ゴーシェン砦防衛戦
ゴーシェン砦の防衛にあたって、ベルトラン様はあまり時間をかけられないとお考えでございました。本来籠城というのは、時間を味方につける戦い方でございます。戦い続けるためには食糧が必要ですが、それは味方も敵も同じこと。今回についてはシャーム軍のほうが大規模でございますから、防衛が上手くいっている場合、あちらのほうが先に食糧が尽きる。そうなれば、相手も退却せねばなりません。あるいは、相手の兵站が優れていて食糧不足が見込めない場合でも、援軍の到着を待つこともできます。砦の攻略に手こずる敵軍に横やりを入れられるならば、相当な有利を得られます。
ところが今回に関しては、病の影響というものがございましたので、ゴーシェン砦防衛について、近隣の地域から十分な援軍を得ることは難しいというのが実情でございました。その点に関してはロートも似たような状況でしたので、致し方ありません。病の影響が少ない遠方であればある程度まとまった軍を動かせるとのことでしたが、それでは開戦に間に合わないかもしれません。一方で、シャームではそもそも病の流行がありませんでしたので、あちらが援軍を呼べば、問題なく到着する可能性が高い。それでは不利を覆すどころではなくなってしまいます。
そこで、ベルトラン様がお考えになったのが、敵の攻撃を誘導するということでございました。
まず、めぼしい山道に兵を伏せる。ヒポグリフを扱う我々であれば山の移動に苦はございませんので、それはわたくしどもの役割です。ベルトラン様が信じて託してくださいましたので、我々も真剣に、この作戦に挑み、戦闘に備えました。
シャーム軍を迎え撃つにあたって、ベルゼア軍は騎馬兵を両翼に配置、特に山の低い南側、右翼を少ない常備兵で固め、正面は民兵と傭兵で厚く守らせるように布陣いたしました。ここまでは、相手に山越えを作戦に入れさせないように、迅速に行われました。
敵は我々の様子を見て、左翼側、我々からすると右翼側を厚くしておりました。どうやら山越えはやめて、正面から砦の攻略を目指すことにしたようで、いかにも精鋭といった様子の騎馬隊が、我々の軍を睨んでおりました。
いざ戦いが始まりますと、敵は数の少ない右翼を早く潰せば容易く砦を突破できると考えたのでしょう。あちらの騎馬隊が前に出てきましたところ、こちらはベルゼア騎兵が対応に当たりました。当然ながら、あちらのほうが数も多く、捌ききれずに押されてしまいます。中央を守る兵士たちも決して精鋭ではありませんので、戦い慣れたシャーム軍の兵士に徐々に押し込まれていきました。いよいよ敵の攻撃が城壁に届いてしまうのではないかというほどに。
ですが、これこそベルトラン様の狙いどおりでございました。シャーム軍は自らの有利を疑わず、目の前の戦いに集中しておりましたので、ベルゼア騎兵の移動先に気が付くことなく、シャーム騎馬隊は突出して本隊と離れました。彼らはベルゼア騎兵を追いかけて、山へ近づいてくる。十分に近づいてきたところで合図を受けた我々が、敵に向けて岩を転がして落とす。この岩が彼らに直撃し、いくらかの戦士は戦いから脱落しました。いかに優れた兵士であろうと意識の外にあるものには対処しきれぬもの。岩の被害に狼狽える彼らのもとへ、我らロート兵がベルゼア兵と合流し襲い掛かれば、難しいことはございませんでした。
騎馬隊を打ち倒したあと、ベルゼア騎兵は中央を攻めるシャーム軍歩兵の横から攻撃を仕掛け、ロート兵も空から援護に加わりました。正面の兵は押し込まれて横に広がる形になっておりましたが、そこへ我々が加勢したことにより、シャーム軍をほとんど包囲するような形になりました。
