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後編

 彼女とのデートから帰り、僕はベッドに寝転んでスマホの動画を見た。

 今日、誤ってさとみの見ている前で少しだけ流してしまった、あの動画だ。


 暗い町を赤く染めて、大怪獣がのし歩いている。

 地響きのような音と、静かな炎の音とが録音されている。

 誰かがスマホで録画してYouTubeにアップしたもので、画質は悪く、大怪獣の姿は遠かった。

 不正を働く政治家の豪華な邸宅を破壊した上に踏み潰し、口から白い煙を吐くと、大怪獣は忽然と画面から消えた。

 フェレットのなっくんがピンク色のお腹を上に向けて、僕と並んで寝転び、きょとんとした顔でスマホの画面を見つめていた。


 僕はスマホをスリープ状態にすると天井を見つめ、呟いた。

「本当に噂が間違いなら……彼女が大怪獣じゃないなら……いいのにな」

 動画の中のその顔は遠くぼやけていて、はっきりとわからない。

 大怪獣の顔を頭の中で想像で描いてみる。切れ長の目がついているのが浮かび、僕はいやいやをしてそのイメージを吹き飛ばす。


 大怪獣はいつも突然現れ、忽然と姿を消す。

 まるで誰か人間が大怪獣に変身し、事が済んだら人間に戻っているように。

 それがさとみだという証拠は、ない。誰かが「見た」と言っているだけだ。


 さとみと付き合い始めた頃、僕はそんな噂があることは知っていた。でも信じてなかった。そんな馬鹿げたことが現実にあるわけがないだろ、と思っていた。少なくとも、初めの頃は。

 彼女が欲しかった。それだけだった。さとみの見た目は綺麗で、可愛かった。モデルみたいで完璧に僕の理想だった。

 そしてさとみはいつも1人でいて、寂しそうに見えた。


 チョロいと思えた。




 場所はよく覚えている。学校の外で、誰もいない公園のベンチに座って、彼女が本を読んでいるのを見かけた。

 僕は心の中で「3、2、1」とカウントダウンを始めると、ありったけの勇気を振り絞って公園に足を踏み入れ、「あの」と声をかけた。

「猫ノ宮さん……だよね? 同じ大学の」

「はい」と彼女は不思議そうな顔をこっちに向け、頷いた。

 美味しそうな唇に、僕の喉がごくりと鳴った。

「あの……。前からいいなと思ってたんだけど……。その……。僕と、付き合ってくれませんか? まずは友達から……」

 断られるわけがない。そう確信していた。寂しい彼女は友達を欲しているに違いない。ましてや彼氏なんて喉から手が出るほど欲しい筈だ。僕はモテ男という程ではないが、容姿にもファッションにも人並みの自信はある。これ程の美人が、超特売持ってけ価格でこんなところに売られている。いただきます。僕は誰も考えつかないことを実行できる自分は天才だなと思い込みそうになった。


 しかし僕は二つ返事で断られた。


「間に合ってます」と、彼女は言ったのだった。

「ええ!?」と僕は思わず声を上げてしまった。

 彼女はそんな僕を不審者でも見るように睨みつけた。

「……失礼します」

 僕は悪いことをした人のように退散した。


 しかしそのことが僕の心に火をつけた。

 正直に言おう。僕は彼女に恋してはいなかった。

 ただ、攻略しがいのあるゲームを見つけたように、歯応えだけを感じていた。


 学食で彼女の向かいに座った。会話はろくにしてくれなかったが、顔は覚えてもらった。

 講義の時、最前列に座る彼女の隣に着いた。真面目に講義を聞くところを見せて好感度アップを狙いながら、たまに講義内容に関する話題や、講師のハゲ頭に関するジョークを彼女に振って接近を試みた。

 顔も名前も覚えてもらえたらしいことを知ると、「美味しい店があるらしいんだけど一緒に行ってみない?」と何度か誘った。彼女は完全に僕を無視していた。今から思えばファミチキとタピオカイチゴミルクさえあればいい彼女だから、たとえ親しい人間から誘われていても興味も持たなかっただろう。


