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変なヤツ

大変遅くなりました。よろしくお願いします。

「どういうことだ?」

と流彦が聞くと、コロナはため息をついた。

「二人がさっき帰ってきたんだけど、酔っぱらったお母さんがうる香ちゃんのケーキを台無しにしちゃって。うる香ちゃん、暴れてもう手がつけられないの。仕事中なのは分かるけど、今はこっちを優先して」


 受話器の向こうからは、ズン、ズンと低く響く音が聞こえてくる。確かにもう喧嘩が本格化しているようだ。

 それにしても、あそこで待っていろと言っていたのに勝手に帰るとは……

 そう愚痴ると

「しょうがないよ。早く帰んないと『サムシンガー』始まっちゃうし。まぁ、どっちみちもう見れないけどね」

とコロナが答えた。 

 サムシンガーとは、例の蹴陽が楽しみにしているロボットアニメのことだ。


「うる香ちゃんがテレビ燃やしちゃって。それでお母さんもキレちゃって……」

「なんだって!」

 流彦は頭を抱えた。馬鹿どもが、本当になにやってんだ……!

 とにかく、とコロナは言った。

「お父さんには一応着信入れといたけど、いつ帰ってこれるかわかんないし。今はるぅ兄ぃしかいないの!」


 流彦は切迫した妹の声を聴きながら、沙羅の方に目をやった。

 少女は、流彦が誰と何を話しているのか、と不思議そうな目でこちらを伺っている。

 はだけていたコートの襟を既に掻き合わせていたが、流彦の脳裏には沙羅のもつ縛火紋が焼き付いていた。


 事情はよく分からないが、彼女が火族の端くれであるならば、今度は火廷の管轄の仕事になってくる。やはり穂親に連絡を取って指示を仰がなければならないだろう。

「二人は今、どこで戦ってるんだ」

「裏の演習場」


 蓮杖家の裏手には溶岩の転がる荒れ地が広がっている。

蓮杖家ではここを能力を磨いたり、技を競ったりする鍛錬の場として使っているのだ。

(あそこで戦っている分にはまだ大丈夫と思うが……)


「コロナ様、流彦様、よろしいでしょうか」

 そこにサンティアが会話に割り込んできた。

「流彦様。蹴陽さまとうる香さまはお屋敷の演習場で交戦中でございますが、観測できる火気の量がこれまでお二人が対戦された時の最大値を38.4%上回っています。このままでは余波が隣接する菜園に及ぶ可能性が82.2%ございまして」

「……いやっー!」

 コロナは途端に金切り声を上げて、どこかへ行ってしまった。


 サンティアの言葉にさすがの流彦も冷や汗が伝った。

 蓮杖家の裏庭の片隅には小さな菜園がある。

 そこにはコロナが丹精込めて作った野菜が植わっている。

 もしそれに被害が出たら、今度はコロナがぶち切れる番だ。


「分かった、すぐに行く」

 これ以上事態をややこしくしたくない。流彦は通話を切ると沙羅に向かって言った。

「事情が変わった。とりあえず、アンタは俺と一緒に来てくれ」

「あなた様と一緒に?」

「あぁ。ちょっと家でもめ事があってな」

 そう言って頭を掻く流彦。


 対照的に沙羅は顔を輝かせ、口元はほころんでいる。

(そういえば、銃者になりたいとか言っていたな。コイツ)

