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田島美紀の話

田島美紀”と名乗った少女は、まず、レイヤが話していたノートの”たからしまのちズ”という記述について、そもそも、その記述自体が間違っており、あれは本来、”ちズ”ではなく”千呪”と書いて”ちじゅ”と読むのだそうだ。この地方の方言でなまっているために”ちず”と聞こえるとのことだった。多嘉良島の千の呪い。そういう意味の祭儀用の唄だそうな。「だけど、そのまえに」と彼女は話を変える。「私と和彦くんが知り合ったところから話しても良い?」と確認してくるので、レイヤが「うん」と頷くと彼女は自分語りを始めるのだった。


7年前の春、彼女は生まれて初めて村以外の子たちと知り合うことになった。学校は田島村の頃からあったが、団地の建設計画による人工急増が見込まれたことから、人口増に伴う学校の収容人数を増やすために、校庭の縁の斜面を土留擁壁を使って埋め立てて面積を広げ、旧校舎の手前に新校舎が建てられたのだった。団地の入居が始まった8年前に入居した人たちの子どもたちは教室が足りないということで、一部の子たち以外は大田市内の小学校までバス通学していたが、7年前の新校舎竣工で団地の新入生もこちらに入学することになり、それに合わせて団地の子たちも遠くの大田市内の学校からこちらに転校することになったため、新旧町内の子どもたち全員が宝田町立小学校で一堂に会するようになったのだった。


団地ができる前までは”村”だったので、村以外の子たちと知り合う機会がなかった美紀は新しい出会いに胸を膨らませていた。同級生には都会から引っ越してきた子たちがたくさんいるのだ。どんな話が聞けるのかと想像するだけで胸が高鳴ってくる。ところが、予想とは違い、団地の子たちは地元の子たちの訛りの強い”標準語”をあざ笑うのだった。そんな中でも地元の子たちのことを嘲笑わない子がいた。それが和彦だった。と言っても、彼の母親が地元の人であるため、盆の祭りの支度の際に母親に釣れられて村の会館に来ることがあるので、美紀は和彦とは顔見知りであった。とは言っても、和彦は東京生まれであるために、都会の子らしく訛りのない標準語を流暢に話すので、彼女は彼のことを地元の仲間とはなかなか思えなかったそうだ。ただし、和彦はクラスの女子からも人気の”ハンサムボーイ”で、勉強ができて運動神経も良く、何よりも性格が良いので、彼のことを嫌いな人などいないだろうと彼女は思っていたそうだ。かく言う彼女自身も和彦のことを好きになっていたと言う。


それと、宝田町には村だった頃から公園らしきものがなかったために、住宅とし公団宝田団地ができたときに団地内に設置された遊具付きの公園は地元の子たちにとっても格好の遊び場になっていたのだった。そんなある時、団地に住む上級生の子たちが地元の奴らは出ていけと言って地元の子たちを追い出そうとしたことがあり、その時、地元の子たちを庇い立てをしたのが和彦少年だったと言う。彼は6年生の男の子に対して怯むことなく敢然と立ち向かい、公園の名盤の裏に全てひらがなで書いてある”こうえんのつかいかた”を指し示して「みんなでなかよくつかいましょう」と書いてあるのに、「なぜ仲良くしようとしないのか」と彼らのことを糾弾することで彼らの言い分が間違っていることを示し、地元の子たちに加えて団地内の低学年の子どもたちもが和彦の味方になって「みんなでなかよく!」というシュプレヒコールを上げ始めたので、排他主義の上級生達のほうが退散してしまったそうだ。

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