とはいえ、これも完全ではなく、北東側には穴が開いておりましたが、それもまた我々にとっては都合のよいことでございました。陣形が崩れたシャーム軍の兵士たちは動揺し、中には逃げ出そうとするものも現れ始めたのです。逃げるということは即ち、戦いを放棄するということ。同盟軍に向けられる剣の数が減る。敵の数の優位は崩れました。そして逃げ道は一つしかありませんので、皆揃って同じ方向へ行き、我々に背を向ける。反撃はより簡単になり、抵抗を受けた敵軍はなおのこと逃げ出そうとする。このようにしてシャーム軍を壊滅させ、今回の戦は同盟軍の勝利で終わりました。
兵士たちの戦いはこれで一区切りでしたが、ベルトラン様の戦いはこの後もまだ続いておりました。
それというのも、退けたシャーム軍は決してシャーム帝国の全兵力ではないというのが懸念であったのです。逃げたシャーム兵たちだけでは部隊を再編することは難しいでしょうが、彼らが本国から援軍を呼び寄せた場合、次は油断せず、全力で潰しにかかってくるでしょう。その時に、今回同様に上手く対処できるとは限らない。あるいは国境を守れたとして、戦が長引くこともあり得る。それは民を疲弊させてしまう。そのような事態は、なるべく避けるべきだというのがベルトラン様のお考えであり、わたくしも常に兵士を万全に保てるわけではないことは重々承知しておりましたので、引き続き同盟の協力を続けながら、停戦に向けて手を尽くすことに決めました。
シャームとの交渉において、下手に出てはあちらもつけあがるだろうと想像できましたので、今回の戦闘について我々にはまだまだ余裕があるように見せねばなりません。そこで、我々はまずシャーム国旗を掲げた集団が襲撃してきたことに対する抗議という形で使者を送り、相手の様子を窺うことにいたしました。もしあちらがそれを認めたうえで戦闘を続行する意思があるのなら、こちらも覚悟を決めねばなりません。あちらに今回の敗戦を正式なものとしたくない事情があるのなら、もしくは同盟軍を高く評価するなら、交渉に応じるでしょう。
返事を待つ間にも、ゴーシェン砦の城壁を増築しました。勿論、しっかりとしたものを作る時間はありませんので、増築分は張りぼてです。それでも、ベルトラン様は「遠目に見て堅牢そうに見えるのであれば十分効果があるだろう」と仰いました。
果たしてその見立ては正しかった。わたくしは、砦が堅牢であるのは防衛に便利だとしか考えていなかったのですが、ベルトラン様はさらに広い視野をお持ちでいらっしゃった。周辺のいくつかの国家から、我々の同盟に参加したいとの申し出があったのです。シャームに脅威を感じていた者たちからすれば、戦闘に勝利しただけでなく、堅牢な砦を維持し、余裕をもって次に備えているベルゼア王国は、さぞ頼りがいがあるように映ったことでしょう。ロートとベルゼアの二国間同盟はベルゼア王国を盟主とし、共同防衛同盟と名を改め、規模を大きくすることとなりました。
これは交渉において、有利に働きました。シャーム帝国はゴーシェン砦の無傷と増築を知り、同盟との戦闘で得られる益は少ないと考えたのでしょう。あるいは、軍を分けず東側へ勢力を伸ばすほうがより上手くいくと考えたのかもしれません。それか、我々にわからぬ、何か事情があったのかも。何にせよ、皇帝エリスロは同盟諸国への侵攻を取りやめたのです。そして互いの国家の安全のためという名目で、帝国は停戦に応じました。交渉の会談はベルゼア王国とシャーム帝国のちょうど間にあるラボアジエ平原にて、各国の代表を集めて行われ、明確に各地の国境を定め、戦闘を恒久的に停止する条件で合意することとなりました。
以上が、八年前のゴーシェン砦防衛戦、並びにラボアジエ講和条約の顛末でございます。そしてこれをもとに、同盟の平和を維持するべく、我々は新たに警備体制を整える必要がありました。




