『宙吊りの籠』
◆
雲が早く流れてゆく、澄み渡る程の青空というのはこういう景色を言うのだと主張するかのような晴天の下。
霜が降りるにはやや気温が高いが、それでも吐く息は白く染まるといった具合の、秋から冬へと移り変わる季節。
日差しが当たり、天使の輪が出来る程の綺麗な黒髪を揺らして、足早に歩いてゆく人の流れを漠然と眺める少年の鼻はほんのり赤くなっており、早い時間からこの場所に居たのだろうという事が見て取れる。
少年が眼を向ける先では、大きなビルの上にかけられた垂れ幕に群がるかのように大人が、子供が、手を取った親子や男女が入ってゆく。
閉店セールと書かれた大きな垂れ幕が掲げられたビルは駅前に聳え立つ、つい最近閉店と共に取り潰されて別の建物に建て替えられる事が決まった大型デパートだ。
駅前のロータリーのバス停前に入り口を持つ大型デパートであるが、片田舎の、新幹線が通った駅からやや離れた駅にある事もあり、時代のあおりを受けて徐々に経営が悪化し、ついには閉店するのだという。
そのデパートの前で、少年が誰かを待つように小さく白い息を吐きながらボーっと人の流れを眺めていると、バスを降りてきた人物と目があい、その人物はまっすぐに少年の下へとやってくる。
「時間通りのはずだが。待たせたか」
黒縁の眼鏡の奥で三白眼が僅かに細められ、整ったやや薄白い肌の顔を歪める。
落ち着いた低めの声に少年は反応してバス停の近くにある時計に目を向けると、時刻は丁度待ち合わせていた午前十時を指す所だった。
少年はその中性的な顔を苦笑に歪ませて首を振る。
「いえ、僕も今来たところですよ。冥賀先輩」
「嘘付け。中で待ってりゃ良いのにずっとここに居ただろ。顔、赤いぞ」
指摘されて、初めて自分の顔が冷たくなっている事を思い出したかのように少年が頬を掻く。
「まぁ、ちょっとだけ寒くなりましたしね」
「ほら、行くぞ真澄」
「はい」
少年、詠村真澄が手を引かれて冥賀享利の後を追うようにデパートの中へ入る。
入った途端に暖房と、そして人の熱気とも言える様な独特の湿気を含んだ熱が顔を煽り、真澄は僅かに目を細めながら、前を歩く享利に意識を向ける。
そして、詠村真澄は回想する。どうしてデパートなどという、おおよそ自分達二人が来るには似つかわしくない場所へ来る事になったのかを。
◆
外を冷たい風が流れてゆく。
強い風が窓を吹きつけ、その都度ガタガタと窓を揺らす放課後。
既に日も短くなり、夏場は斜陽で紅く染まっていた図書室も、今は白い電灯に照らされて木目のやわらかい色を反射させていた。
いつの時期でもやはり閑散とした図書室にいるのは、カウンターに座ったまま黒い表紙の無い本を読む冥賀享利と、返却された本を整理して本棚へと戻す詠村真澄の姿だけだ。
暫くの間、真澄が本を棚に戻す音と、享利がページを捲る音だけが室内に響く。
ややあって、全ての本を棚に戻し終えた真澄がカウンターへ戻って来ると、享利は読んでいた本を閉じて真澄を見上げて口を開く。
「そういえば、駅前のデパートが閉まるらしいな」
「そうなんですか?あまり駅前に行った事がないので良く知らないんですけど」
「だろうな。……所で、こんな話がある」
本をカウンターに置くと、享利はニヤリと、いつもの、何かを嘲るような笑みを浮かべて語り出した。
「――エレベーターというのは、一種の結界だ。いっそ電車でも車でも良いがな。ああした箱状の、外界と内部を遮断してモノを運ぶものは大抵の物が結界足りえる」
「ええっと……外と内側を区切るという、明確な境界線だから。ですか?」
「ああ。お前もわかるようになってきたな。……それでだ。こと、エレベーターに限って言うならば、あれは完全に結界だ。一度中に入れば自分の位置を把握できるのは階数表示の案内くらいだからな」
「電車とか車は一応窓の外を見れますもんね」
