25m
休憩時間が終わり水泳の授業の時間になった。小学校低学年では飛び込みスタートはしない、必ずプールの中に入ってから水槽の壁を蹴るスタートだ。背が低い順に並んでのスタートなので、シマオは一番最初に泳ぐことになるのだが、シマオがプールに入った瞬間に教諭たちの間に緊張が走る。『今年は溺れませんように』と。
教諭たちと去年のシマオのことを思い出した生徒たちは緊張の面持ちで見守る。そのせいで、シマオと同じ順番で泳ぐ他の子たちは誰からも注目されることなく泳ぐことになった。今年のシマオは無事に25mを泳ぎきった。25m水泳が終わるとタイムが良かった子たちが復路に挑戦することができ、往復50m水泳を行う。シマオは一番注目されたものの、その順番での順位は最下位だったので、もちろん、復路の25mクロールをやらされなかった。
玲也の順番は偶然にも玲子と同じだったが、並びは[玲也|女子|男子|玲子]なので彼女のコースとはかなり離れていた。去年は玲也のほうが彼女よりも先に泳いでいたので、今年は自分の背丈がかなり伸びていることに気づかされる。それよりも25m泳ぎ切ることのほうが肝心だ、心臓がバクバクとなって震えてくる。そんなとき、一番向こう側の玲子が、少し声高に「緊張すると溺れるよ!」と声を発した。普段無口な彼女が突然大きな声を出したので、その場にいた教諭たちを含む全員が驚いて息を呑んだ。
玲子の言葉にハッとした玲也は深呼吸をして自分を落ち着かせる。そうだった、去年はいつもは冷静なシマオでさえも足が攣ったことで焦って冷静さを失ってしまい、このプールで溺れてしまったのだ。玲也が空を見上げて一呼吸を置くと、それを見透かしたかのように担当教諭がホイッスルを鳴らす。その号令と同時に4人の少年少女は一斉にキックスタートを切るが、やはり、玲子が2番手よりも上半身分前に出ていた。
自分の泳ぎだけに集中して泳いでいると、周りの水音も、プールの水の揺れも、全てがゆっくりと揺蕩っているように感じられる。玲也がもう少しで25mを泳ぎ切るであろう頃、玲子はターンを終えて、さらに25mの復路を進みだしていた。
今年の目標が25mの子どもたちは往路だけで終了だ。玲也もやりきったような達成感のようなものを感じながらプールサイドから上がった。振り向くと、もう少しで玲子が50mを泳ぎ切るところだった。玲也は、なんだか却って自分の方が彼女に借りが出来たような気分になったのだった。




