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 出会いの日、二人はまったく言葉を交わさなかった。

 しかし翌日、早くもクレスツェンツはあの少年と再会した。

 死んだ娘の葬儀でのことである。


 娘――エルナという名の彼女には身寄りがなかった。

 彼女はシヴィロ王国東部の生まれで、興行をしながら各地を回る見世物一座の歌姫として王都アマリアへやって来た。ところがアマリア滞在中に病に罹り、一座を抜けざるを得なくなったのである。

 一座は次の興行地へ旅立ち、エルナだけが都に取り残された。

 施療院へ引き取られたころ、エルナは弱りきっていた。仲間に見捨てられた悲しみもあいまって彼女は心を閉ざし、薬も食事も受け付けようとしなかった。

 クレスツェンツはエルナに辛抱強く寄り添い、治療を受けるよう説得し続け、ようやく彼女を頷かせたのだが……。

 目を閉じ、オーラフが謳い上げる葬送の(ことば)に耳を澄ます。

 すべての病を癒やせるわけではない。せめて最期、エルナが寂しくないようにしてやれたのだからこれでいい。自分に出来ることは全部やった。

 だから今は、ただエルナのために泣くのだ。

 喪失の痛みを噛み締めながら、クレスツェンツは静かに涙を流していた。

 いくら見送っても慣れないものは慣れない。命が失われる。悲しいことだ。

 彼女の胸の中で、エルナがいた場所を埋められるものはないのだから。

 エルナの葬儀は粛々と行われた。クレスツェンツと数名の僧侶以外、ほかに参列する者はいなかったので余計にひっそりと儀式は進む。

 だから副聖堂の扉が遠慮がちに軋み、彼が入ってきたことにはすぐ気がついた。

 クレスツェンツは涙をぬぐって振り返り、目を瞠る。

 視線がぶつかると少年はクレスツェンツへと慇懃にお辞儀を返し、一番隅の長椅子に座った。

 何をしに来たのだろう、と思ったが、彼がそのまま瞑目して一緒に祈り始めたので、エルナを弔いに来てくれたのだと分かった。

 なぜ。

 この時は、嬉しさよりも疑問が先にあった。



 葬儀が終わると、少年はすぐに副聖堂を出て行った。

 エルナの棺を僧侶たちに任せ、クレスツェンツは彼のあとを追う。

「待ってくれ!」

 石段を下りていた少年は呼び止めると素直に振り返ってくれる。

 驚くわけでもなく、怪訝そうにするでもなく、その表情は実に淡々としていた。

 光に透けてもなお黒い髪には癖がない。その向こうにある緑の瞳は陽射しの下で見るといっそう鮮やかで、盛夏の森を思わせる深い色だ。

 強い巻き癖がある上に美しいとはいえない暗い赤毛、同じ緑でも灰色がかった瞳を持つクレスツェンツは、まず一番に彼の美しい色を羨ましいと思った。

「何か」

 少年に見とれていると、彼は今度こそ怪訝そうに言った。その声色は存外刺々しい。

 クレスツェンツは我に返り、あと二段の距離を詰めて少年の隣に並ぶ。

 目線の高さはほとんど変わらないくらいだった。そして真正面から見てみると彼の視線があまり友好的でないことに気づいた。

「葬儀に出てくれた礼を、と。あの娘には身寄りがなくてな、見送る者がわたくししかいないようでは寂しいのではないかと思っていたのだ」

「そうですか」

「しかし、なぜ葬儀に?」

「……立ち会ったからには、何か縁があると思ったので」

「そうか。……ありがとう。今日も施療院へ見学に来ていたのか?」

「今日、も?」

「ああ、昨日、病室で見かけて」

 彼の返事は素っ気ない。なぜだろう。失礼なことを言っただろうか。今し方、ちょっと上から見下ろしたのが気に障ったのか?

 クレスツェンツはまじまじと少年を見つめながら考えた。

 彼も顔を逸らさなかったが、気味悪そうにどんどん目許を歪ませる。

 あまりに露骨な嫌悪の表情。今度はクレスツェンツのほうが腹立たしくなってきた。

「葬儀に出てくれたことへは礼を言うが、そうも嫌な顔をされる理由が思いつかない。わたくしは何か、貴殿の気に障ることを言ったか?」

「いいえ別に」

「では、なぜそんな顔をする」

「……」

 これが初対面ということもすっかり忘れて、クレスツェンツはかっとなるまま少年に詰め寄る。

 彼はそんなクレスツェンツに怯むことなく、冷たく、不快感も露わに答えてくれた。

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