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兄の形見

玲也(レイヤ)反射的(はんしゃてき)玲子(れいこ)の後を追った。フジショーはあっけに取られていたものの、母親にせっつかれて取り急ぎ出てきた。玲也にとっては玲子までの50〜60mが100m・200mのように感じられた。それでも、追いつかなければなにか良くないことがあるような予感(よかん)衝動(しょうどう)となって、体育の授業でも出したことがない(ほど)本気(ほんき)を出して走った。その後ろを追うフジショーは、「玲也ってこんなに速かったっけ?」と不思議(ふしぎ)に思うくらいだった。玲子は学校には入らず、更にその先の町役場(まちやくば)の方まで走っていくと、町役場の正門の向かいにある用水路(ようすいろ)の橋である田島(たじま)用水路(ようすいろ)(きょう)を渡って、その先の道路をずっと走っていくと、その先にある多嘉良(たから)ばし(はし)の下に入っていった。


彼女が土手上(どてうえ)の橋に向かう道を登りきった後、玲也の視界(しかい)から彼女の後ろ姿が見えなくなったが、怜也が同じ坂道を登りきると、橋の上には誰もいなかった。この橋は最も川幅(かわはば)(せま)いところに建てられているので、最低でも150mはあるはずだ。だから、怜也がたどり着いたときに橋の上に彼女の姿が見えないということは、彼女は橋を渡っていないということになる。その答えに直感的(ちょっかんてき)に気づいた怜也は、橋の(たもと)をよく見回すと、橋の欄干(らんかん)土手道(どてどう)の間にちょっとした(やぶ)があり、その藪が終わっているところには人が登り降りしていると思しき部分が見えた。


もしやと思い、その一部だけ土が見えている場所まで来ると、それは様々な大きさの足跡(あしあと)()(なら)されてできた細い坂道(さかみち)になっていた。微妙(びみょう)段々(だんだん)になって階段の様になっているその道を降りていくと、土手を半分ほど下ったところから橋の下が見えた。それから、怜也が土手の中腹(ちゅうふく)から多嘉良橋の下を少し見下ろすと、橋の下の丁度(ちょうど)中央(ちゅうおう)付近(ふきん)あたりにうずくまっているように見える小さな人影(ひとかげ)が見えたのだった。


怜也がその人影に近づいてみると、その人影、川村(かわむら)玲子(れいこ)が大事そうにあの紙を(むね)(いだ)いて体操(たいそう)(ずわ)り(三角(さんかく)座り》しながら嗚咽(おえつ)していた。怜也は、走ったせいで(みだ)れていた(いき)を軽く深呼吸(しんこきゅう)して整え、そして、機嫌(きげん)が悪いときの母親に父親がしていたことを参考にして「ゴメンね」と言いながらそっと近づく。玲子の左側(ひだりがわ)にそっと座り、彼女の表情を(うかが)う。彼女は怜也の方に振り向きさえせず、ただひたすら嗚咽しながら川面(かわも)(なが)めているのだった。


涙が流れた(あと)がまだ()れている。『涙を(ぬぐ)ってあげなきゃ』と思ったものの、怜也のポケットの中は空だった。ハンカチを持ってくればよかったと後悔(こうかい)したが、今更(いまさら)だ。そんなことを思っていると、彼女はおもむろに自分のズボンのポケットからハンカチを取り出して、自分で自分の涙を拭った。そのあたりでフジショーの声がした「玲也ー!川村ー!どこだー!」。フジショーに(こた)えようとして左を向こうとした玲也の右肩(みぎかた)を玲子が引っ張って制した。玲也は心の中でフジショーに謝りながら彼女の()に従うことにするのだった。


フジショーが去っていく足音が遠くに消えていくと玲子は話し始めた。先週の日曜日、彼女の母親が買い物に行った後、彼女は居間(いま)仏壇(ぶつだん)の引き出しにしまわれていた、母親がいつも大事そうに眺めていたメモを見ることにした。仏壇の引き出しから取り出したそれには、不器用(ぶきよう)な文字で意味不明(いみふめい)な文章が(つづ)られていた。「”たからしまのちズ”ってなんだろう?」、兄のものとされるものは、(ふく)以外(いがい)は玲子の部屋(へや)の押し入れの中のダンボール箱の中にしまわれていたので、そのメモ(がみ)、ノートからちぎり取ったように見えるそれを持って自分の部屋に行き、兄の遺品(いひん)の中からノートを取り出して見比(みくら)べることにした。


汚い字でごちゃごちゃと細かく書かれているものの、その中でも解読(かいどく)困難(こんなん)にしていた兄の(ひど)いクセ字で、”ま”なのか”き”なのか(わか)(がた)い物が結構(けっこう)あったらしい。そんなときに、買い物からか母親が帰ってきたので、(あわ)ててその紙をしまおうとして仏壇の前に行ったものの、突然(とつぜん)、強い風が()いたために手に持っていた紙が飛ばされて階下(かいか)に落ちていってしまったそうだ。そのことで母親に猛烈(もうれつ)(しか)られたという。


彼女の母親の話では、兄が死んだのは7年前のちょうどこの(ころ)のことだという。村では毎年8月15日になると盆の祭りをする。玲也も知っている、あの、白装束(しろしょうぞく)を着て多嘉良島の(しま)神社(じんじゃ)に行く祭事(さいじ)だ。その準備のために、村人は全員祭事の準備をしなければならない。彼女の母親は嫁に出たとはいえ、村の出身であるため手伝いに行かなければならないが、生まれたばかりの赤ん坊と7歳の子供がいて、その上、車もなしに川向うにまで行くのは大変だから、という理由で、多嘉良川のこちら側、下宝田(しもたからだ)の田島本家の方で(ぼん)祭事(さいじ)で出す料理の支度(したく)を手伝っていたらしい。そのときに、兄の和彦(かずひこ)は、村の7人の子どもたちに誘われて遊びに行ったそうだ。


一番歳上(としうえ)なのは本家(ほんけ)の長男と弥吉(やきち)の家の長男で10歳(当時)、その次が幸太助(さった)の家の長男9歳、次が与兵衛(よへえ)の家の8歳、そして本家の次女7歳、最後に与兵衛と幸太助の家の次男たちで6歳。7歳の和彦は本家の次女とは同学年で同じクラスでもあったらしい。この次女が和彦のメモ帳の1ページを玲子の母親に渡してきたらしい。彼女はこの事件について無言(むごん)(つらぬ)いたが、それは、親から他の人間にこのことを話すことを禁じられていたからだそうだ。


彼女の母親はそれ以上のことを教えてくれなかったようだが、彼女としては、幼い頃、母親が泣きながら自分を抱きかかえて本家から逃げ出すように帰ってきた日のことを今でも思い出すそうだ。あの日から母親は変わってしまったと。その時から母親は玲子に、兄の形見(かたみ)となった服を着るように要求(ようきゅう)するようになったのだという。彼女自身は女の子の服を着たかったが、母親の圧力(あつりょく)がもの(すご)く強かったので最初は渋々(しぶしぶ)()ていたのだが、その出で立ちを母親が(いた)く気に入ったらしく、とても喜んでくれるので、今では、自ら進んで着ているのだそうだ。「お母さんが見ているのはあたしじゃない、お兄ちゃんなんだ」そう言うと、彼女はまた涙を流したのだった。

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