「そういう事だ。そして、エレベーターの階数表示さえ狂ってしまっていたら、エレベーターに乗った人は何処へ行くのかすら、自分がどこにいるのかすらわからない。それはつまり、世界から切り離されていると言っても良い」
「切り離されるとどうなるんです?」
「俺たちがこうして立っている世界、それ以外にも世界があったとしたら、そちらと繋がってしまっても、不思議は無いだろう?何せ、元々のエレベーターの役割は“階層”という“世界”を繋ぐ物なんだから」
「確かに、売り場が違うと別のお店みたいですもんね」
「それはバラバラだと客がわかりづらいからという理由だが、まぁ、世界を別けるという意味でも間違っては居ないな。でだ。閉店するデパートの話に戻る訳だが」
そこで、享利は一端言葉を区切り、鞄の中から手帳を取り出してぱらぱらと捲りだした。
享利が調べている間、真澄は席に座って享利のほうを向いて待つ。
程なくして探していた記述を見つけたらしい享利が、カウンターの上に手帳を開いて真澄にとある記述を見せた。
指差された手帳の記述に真澄が目を向けると、それは噂話を纏めたものであるらしいとわかった。
『・駅前のデパートは売り場である地下一階から地上七階と地下駐車場の地下二階の合計九フロアで構成されているが、最奥のエレベーターの右端に地上四階から乗り、三階、一階、七階、地下一階、六階、地下二階の順を四度繰り返して動かすと、最後には勝手に動き出して、あるはずの無い地上八階にたどり着く』
『・八階に降りると何処でもない場所へと連れて行かれ、帰って来れなくなるらしい』
所謂神隠し系の都市伝説としての話で、真澄はそういうモノもあるのかと軽く頷いて享利の言葉を待った。
享利は手帳を鞄に戻し、帰り支度をしながら愉しげに嗤う。
「と言う訳だ。閉店になったらこの噂の検証も出来ねぇし、今週末に閉店セールをやるらしいから、これを機に調べてみようと思ったわけだ」
「そうですか」
「お前も来いよ。違う世界っていうのに興味あるだろ?」
「まぁ、誘ってくれるなら行きます。待ち合わせは何処でしましょう?」
「デパート前。開店は十時だが、恐らく九時五十分には開いてるだろ。まぁ、念のため十時集合で良いか。この時期に寒空の下で待つのなんざごめんだしな」
「そうですね」
真っ暗な外を見て、僅かに苦笑を浮かべて真澄は席を立つ。
きっと外は寒いだろう。そろそろマフラーが必要かもしれないなどと頭の隅で考えながら、享利の後を追って、図書館の電気を落として鍵を閉めた。
◆
肩を叩かれて、真澄はハッと我に返る。
今までの経緯を思い出している間に、どうやら件のエレベーターの場所まで来ていたようだった。
チン、という音と共に、地上四階のエレベーターが開く。
「ほら、早く乗れ」
「あ、はい」
僅かに眉を顰めて催促する享利の言葉に慌てて反応してエレベーターに乗った。
真澄の体重が乗ってエレベーターが僅かに揺れ、真澄の後ろで扉が小さな音を立てながら閉まる。
無言で享利が三階のボタンを押し、エレベーターが動き出す。
ゴウンゴウン、と音を立てながら下がってゆく。独特の浮遊感が真澄を包み込み、程なくして再びチンという音と共に扉が開いた。
三階の女性衣類が固まったフロアは人が雑多に行き交っているが、すぐに享利が閉ボタンを押した事で再び喧騒が遠くなる。
享利が一階のボタンを押す。先ほどよりも長い浮遊感。扉が開く、化粧品や生活用品売り場も、やはり女性客で溢れていた。
扉が閉まり、享利が七階のボタンを押す。ぐんぐんと上がってゆく感覚に、僅かに体の血が下がってゆくような錯覚を覚え、真澄は何気なしに扉の上の階数表示に目を向ける。
やがて七階に止まったが、享利はすぐに閉ボタンを押して次の地下一階を押す。
急激な浮遊感が再び訪れ、止まる。食料品売り場独特の、他の階よりもやや寒い室温を感じ、扉が閉まる。
