外出禁止
午前8時過ぎに麻生家の電話が鳴った。TVの前で微睡んでいた玲也の母玲子ががフラフラと起き出して電話に出た。しばらく受け答えをすると彼女は受話器を置き、電話台の引き出しから学校の連絡簿を取り出し、次の連絡先に電話をした。電話を終えると彼女は台所で洗い物をしている玲也の元に行き、「学校からの連絡網で、”今日からしばらくは外出禁止”だって」というと、また居間に戻ってTVに向けて設置されたソファーに深々と腰を下ろすと、また微睡み始めた。
玲也が食後の後片付けをするようになったのは幼稚園の年長組のころからだ。年長組進級時に買い与えられた踏み台と一緒に台所の洗い物のやり方を教えられたので、今では台所の洗い物をそれほど苦も無く熟していた。なぜそうなったかというと、彼の母親の玲子は幼少期から疲れやすい体質だったので、息子の学校が休みの日などは食事が終わると彼に後片付けを頼むようになったからだ。そんな玲也も、近頃は背丈が伸びたせいか幼稚園生だった頃よりも作業し易いと感じるようになっていたのだった。とはいえ、母から聞いたニュースの方は嬉しくないものだった。
しかしながら、玲也も子供ながらに『警察の調査の邪魔にならないようにするためだろう』と推察して納得していた。だが、実は人死にがあり、事件か事故かが判別できていなかったため、事件だった場合、子供たちの身の安全が危ういだろうという安全上の配慮から、数日間、子供だけでの外出を制限するというものだった。玲也の母親はその辺のところを幼い息子に細かく話す必要は無いだろうと思っていたことと、単に、自分が眠かったのでその辺のところを端折って玲也に伝えたのだった。
天気の良い夏休みの平日に外出禁止なぞ殆どの子供たちにとっては拷問のようなものだ。退屈ほどつらいものはない。宿題でもすれば良いではないかと言われるかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。宿題とか勉強とかは退屈なので飽きっぽい子供にとっては苦痛なのだ。飽きっぽい子供のまま体だけが大人になったような人間にとってもそれは同様である。(作者談)
母親から外出禁止令を聞いた時点で玲也洗い物を終わらせていたので、濡れた手を拭いてから踏み台を片付ける。その足で母親の元に行くと彼女はすでに寝ていた。口元にちょっと涎が出ているところはご愛敬である。時刻は午前8時半過ぎ、TVではもうすぐ朝の連ドラが始まる、連ドラが始まるころに起こさないと母が不機嫌になるので、玲也は母親を起こすことにした。
ちょうどキンキンに冷えた両手があるので、それを彼女の頬にくっつけると「いゃーーー!」と叫びながら彼女は起きた。「ちょっとぉ」と文句を言いながら不機嫌そうなそぶりを見せたが、そのタイミングでTVではアナウンサーが「ニュースを終わります」と告げる声につられて彼女はTVの方へ振り返った。「起こしてくれるのはイイんだけどさぁ~、ああいうのはやめてよねぇ~」と言いつつ、彼女の眼はTVに釘付けだ。玲也的には何が面白いかわからないが、なんとなく母の隣に座って一緒にTVを見ていたのだった。
玲也はいつのまにか寝てしまっていたが、妙に重たいので起きた。母親の玲子が自分に寄り掛かる、と言うよりは、圧し掛かるように眠ってしまっているので、玲也は母を起こさないように慎重に抜け出した。母親の両足をソファーの座面に引き上げてから、昨夜、母が仕込んでおいてくれた麦茶が冷えているはずだろうと冷蔵庫に向かう。麦茶の入った水差しを取り出すと食器棚からコップを出してきて食卓に置き、それに麦茶を注ぐ、用が済んだ麦茶の容器を忘れずに冷蔵庫に仕舞う。仕舞い忘れると母にものすごく怒られるのだ。そのコップを持って彼は自室に向かうのだった。
平日の夏休みのこの時間帯、玲也はいつもなら外に飛び出して行くのだが、『外出禁止』と言われたので仕方なく昨夜の続きで宿題でもするかと机に向かうが、そこには目も当てられないような惨状が広がっていた。開かれたページがくしゃくしゃになった教科書、涎の染みだらけのノート。机とセットの椅子に座ると何か臭かった。ノートの染みの方から匂ってくるようだった。そう、涎が乾いたときの匂いだ。玲也はしかめっ面をしながら「うぇっ・・・」と唸る。昨夜の自分を殴ってやりたいくらいだが、今更仕方がない。我慢して作業を始めるのだった。