 僕がアタックをかけるたびに、彼女の鉄の壁はどんどん高くなった。

 友達は皆、僕に忠告をくれた。

「お前、物好きだな」

「わかってるか? あれ、サトミラスだぞ?」

「あんなのに関わってると友達なくすぞ」

「顔がいいのは確かだけど、あれはやめとけ」

 僕は彼らの忠告に耳を貸さなかった。



 その時は唐突にやって来た。


 ある日曜日、僕はフェレットのなっくんを連れて大きな公園を散歩していた。

 なっくんを連れていると、いつも知らない人が話しかけて来てくれる。フェレットを飼っている人間はまだまだ珍しいらしいので、「この動物何?」「フェレットかー、初めて見た」などと色んな人が寄って来てくれるのだ。

 ママさんにも、子供にも、おじさんやご老人からもなっくんは大人気だ。僕もなっくんも構ってもらえるのが嬉しいし、幸いなっくんは飼い主以外の人間は絶対に噛まないので、どうぞどうぞと触れ合いまくってもらっている。

 ママさんや子供達に僕となっくんが囲まれていると、凛々しい鈴を鳴らすような声が僕に「触ってもいい?」と聞いて来た。

「どうぞどうz」と顔を上げると猫ノ宮さとみだった。

 目をキラキラさせている子供達に混じって、彼女の瞳が群を抜いて一番に輝いていた。


 初めて彼女の笑顔を見た。

 天使のような、なんてありきたりな比喩はとても敵わなかった。地球上にこんなに美しい生物がいたのだと僕はその時初めて知った。


「フェレットバイト、あげてみる?」

「何、それ?」

「こいつが大好きなおやつだよ」

 僕はそう言うとチューブを取り出した。お肉で出来たチョコレートのようなフェレット用のおやつだ。それを彼女の細い指先につけてあげる。

 彼女が指先を差し出すと、なっくんはフレンドリーな顔でペロペロとそれを舐めた。

「可愛い!」

 さとみは息が止まったように「たまらん」と口を動かした。

「気持ちいい?」

 指をフェレットにペロペロ舐められている彼女にそう聞いてしまってから、僕は後悔した。聞き方が我ながらなんだかエロかった。

 しかし彼女はうっとりするように笑いながら、即答したのだった。

「きもちいー……」


 清潔だった。

 彼女は汚れを知らず、清潔だった。

 僕は自分が汚いものになってしまったように感じ、しかしそれが自己嫌悪させられるような不快なものでないのを不思議に感じた。

 変な(たと)えだが、キリストに救いを見て(ひざまず)く乞食のように幸せな気持ちだった。


「フェレットって、こう見えて結構獰猛な動物なんだよね?」

 さとみはなっくんをもみくちゃにして可愛がりながら、言った。

「アメリカじゃ人間の赤ちゃんを食べちゃったり、色々問題起こしてるって聞いた」


 それはまぁ、たぶんだけど、日本にはほとんど入って来ない種類のフェレットの話だ。日本に入って来るフェレットのほとんどは『スーパーフェレット』と呼ばれるもので、去勢や避妊の手術も臭い袋の除去も既にされていて、大人しくなっている。

 しかもなっくんは母親と一緒にいる期間をなるべく長くとって、人間とも出荷前から存分に触れ合わせてフレンドリーな子に仕上げることで有名な『マーシャルファーム』というところで育っている。

 それでも迎えた頃は、なっくんはよく噛みついて来た。加減がまだよくわからないらしく、血が出るほど噛まれたこともある。僕は根気よく愛を注ぎ、噛まれても感情を抑えて躾を続けた。噛まれたら首根っこを持ってぶら下げて「こら」「ダメだろ」と優しく叱る。それをめげずに続けているうちに、なっくんは飼い主にだけはじゃれて甘噛みするが、飼い主以外は絶対に噛まない子になった。


