを浮かべて僕の元へ帰ってきた。
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