六階へと上がる。家具売り場独特の匂いがほんのりと香るが、すぐに閉まる扉によって遮断され、地下二階へ。
駐車場になっている為か、排気ガスの匂いが鼻につく。僅かに顔をしかめ、扉が閉まるのを待つ。
再び四階へ移動して、再度三階へ。
下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。下がる。上がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。下がる。上がる。上がる。下がる。上がる。下がる。
そうして順々に押され、上下に揺られる宙吊りの籠が齎す浮遊感に真澄自身、自分がどの階にいるのかわからなくなった頃。
享利も既に辟易としたようにただ単純に作業としてボタンを押していた。
その作業が、ピタリと止まった。
「……やっとか」
ぽつりと呟かれた言葉が、やけに強く真澄の耳に響き、享利を見れば、既にボタンから手を離しており、ボタンは何処も光っていない。
にもかかわらず、体はぐんぐんと上昇している時と同じような、地面に引っ張られているような感覚を感じていた。
ガコン、とエレベーターが止まり、明かりが明滅して、扉の上部にとりつけられた階層表示がおかしくなっている事に気づく。
『F8』
それはこのデパートには存在しない階層だった。
――チン。
幾度となく聞いた、軽快な電子音が到着を告げる。
ドアが静かに開くと、どの階も明るかったフロアとは打って変わって薄暗く、本来ならば蛍光灯によって白く照らされているはずのフロアは薄暗い赤紫色の電灯で照らされていた。
人の居ないデパートの売り場が、これほどまでに悪趣味に変貌するのだという事を、真澄は初めて理解する。
「ほら、何惚けてるんだ。いくぞ」
半ば呆然としていた真澄の肩を享利が叩きながら、享利は既に扉から片足を出して出て行こうとしていた。
それをみて真澄は慌てて享利の後を追う。存在しない八階で降りたら連れ去られるという噂を真澄は完全に忘れ、また享利はあえて無視して進む。
真澄の後ろでドアが閉まる音が聞こえ、振り返りたくなる衝動に駆られる物の、一度享利から目をそらしたら、二度と会えなくなってしまうのではないかと言う不安から、前を歩く享利の後をついていくしかなかった。
享利に追いついた真澄はきょろきょろと、赤紫色の気味の悪い灯りで照らされたフロア内を見回す。
部位をあべこべに継ぎ合わせた歪なマネキンや、どうしたらそんなセンスにいたるのかと問いただしたくなるような、見ていて気分が悪くなるような色調の衣類が所狭しと並べられており、見ていて気分が悪くなった真澄は再び視線を前へ戻す。
それでも視界の端に映りこむそれらの景色に言葉を失くす真澄の隣で、享利はいつも通りの嘲笑の様にも見える笑みを浮かべてフロアを一瞥した。
「思っていたよりも面白そうだ」
真澄は珍しく年相応に眼を輝かせる享利の様子に密かに安堵しつつ、その享利について歩く。
エレベーターが次第に遠くなり、どうやって戻るつもりなのだろうと考えながら歩いている真澄の耳に、何かが歩くような靴音が聞こえる。
音の方に向いた真澄の目に最初に映ったのは、奇怪なオブジェと化したマネキンが飾られた曲がり角から現れる腕。
徐々に姿を現す腕は長く、どう考えても人間としての長さを逸脱したモノだった。
途中途中で間接があり、まるで蛇のおもちゃのようだと漠然と連想した真澄に、腕が伸びる。
惚けていた真澄の腕が曳かれ、享利の前で引き摺られるように、角を曲がる。
一瞬の事で、真澄は思わず引っ張った腕を辿る様に、それを見てしまった。
そこにいたのは巨大な白い人。天井に背を預け、屈みこむようにして真澄を覗き込んだ顔の無い男だった。
「あ……」
その長い腕の先が真澄を掴んで離さず、真澄の腕が篭められた力に悲鳴を上げて軋んだ。
「う、ぁ……っ!?」
物理的な痛みに思わず悲鳴を上げる真澄の後ろで、駆ける様な足音と共に享利が瓶の蓋をあける。