 前半は端折って最後の段落の僕がなっくんを苦労してしつけた話だけをすると、さとみは初めて僕の目を見た。そして輝きのかたまりみたいな瞳をキラキラさせて、言った。

「私、原田くんのこと、誤解してたかも……。純粋な、ひたむきな人だったんだね」

 しめた、とか思わなかった。

 ただひたすらに胸がドキムネ……ハートが……何て言うんだろう。

 自分の顔が真っ赤になっているという感覚を、その時初めて経験した。

 まぁ、ありきたりな言い方で言えば……

 恋しちゃったんだ。


 それから僕らは友達になり、何度か一緒に遊んだ後、僕は改めて彼女に告白をした。

 返事は一発OKだった。



 僕が猫ノ宮さとみと付き合いはじめたことを知ると、友達は皆、冷笑した。忠告して来る奴はいなくなった。

 初めのうちは冷笑で済んでいたが、そのうち距離を置かれるようになった。

「おい原田。大怪獣の変身シーン、ちゃんと動画に撮れよ?」

 それまでの遊びの誘いや昨日見た映画の話なんかはなくなって、たまに話しかけて来るとそんな調子になった。


 別にどうでもよかった。

 そんな奴らのことが嫌いになり、さとみのことが大好きになり始めていた。



 ある日、あるパチンコ屋の前を通りかかった時のこと。

 僕は友達の話を横から聞いて知った情報をさとみに話した。

「このパチンコ屋、自殺者を何人も出してるって噂らしいよ」

 するとさとみは切れ長の凛々しい目をこちらに向けて、言った。

「ただの噂でしょ?」

「うん。でも実際、パチンコ中毒者の自殺って、あるらしいよ。この店、最初にわざといっぱい出してパチンコにハマらせて、後はハマって抜け出せなくなった中毒者が破滅するまで絞り取るんだって」

「それは非道い話だね。本当だとすれば、ね」

 さとみはそう言ったが、怒りの表情はそこにはなかった。

「でも、そんなのハマる奴が悪いんだよな。心が弱いんだよ」

 僕がそう言うと、少しだけ彼女の眉間に鋭い皺が寄った。

「人間は弱いものだもん。それがもし本当なら、罠にかける奴のほうが悪いよ」

「まあ、ね」

「調べてみる必要がありそうね」

「え?」

「その話が本当なら……」

 さとみが口から白い煙のようなものを吐くのを僕は見た。


 その時はそれでその話題は終わった。

 しかしその日の深夜2時頃、そのパチンコ屋は、大怪獣によって粉々になるまで破壊されたのだった。


 幸い中に人はいなかった。

 しかしそのニュースを知った僕は慄然とするしかなかった。



 その時からだ、僕がさとみは本当に大怪獣なのではないかと思い始めたのは。

 その後に政治家の豪華な邸宅が破壊された時も、直前にそのおじさんが非道い不正を働いているらしい噂を僕はさとみに話していた。


 火のないところに煙は立たない。

 僕は彼女が恐ろしくなった。

 でも別れられなかった。

 逆上した彼女に殺されるのが恐ろしかったからではない。

 愛してしまっていたのだ。



 そして遂に、彼女の正体を知ってしまうその時はやって来た。



 最近、僕らはYouTubeで見つけたRCサクセションの『けむり』という古い曲をカバーしたインディーズ・バンドを愛聴している。

『火のないところにも煙は立つもんで、腹が立つけど慣れちゃうもんだ。何より火だったら消せるけど、煙だけじゃ消せないさ』みたいな歌詞で、それは僕の気持ちを少し楽にさせてくれていた。

