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幕引き

子供の溺死を防ぐための祭儀の最中に子供が溺死するなんて縁起でもない。地元民は必死でレイヤたちの救助を行い、一番家が近い地元民は万一に備えてレスキューと救急と警察に通報をした。美紀を引っ張り上げながらレイヤの腕が岸に近づくと、地元民の一人の男性がその腕を掴んで川岸に引き擦り上げた。水を大量に飲んでいたレイヤは上がってからも息が苦しかったが、地元民の一人がレイヤのお尻を持ち上げると吐きそうになったので、レイヤははくのをこらえてしまったが、別の地元民に「水を吐かねーと死ぬぞ!」と脅されたので吐いた。

水を吐くと息が楽になったので一息つくと、美紀が「ありがとな」と言ってレイヤを抱き上げたので、レイヤは右手に握っていた、花も葉っぱもほどんど落ちてしまった花束を彼女に差し出した。「馬鹿ねぇ、あなたが死んだら意味ないじゃないこんなの」と美紀は訛りの無い標準語で玲也に言うと「ありがとう」と言って彼を抱きしめた。


美紀の胸の柔らかさを堪能したかと思いきや、すぐに「レイヤ!無事か!」と言うフジショーの声と「まったく、ちょっと目を離すとこれだよ、君は」というシマオの声が聞こえた。彼らは地元民たちが橋の上で騒いでいるのを見て駆けつけていたのだ。というか、シマノ美容室によりもせずに一目散に自転車で出かけていくレイヤを見て、ちょうど玲也の家に行こうとしていたフジショーと、「レイヤくん、一人でお出かけみたいよ?自転車で」と言う母の言に控室から飛び出してきたシマオが合流して宝田橋方面まで歩いていたのだが、そのさなか、川村一行が橋の向こう側からくるのが見えたので、二人して近くの木陰に隠れたりしていて、そのうち、白装束の地元民までもが出てきたので出るに出られない状況だったそうだ。橋の上にいたやじ馬に混ざって欄干の隙間から見下ろすと、レイヤが横たわっていたので降りてきたようだ。


正彦に羽交い絞めにされたままの早希と地元民が、互いのことを「人殺し」と罵り合っている地獄のような光景の中、玲子は父親の後ろに隠れていた。そうこうしているうちにレスキュー隊と救急の車両、そして、その後をつけるように警察車両が来た。警察の車両は3台で、前2台が所轄、後ろ1台が県警だった。川村早希は警察に暴行の容疑で事情聴取を受けることになり、家族3人で県警の車に乗せられて行った。レイヤに外傷はないものの体が冷えたためにくしゃみをするなど低体温症の症状を見せており、田島美紀は右大臀部と右大腿部に打撲痕があったために重症とされストレッチャーに固定されて救急車に乗せられ、レイヤは運転士の隊員にお姫様抱っこで救急車に乗せられた。救急隊員に電話番号を聞かれた時に思い出せなかったレイヤの代わりにシマオがスラスラと麻生家の電話番号を述べたのはご愛敬だ。


整腸剤を処方されたレイヤは処置室でぐっすりと眠っていたが、看護婦(当時はこう呼ぶのが一般的だった)に声を掛けられて目を覚ますと両親と田島主任司書がいた。司書は開口一番「申し訳なかった」と謝った。なんで謝られるのかわからなかったレイヤはきょとんとしたが、両親も同じだった。田島司書は唐突に話し始めた。


宝田村には昔から1人の子供を溺れさせると7人の子供が多嘉良島の供物として取られるという「多嘉良島の血呪たからしまのちじゅ」と呼ばれる戒めがあり、この戒めの言葉を祭りの際に地元民全員で唄うことで吉祥天の怒れる魂を慰めることが8月15日に行われる夏の祭儀だそうだ。この”多嘉良島の血呪”は天保時代に暗殺された吉祥天の呪いとされる話のことで、旧田島村の住民は、毎年7人の子供が多嘉良島に祭られている吉祥天に供物として取られると信じられており、盆の祭りでその歳に生まれた子供の髪の毛や爪が織り込められた藁人形やぬいぐるみ人形などを奉納することで、不審な溺死などで子供たちの魂が供物として吉祥天に持っていかれることをまぬかれることができるとされていたという。上宝田の住民は当初その祭りに参加していなかったが、伊勢湾台風の後からその祭儀に参加するようになったらしい。


だが、最近、下宝田の少年6人が溺死した原因は、彼らが川村和彦を溺死させたことによる祟りなのではないかと村人たちも考えていたらしいのだが、和彦殺しの件は弥助の家の入り婿の警察官がうまくもみ消してくれていたので静観していたらしい。美紀が和彦少年を川に突き落としたと故人になった少年たちは言っていたとされているが、それならば、なぜ、当初、美紀が訴えていた殺人事件についてその少年たちは知らぬ存ぜぬをつきとおしたのか。死体が見つかった時に”知らぬ存ぜぬ”から一転して「美紀が突き落とした」と証言を変えたのはなぜか、など、不審な点が非常に多かったにもかかわらず、単独事故死で片付けられてしまったという。「私も今までは”祟り”とか”呪い”は信じていなかったんだけどね、今回は、吉祥天の祟りだと思いたいよ」続けて「君に事件のことを嗅ぎつけられたと思ってね、焦って怒鳴りつけてしまった。本当に申し訳ない」と言って頭を下げた。


田島主任司書はお見舞いの品として水ようかんのギフトセットを手渡すと、処置室から出て行った。彼が出て行ったのを見送ると、玲也の父はベッドわきの丸椅子(通称スケベイス)を妻に勧めてから、自分は部屋の隅にあった丸椅子を持ってくると妻の隣に置き、そこに座った。母親はレイヤの頭をなでながら「も~、心配させないでよぉ~」と小言を言い、父親は「無事だったんだから良いじゃないか」と言いつつも、「田島さんも言っていたけど、お前、結構厄介なことに首を突っ込んでいたみたいだな」となじった。「そんなことは・・・」と言いかけて、ヤバいことに首を突っ込んだという自覚が出始めた。ただ、死にかけたのは自分の不注意だ。「あ、俺が助かったのはミキさんのおかげなんだ、めちゃくちゃ必死に手をつかんでいてくれたからひきずりこまれなくてすんだんだ」と言うと、母親は驚愕の表情で「引き摺り込まれる!?」と聞き返してくる。玲也の父親は一応電気技師だが、物理学にも詳しかったので「あそこには淵があるみたいだからな、一度沈んだら二度と上がってこれないみたいだ」と言うと母親は大騒ぎし始めたのだった。


レイヤはその日のうちに自宅に帰ることになったが、「ミキお姉さんのところにおみまいいに行きたい」と玲也が言いだしたことから、病院内の売店で買ったお菓子をもって彼女の病室に行くと、彼女はうつぶせで寝ていた。玲也が「お姉ちゃんだいじょうぶ?」と声をかけると「うん、平気、ごめんね、こんな格好で」と彼女は言った。「お姉ちゃんはいのちのおんじんだよ」と言うと、彼女はさみしげな笑みを浮かべながら言った「もうあんなことしないでね、花なんていくらでも買えるけど、君は一人しかいないんだよ」そういう彼女の言に「そうよ!」と、少し強い口調で麻生夫人がミキの言葉に被せて玲也に抗議しながら彼の頭を乱暴に撫でる。また、美紀に怪我の状態を聞くと「全治3週間の打撲で入院することになった」と答えた。その後、別れの挨拶をすると親子は病室を出た。玲也の父親が診療費の支払いを済ませると、彼らは久しぶりに太田市内のレストランで食事をしてから帰宅するのだった。

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