急速に黒いなにかが渦を巻き、吐き気を催すような、爛れた、そしてむせ返るような濃密な血の匂いが、真澄の鼻腔を刺激する。
思わず振り返った真澄の目の前に、瓶から出てきたらしい能面をつけた髪の長い男が駆け抜けて、真澄は慌てて顔を逸らした。
飛び出した能面の男はまるで命令されたかのように一直線に真澄を掴んでいる腕へと飛び掛る。
男が腕を引きちぎり、真澄の腕を握ったままだった手が、駆けつけた享利によって払い落とされた。
「ちっ、数が多いな。真澄、逃げるぞ」
言いながら、享利は瓶を能面へ向ける。
今まさに残ったもう片方の腕に巻き取られようとしていた能面の男が瓶に引き摺られるようにして吸い込まれて消えると、大男の標的が真澄、そして享利へと向いたのを、真澄は肌で感じた。
目まぐるしく移り変わる状況と痛む腕に戸惑っている真澄を、享利が強引に手を引いて走る。
「痛っ、先輩、痛いです」
「うるせぇ、俺はまだ死にたくねぇんだよ」
痛む腕を掴んだ享利に対して真澄は場違いな抗議の声を上げるが、取り合う事無く前を走る享利が短く返して走り続ける。
追ってくる腕は二本、先ほど能面が引きちぎったはずの腕が元に戻っていて、その両手が曲がり角を曲がってもなお追ってくるのを真澄は眼の端で捉えながら前を向いた。
普通のフロアと同じ様に見えていた景色が、どこまでも続いているように見えてしまい、エレベーターの位置がわからない。
幾度も角を曲がり、享利だけを頼りに走る。
元々運動が得意ではない真澄の息が徐々に上がってきて、足が僅かにもつれ始めてしまうのを真澄自身自覚しつつも、すぐ後ろを追ってくる手の気配が背中から離れず、速度を落とす気にはなれなかった。
「せん、ぱいっ、あれ、何か――」
「黙って走れ運動音痴」
真澄の視界の端で、すぐ目の前の曲がり角の奥に何かが蠢いているのを発見して享利に声をかけるが、享利は知っているとばかりに踏み込み、飛び出してきた手を踏みにじって直進する。
――ごり、ぐちゃ……
真澄の耳に、何かが砕けて潰れる音が聞こえ、思わず真澄はその方向に眼を向けてしまう。
視界に飛び込んできたのは、踏み潰されて砕かれた白い指。
指から手、腕へと元を辿るように踏まれた手の先を見た瞬間、真澄は目を見開いた。
後ろから追って来る手とは別の大男が白い巨体を揺らして真澄へむかって手を伸ばしているのを見た真澄は、見たくないものを見てしまったと視線を外し、思わず棚越しに遠くを見回す。
――最初に見たときには居なかったはずの大きな人影が、今まで歩いてきて何故遭遇しなかったのだろうと思うほどに濃密に徘徊している光景に、真澄は今度こそ絶句する。
回り込まれないように走る享利が、棚を越えて伸ばされる手を振り払い、走る。
「――はぁ、はぁ……はぁ。僕、もう、はしりたくない。です」
「はっ、もう逃げる場所もねぇよ」
ついにエレベーターが見え始めた頃には真澄は完全に息が上がってしまっていたが、サボリ癖があるとはいえ剣道部の主将を務める享利はさすがといった所で、多少疲れが見えてはいたが、それでもまだ速度を緩めることは無い。
もはやはしると言うよりは引き摺られるといった具合の真澄がエレベーターの前にたどり着いた時には、既に享利がボタンを押している所だった。
油断無く睨む享利に釣られて、真澄も後ろを見る。
そしてすぐに、見なければ良かったと後悔した。
這いずるような腕の群れがじわじわと迫り、その後ろでは背の高い白い人影がゆらゆらと揺れながら此方に近づいて来るのが見え、その圧迫感に息が止まる思いだった。
永遠のようにも思える時間がゆっくりと過ぎる。そして……
――チン。
心待ちにしていた音に真澄がエレベーターのほうを向けば、もはや懐かしいとすら思える白い蛍光灯の灯りが目の前の扉の隙間から溢れて、立ち上がるのも辛いはずだった足に力が戻るようだった。