 さとみもそのバンドが気に入ったと言い、いつかライブに行ってみたいねと話し合っていた。


 日曜日、僕が待ち合わせ場所に行くと、彼女は既に待っていた。

 この前は大幅に遅刻したので30分前に着いたのだが、先を越されていたのだ。

 全身白コーデのロングスカートに黒いサスペンダーとリボンをつけて、麦わら帽子を頭に乗っけている。美人系で背の高いさとみだが、こういう格好をすると実に可愛い。


「うーん、可愛い」

 僕はいつものように暫く遠くからそのお姫様のような立ち姿を鑑賞すると、駆け出し、名前を呼び、手を振った。




 朝からたくさん遊んだ帰り、僕らはとあるライブハウスの前を通りかかり、看板にその名前があるのを見つけた。


「あっ! あのバンドだ」

「ええ~? 今日、ライブがあったの?」


 さとみは過去形で言ったが、正しくはこれからライブがあるのだった、勿論あの、RCサクセションの『けむり』をカバーしているバンドのだ。

 開場は夕方6時で、約2時間前だった。


「見たい?」

「見たい!」

「当日券、あるかな」


 店内に入って聞くと、あるとのことだった。


「見て行こうよ」

 僕が言うと、さとみは一瞬嬉しそうに跳ね、しかしすぐに暗い顔になった。


「でも……」

「どうしたの?」

「夜になっちゃう……」


 彼女の言い方がなんだか色っぽくて、僕はドキッとしてしまった。

 夜になったら僕が狼に変身するとでも思っているのだろうか。ならないよ、保証は出来ないけど。


 そう言えば夜にさとみと遊んだことはなかった。ガードが固いのだろうか? すぐ抱きついて来るくせに。


「大丈夫だよ。僕がアパートまで送るから」

 僕はムラムラする胸を抑え、爽やかに言った。

 彼女が親元を離れ、独り暮らしをしているのは聞き出し済みだ。


「でも……」

「このバンドのライブ、見たいって言ってたじゃん。これ逃したら次の機会がいつになるかわかんないよ」

「うん……」

 さとみは深刻な顔をして考え込んでいたが、僕の爽やかな誘いに安心したのか、顔を上げて頷いた。

「そうね。大丈夫よね。……楽しんじゃおっか!」



 ライブは小さなハコながら、ぎっしり満員の大盛り上がりだった。さとみは普段の陰キャからは信じられないぐらいノリノリになって、手を振り上げ髪を振り乱し、ライブを楽しんだ。バンドメンバーへの質問コーナーには自分から積極的に手を挙げて、「好きな言葉はなんですか?」と質問した。4人のメンバーそれぞれから「愛」「誠実」「他人を信じること」「平和」という言葉を貰い、満足そうに笑っていた。


 ライブ終わりにメンバーから直接、彼らのリリースしているカセットテープをそれぞれ一本ずつ買った。2人とも再生機器を持っていなかったけど、4人のサインを貰っただけで満足だった。


 僕は「頑張ってください。応援してます」と言って、彼らと握手した。

 さとみは恥ずかしいのか、口の中で何かモゴモゴ言いながら握手をして貰っていた。

 バンドの人達も客も、誰も彼女がサトミラスだとは気づいていないようだった。


 いつの間にか22時になっていた。


 すっかりムーディーになった夜の町を並んで歩きながら、僕は言った。

「お、お腹空いたね」


「うん……」

 彼女は不安そうな顔で頷いた。


「た、たまにはコンビニじゃないところで食べよっか。……その……」ホテルとか、と言おうとして僕は「お洒落な店で」と言った。


 はっとして、僕はきょろきょろと周囲を伺った。

 サトミラ警備隊のおじさんが今もどこかに隠れて僕らを見ているに違いないと思ったからだ。

 裏通りに人影はなく、僕らは二人だけだった。


「あたし……やっぱり帰らなきゃ……。帰る」

 さとみが突然そんなことを言い出した。


「なんで? ご飯食べようよ、一緒に。用事でもあるの?」

 僕は笑顔の仮面を被り、必死に引き留めた。


「あたし……。夜になると……」

 さとみは言った。

「変身しちゃうから……」


 な、な、何に変身するんですかー!?

 僕は笑顔を被りながら、心の中でオッサンのようにはしゃいだ。

 いいですよー!? へ、へ、変身しちゃってくださーい!? あ、あだしゅぺら! はにおりぴゅ!

 僕はまるで佐藤二朗のように心の中で意味のわからない声を上げ始める。


「ご」

 さとみが言った。


「ご?」

 僕は聞いた。


「ごめんねっ!!」

 そう言うなり、さとみは駆け出した。


「あ! 待てよ!」

 僕は彼女の後を追った。


 さとみが角を曲がって姿を消す。

 僕もその角を曲がろうとした、その時だった。


 突然、僕の目の前から大怪獣が現れた。


 それは角の向こうから、初めは人間の大きさで出現し、みるみる巨大化すると月を覆い隠した。

 僕はそいつを見上げると、情けない悲鳴を上げた。

 映画のVFXで観たことがあるような、典型的な大怪獣の姿が生で目の前にあり、聳え立っていた。そんなものがいるのに辺りは嘘のように静かで、遠くで野良猫が喧嘩している声がはっきりと聞こえた。


 僕はわけがわからずパニックになった。

「けけけけ警備隊の人ー!?」

 どこかに隠れて見ている筈のサトミラ警備隊のおじさんに、腰を抜かしながら助けを求めた。

 しかしおじさんは出て来なかった。こんな時に限ってサボっているらしい。


 怪獣は明らかに僕を狙っていた。切れ長の目で僕をまっすぐ睨み下ろし、ゆっくりと口を開く。

 空気をつんざく稲妻のような声を上げると、右足が振り上げられた。

 僕は蛇に睨まれた蛙のように動けない。体が、動かない。

 しかし頭は高速で回転した。なぜ、僕が大怪獣に狙われるのか、その理由を超スピードで推察した。そんなことしても何にもならないのに。

 もしかして、僕のエロい心の声がさとみに聞こえていたのか? そう思った。潔癖な彼女は、僕の不潔さに寛容のリミッターが外れ、汝、姦淫することなかれ、と、鉄槌を下したにかかったのか?


