昨夜の出来事について話す
一通り話し終えると、「それで、バイクの前に出てきた影は人なの?それとも別のモノ?」と雅子が聞くので、「はっきりとは見えなかったけど、確か、頭の方が黒くて、体の方が白かったような気がする」「大きさは?」「子供くらいだった」「時間は?」「母さんが1時頃にボクが寝たって言ってたから、多分、12時くらいだと思う」と玲也と雅子のやり取りが続いたが、「そういえば、昨夜はサイレンが鳴って騒がしかったなぁ、どこでなっている音なのかわからなかったけど、川の方だったのかぁ」と吉政が思い出したように言い、「確か、12時過ぎくらいだったな」と付け加えた。
「そんな時間に子供が出歩くなんて・・・」と否定したい気持ちを抑えるように雅子が言う。「頭が黒いと言ったら、大体みんな黒いんじゃないの?」とシマオがツッコミを入れる。「髪の毛ならちょっと光るじゃん?でも、光ってなかったんだよ」と玲也が反論すると「確かに、人間の髪は”黒”といっても光沢のある黒だから、明かりに照らされたら光を反射して白く見えることがあるね」と吉政が補足する。すると、雅子とシマオが何かに気づいて顔を見合わせる。雅子が突如立ち上がって居間の壁に掛けてあるベースボールキャップを下ろす。それは、島野夫妻が新婚旅行に行った先の米国ニューヨーク州のマンハッタンで買ってきた土産物のヤンキースのキャップで、「これを被っていれば髪の毛が光らないはずよ」と彼女は言った。
ちなみに、玲也もシマオも、どこに行く時も学校の黄色いキャップだ。つばの裏が緑色のあれである。だが、フジショーは読売ジャイアンツのキャップを愛用している。60~70年代は物凄く読売ジャイアンツが流行っていた。メディアが母体のスポーツチームは知名度が上がりやすいが、60年代には長嶋茂雄や王貞治などの活躍により野球ブームが起こっていたほどだ。玲也もシマオもスポーツ観戦をする趣味は無かったが、フジショーは普通の男の子なので普通に野球が大好きで、毎晩、父親と観戦するほどだが、野球よりもアニメの方が好きな玲也とシマオにとって、野球の延長試合によるアニメの放映中止は憤りしか持てないのだった。
ふと、フジショーがジャイアンツの黒いキャップを愛用しているのを思い出した玲也は少しニヤけてしまったが、すぐに雅子になんで笑っていたのか問い詰められて、フジショーが愛用のジャイアンツの黒いキャップを被って白いTシャツを着た状態でバイクの前に飛び出していくところを想像した旨を話すと、その場の全員が大笑いするのだった。「ただ、フジショーならもっと大きいだろうし、その場からすぐにいなくなったりしないと思うけどね」と付け加えるとシマオもそれに同意した。話をまとめると、深夜0時頃に子供の背丈で黒いキャップを被り、白い服を着た人物がバイクの前に飛び出した後、バイクが土手から落ちるのを見て逃げ出したということになる。
「パトカーはその人影を目撃したのかしら、それとも、バイクが落ちたのを見て助けに行ったのかしら」と自問する雅子に「信号無視したから追いかけてたんじゃないの?」とにべもないことを言うシマオ。「パトカーが通り過ぎてしばらくしてからバイクが反対方向に行ったわけだろ?幾らパトロール中だとは言え、車に乗ったまま後の方まで見ているもんかね?」とシマオの言に異を唱える吉政。吉政の反論に、なぜか雅子の方が得意げな顔をしていた。雅子の言に水みずを差したシマオに夫が仇を取ってくれた感じだ。
「丁度Uターンするところだったりして?だって、前の事件だって土手の道路のところで起きたわけじゃん?パトロールするなら行きも帰りも土手道なんじゃない?バス停のところは広いからUターンできるし。」と言う玲也に「それだ!」と珍しく強い調子で言うシマオ、我が意を得たりと言ったところか。なぜか雅子に頭を撫でられる玲也だったが、彼女のその目には「お嫁においで」という強い念が感じられたのだった。
「問題は、バイクの前に出てきたやつの目的だ」とシマオが話を本題に戻す。バイクが自損事故で土手道から転落するように仕向けるために飛び出してきたのか、たまたまだったのか。こればかりは当事者じゃないとわからないことだが、偶々にしたって、なんで”偶々”子供、もしくは、子供のような背丈の人間があの辺を通っていたのか。しかも、巡邏中の警察官は、パトカーを一旦樋門の前に停めてから辺りを懐中電灯で照らして巡視したのに、何も発見した様子もなくパトカーに戻って行ったのだ。つまり、その人影は警察にも見つからないように隠れていたことになる。そして、もし、目的をもってそんなことをしたのであれば、川村親子の犯行で間違いないだろう、という結論に至った。だが、勿論、これは推測に基づくものであって”事実”かどうかの確証がない以上、”あくまでも仮の話”なので他言無用ということでお開きとなり、丁度お昼頃だったこともあり、玲也は島野家で夫人の手料理を頂いてから帰ることになったのだった。
島野家から帰る途中、玲也は、ラジオ体操に行く途中でやつれた感じの玲子とすれ違っていたということを話し忘れていたことを思い出した。だが、これを話していたら、玲子犯人説が確定してしまうかもしれない。でも、それは何か違うと思って、忘れていてよかったと思ったのだった。