それでも遅い動作に苛立った享利が真澄を引き摺ってエレベーターへ押し込める。
「わっ、っと……」
自身を照らす白い光に、真澄は安堵して閉まって行く筈の扉に目を向けた。
――扉が閉まる間際、狭くなってゆく扉の狭間で、二本ではきかない量の無数の指がまるで死骸から這い出して来る蛆虫の如く、びっちりと蠢いていた。
「――っ!!!」
真澄の喉の奥で引き攣る悲鳴が漏れる。
白く病的で、血が通っている等とは思えない指先は老若男女、無数の指が歪に組み合わさっているようだった。
ぎちぎちに詰まった指が、扉をこじ開けようと蠢く様を呆然と眺めている真澄の横で、享利がもう一度閉じるボタンを強く押した。
ぶち、ぶちぶちぶち。
扉が閉まる圧力が、指を噛み千切ってゆく。
人の指ならば痛みで引っ込めるなりするだろう。しかし、異形の指たちが痛みを感じる事は無い。
強制的に閉まった扉がギロチンの様に切り落とした指がエレベーターの中に転がる。
潰れた断面から血は出ない。それどころか、千切れているはずにもかかわらず、指先だけが不気味に蠢いていた。
「どうするんですか、冥賀先輩……」
「ふん。くだらねぇ」
享利はそれを鼻を鳴らしながら踏み潰すと、エレベーターが僅かに揺れる。
ごうん。ごうん。ごうん……
動き出したエレベーターが微かな駆動音を立て始め、懐かしいような、安堵するような浮遊感を感じる。
ほうっと真澄が息を吐いた瞬間だった。
――ガタン。
動き出したはずのエレベーター。その上に、何かが乗るのを、真澄は感じた。
ちかちかと明滅する白い蛍光灯を見上げ、白い顔と目があった瞬間、真澄の意識は暗転した。
◆
固い床の感触、冷たい空気。どことなく優しい香りに、真澄の意識は徐々に覚醒する。
「……う、ん……。あれ……?」
瞼の外は暗く、眼を開けても一瞬どこだか分からなかったほどだった。
次第に目がなれてくるにつれて、そこが非常階段の踊り場であると知る。
「――起きたか」
享利の声がして、真澄がそちらへ顔を向ける。
どうやら真澄が目を覚ますまで待っていたようで、享利は真澄の隣で愉しげに瓶を眺めていた。
真澄の視線に気づき、享利は瓶を仕舞いながら立ち上がる。
釣られて立ち上がった真澄は僅かに体が重く感じたが、それ以外に特に不調があったわけではないので特に気にかけず、先に階段を降り始めた享利の後を追う。
フロアへと出れば、そこはデパートの1階。セールもだいぶ落ち着いたようで、人は多いものの朝程の混雑の様子はない。
人混みには一切目もくれずに外へと向かう享利に、真澄は気になっていた事を尋ねようと横に並ぶ。
「あの後、どうなったんですか?」
尋ねた真澄に、享利は愉しげに口の端を吊り上げて、嗤う様に答える。
「異界の霊だって、どっちつかずの“宙吊りの籠”の中だったら、こっちの霊と同じだろ?」
にやりと嗤う享利の言葉に、真澄はなんとなく、眼が覚めたときに享利が持っていた瓶には、あの白い顔の大男が入っていたのだろうと、思った。
また、享利の悪霊集めという悪趣味な趣味に付き合わされたのだと理解したが、それも、過ぎた事だと真澄はすぐに思考の隅へと押しやってしまう。
享利と共に外へ出ると、冷たい風が髪を嬲って吹きぬけ、熱が一気に奪われるような気がして、真澄は僅かに身震いする。
既に太陽は沈み、空は暗くなっていて、どれくらい長くあの場所に居たのだろうと真澄は朝も目を向けた時計を見れば、時刻は丁度午後六時を指す所だった。
吐き出される白い息とは別に、空から舞い降りてきた白い物が頬に触れる。
真澄が振り返ってデパートを見上げると、逢魔ヶ刻の漆黒の空から、小さな雪が降り始めていた。
「……もう、雪が降る季節なんですね」
「そうだな」
眼を細めた真澄の視界の中、降り注ぐ雪に紛れてデパートの上の方で、白い人影が蠢いた気がした。
エピソード3・『宙吊りの籠』