 流彦は声を落として沙羅にくぎを刺す。

「勘違いしないように言っておくがな、銃者がどうとかバカげた話に付き合うつもりはないからな。用が済めばさっさと火廷にアンタを引き渡す」


「そんな……」

 流彦の言葉に、少女は明らかに落胆した表情を浮かべた。

「従えないのなら、ここに置いていくぞ」

 そういって周囲を見回す。また氷龍に襲われても知らんぞ、という脅しに少女は顔を青くして、

「分かりました」

と頷いた。流彦は内心で胸をなでおろす。

 別に、本当に置き去りにするつもりはなかった。無力な人間を一人にするほど鬼ではないつもりだ。


 流彦は目を閉じて「化捏」の能力を解放した。

 炎の中から現れた大鷲に、沙羅は大きな目をさらに見開いて驚いている。

「グズグズするな」

「……は、はい!」

 少女は慌てて近くにあった自分のリュックを掴むと、流彦の背中に飛び乗った。


 首元にある柔らかな毛につかまる様に指示すると、流彦は大きく翼を広げ、数度の羽ばたきの後、夜空へと舞い上がった。

「わぁー!!」

 沙羅は初めての景色に歓声を上げていたが、やがておもむろに


「そういえば、あなた様のお名前を聞いていないのですが……」

と言ってきた。流彦は少しためらったあと、

「蓮杖、流彦だ」

と名乗った。偽名を使ったところで、これから行くのは自分の家だ。どうせバレる。


「れ、蓮杖!?」

 その名を聞いて、少女は飛び上がった。

「蓮杖って、あの炉亜様と蹴陽さまとうる香様がおられる、あの蓮杖家ですか?」

「他に何があるって――」


 流彦の声は、沙羅のキャアアアという悲鳴にかき消された。

「え、本当に?え、あダメダメああああほんとにムリムリムリ、あーダメしんどいあーぁヤバイー!」

「……」

 何を言ってるんだ、と流彦は思ったが、別に蓮杖家に行くことを嫌がっているわけではないことは分かった。

 なんというか、この話し方やテンションは聞き覚えがあったからだ。

 特撮やアニメについてオタク仲間と語り合って盛り上がっている(らしい)ときの蹴陽によく似ているのだ。


「はあ~、憧れの蓮杖家に行けるなんて幸せです~!」

 そういって流彦の背中に手足を広げて倒れる沙羅の様子に、

「おい、落ちねえよう気を付けとけよ」

 流彦は冷や汗をかきながら注意した。

「あぁ、夢のようです。蹴陽様といえば、火廷直属の実力部隊“炎卓(えんたく)の騎士”のお一人として活躍しておいでですし、炉亜様は賢人会議“八火天(はっかてん)”の護衛隊長10人の中に入っておられるではないですか。うる香様も期待の若手ともっぱらのご評判!そんなドリームファミリーとお会いできるなんて……」

 そう早口でまくしたてていた沙羅だったが、ふと、

「でも他にもご子息がいらしたんですね」

と言った。


 流彦なんて名前は初めて聞いた、というわけだ。

 まぁ当然のことだろう。

 偉大な両親と、小さい時から優秀な妹と比べれば、自分はみそっかすだ。

 今更、自身の才能や境遇に不満は持たないが、それでも他人から見れば、氷龍一匹まともに相手できない者など、それこそ紋戴児同然の存在だろう。

「あ、もしかして流彦さま――」

 何かに気づいた、という感じの沙羅の言葉に、心の隅がちくりと痛む。


「蹴陽様や炉亜様に成り代わってお仕事とかされてませんでした?」

「は?」

 思いがけない言葉に、思わず流彦は振り返ってまじまじと見つめた。

 そうでしょう?と言わんばかりの自信満々の笑みを浮かべた少女が鼻息を荒くしていた。

「いや、だってね、お二人のお仕事の記録を追っかけてたらもうすごい仕事量なんですよ。もぅこれを一人でやってるとか信じられないことがあって、友達とも話してたんですけどこれ絶対影武者いるよねって。もぉ先月なんかこんなに移動して涼しい顔してるってありえないからって」

 

 興奮して再び早口になっている沙羅。

「……ハハッ」

と流彦は苦笑した。

 沙羅と会ってから初めて漏らした笑いだった。

「確かに、親父やお袋に変身することはできる。けど、能力まではコピーできねぇからな。影武者なんてやったことねぇよ」


 流彦の言葉に、「え」と沙羅は絶句し、続いて「んあー」とため息を漏らした。

「そうなんですかぁ。いい推理だと思ったんですけど」

 少女は心底がっかりしているようだった。

「そんな素っ頓狂なことを考える奴に会ったのは初めてだよ」

「そうですか?影武者とか入れ替わりとか鉄板ネタじゃないですか!?」

「なんのネタだよ……」

 アニメやゲームじゃねぇんだっての、と窘めて前方に目を凝らす。


「さぁ、もうすぐ俺ん家だ。一気に降りるから気をつけろよ」

「あ、はい!」

 少女の小さな手から伝わる温もりを首元に感じながら、高度を落としていく。

 彼方に、小高い台地が見える。

 その上に浮かぶ二つの光。それは、蛍のように飛び回り、時にぶつかりながら眩いばかりの火花を散らしている。

 蹴陽とうる香だ。確かに、いつもよりも動きが激しいと感じる。

「急ぐぞ」

 流彦は翼をせばめると、矢のようにそちらへと飛んだ。


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