 やっぱり、彼女は大怪獣だったのだ。


 大怪獣サトミラスの足が、僕の上に降って来た。


 何も音は聞こえなくなった。


 僕は銀色の温もりに包まれていた。

 痛みも感じない。恐怖ももう感じない。

 天国かな?

 さとみはやっぱり僕のことを愛してくれていて、痛くないように天国送りにしてくれたのかな?

 そう思った時、声が聞こえた。


「「ジュワッ!」」


 エコーのよく効いた、夜を明るく照らすような声だった。


 仰ぐとそこに白く光るLEDランプのような目をした銀色の戦士がいて、その巨大な顔があった。僕はその銀色の温かい手に包まれ、守られていたのだった。

 彼は僕をそっと地上に下ろすと、凛々しいファイティング・ポーズを大怪獣に向かってとり、気合いの入った声を響かせた。


「「ダアッ!」」


 すぐに僕は気づいた。『彼‚ではない。銀色の戦士は『彼女』だった。お尻がセクシーだ。2つの胸の膨らみがある。

 その立ち姿はウルトラのプリンセスといった風格を漂わせている。


「ギャアアアンッ!」


 大怪獣は大声を張り上げた。声圧で近くの家の瓦がすべて吹っ飛んだ。

 騒ぎを聞いて野次馬が集まって来た。家の窓からもみんな覗いている中、大怪獣は忽然と姿を消した。


「なんだなんだ!」

 野次馬達は大怪獣が消えるとさらに近づいて来て、声を上げた。

「あれを見ろ!」

「ウルトラだ!」

「ウルトラの戦士だ!」


 銀色のウルトラプリンセスは大怪獣を逃してしまい、悔しそうに立ち尽くしていたが、注目を浴びていることに気づくと、たちまちオロオロとし始め、挙動不審になった。


 飛んで逃げようとする彼女に、僕は大声で言った。

「待ってくれ!」


 振り向いた彼女に向かい、僕は手を伸ばした。彼女は僕の手を取ると、温かい掌の中に匿い、顔を上に向けた。


「「シャアッ!」」


 彼女は掛け声とともに空を飛んだ。



 空を飛びながら、温かい銀色の掌の中で、僕は彼女に語りかけた。

「さとみ」


 さとみは一瞬、しらばっくれようとしたように見えたが、すぐに認めた。

「「ケント……。ごめんなさい。あたし、あなたを騙していた」」


「びっくりしたけど」

 僕は素直な気持ちを口にした。

「心の準備は出来ていた。でも、大怪獣のほうじゃなくてよかった……。君は、何者なの?」


「「あたしはS-13星雲から地球を守りにやって来たサトミラマンなの」」

 彼女のLEDみたいに光る目から、涙の滴が流れて飛んだような気がした。

「「宇宙人なの……。嫌いになった?」」


「ならないよ」

 僕は不思議と落ち着いていた。

「むしろ誇りに思う」


 僕らはその後、地上に降りると抱き合った。




 さとみの話によると、あの大怪獣は『悪い噂』が大好物らしい。悪い噂のあるところ、あいつが現れてすべてを破壊し、噂を美味しく食べて去って行くらしい。

 そして夜にしか現れないそうだ。悪い噂をされている自分が夜に出歩いていたら、きっと大怪獣が狙って来る。そう思ってさとみは僕から逃げたのだ。


 さて、僕の彼女は大怪獣ではなかった。

 宇宙人だったのだ。

 しかも銀色に光輝く正義の戦士だ。

 こんなことは誰にも言うわけがないが、たとえ言っても面白がってはもらえないだろう。

 いつだって面白がられ、すぐに広まるのは、当人の人生を台無しにしてしまうような悪い噂なのだ。

 根も葉もあろうとも、なかろうとも。



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