控室で
美容室奥の控室に帰ってくると、シマオはノートを取り出して、図書館で見た新聞記事の内容を一気に描き出す。それは、まるで、写真でも撮ってきたかのように、文字から文体まですべて新聞で見たものを描画して再現するのだ、これが、天才シマオの天才たる由縁だった。景色として覚え、それをそっくりそのまま描画転写する能力、この当時は知られていなかったサヴァン症候群だ。幼稚園時代からこのシマオの能力に驚かされていた玲也は、自分が絶対に真似できないようなことができる彼のことを尊敬していた。
しばらくして記憶の内容を描き終えたシマオは「全員西側の、下宝田地区の子たちばかりだな」と最初の感想を漏らす。「まるでキショーマルが死んだときみたいだ」と玲也も感想を述べるが「きっしょうてん」とシマオに訂正される。ただ、玲也の指摘通り、田島主任司書の説明で聞いた吉祥天暗殺の顛末と似たような状況だった。天保時代の記録は当事者であり、兄と一緒に吉祥天を川に引き摺って行った子どもたちの中の一人である”捨丸”こと田島盛親が書いているので間違いないだろう。彼は後に太田町奉行所に無縁仏として埋葬されていた吉祥天のものと思われる遺骨を引き取り、田島清右衛門と早紀の墓の隣に埋葬し直しているほどだ。その記述は信憑性が高いだろう。
「田島のおじさんは何を知っていて、何を隠そうとしたんだろう?」と言う玲也に「誰のため?かもね」と付け加えたシマオは、突然、固まった。突然ピクリともしなくなったシマオに玲也は驚いたが、彼の目は玲也を見ていなかった、玲也の肩の向こう側を見たまま固まっていたのだ。それに気づいた玲也が振り返ってみると、そこには、シマオの母親である島野雅子がいた。彼女は、控室の出入り口に寄り掛かりながらこちらを見ていた。
その顔は笑っていたが、その目は笑っていなかった。「玲也くん❤、その話、おばさんも混ぜてもらえないかしら?」とかなり圧の籠った” お・ね・が・い ”に、どうしようか相談しようとシマオの方を振り返ったが、当のシマオは蛇に睨まれたカエルよろしく微動だにしない。再び雅子の方を振り返る玲也。「ねえ?、いいでしょ?」更に圧が強くなる、玲也の母親もたまにこうなる、こうなったらもう反抗の余地は無い。「あ、はい」玲也にはこれが精一杯だった。向かい側から小さく舌打ちが聞こえたような気がした。




