16話 君に遺す未来
「……未来を遺す……ね……」
リトスコスモの聖地マナンティアールにそびえ立つ結晶樹。その下に佇む人物は首から提げたダイアモンドの指輪を手に呟いた。 透き通った白銀の髪に、黄色と赤みがかったオッドアイ。ゴスロリのような豪華な衣装を身に纏っている。頭には王冠。その王冠こそ、彼が最も力のある鉱石精霊であることの証だった。
「……ほぼ永遠を生きる俺たちにはわからない概念だね……」
石に思念が宿った鉱石精霊たちに寿命はない。少なくともここ、リトスコスモに存在し、また結晶樹が枯れない限りは。
「まあ、俺はキミが気に入ったからね。リート。清らかな碧風を纏う魂の色は美しかったよ。だから、キミの願いは叶えよう」
そういうとその人物はダイアモンドの指輪に小さく口づける。
「そしてキミの石素が俺と同じである限り、力を与えて、護ってあげる。この世界でもう会えないのは残念だけど」
そういうとその人物は長い睫毛を悲しそうに伏せた。
「ディアマンテ……さま」
「フローリス、か。どうした?」
「サフィールから連絡。シュリ様達が……リトスコスモに入った」
「オーケー。ありがとう、フローリス。サフィールは持ち場を離れられないだろうから案内役はシトリに頼むと伝えるんだ」
フローリスと呼ばれた人物は小さく頷くと、そのまま姿を消した。
「さて、リート。彼女達がキミの託した未来を受け取るにふさわしいか、俺が見極めてあげるよ……」
**
一方その頃。
「けほっ……けほっ……」
ソウルエームの中心にそびえ立つ光精霊の女王ミトラの居城神座ヴァラスキャルヴ。その中庭で心地良い風に吹かれながら、リートは二回空咳をした。
「ま、何とか保つかな」
「リート、貴方もしかして……」
「マリア」
水色の長い髪を持つ美しい女性が中庭に現れた。そのまま歩いてくると、リートの向かいの席に腰掛ける。
「貴方、自分の石素を抜いたんでしょう。風のマナが凄く不安定になっているわ」
マリアは四人の扉守の中では最もマナに敏感だ。彼女は呆れたように言った。
「マリアは鋭いな。ま、これは俺にしかできないことだから。『アダマス』(ダイアモンド)を持つ者にしかね」
リートはそう言って手をひらひらと振り、紅茶を一口すすった。
「貴方もイージスも無茶ばかりするのね。多分出会う前からずっと」
マリアの指摘があまりに図星だったのか、リートはカップを置いて微苦笑する。
「はは。間違っちゃいない」
「ねえ、リート。貴方は何故そこまであのふたりに執着するの?ずっと見守って来たからだけじゃないんでしょう?」
「……似てたからだよ。俺と、イージスが人だった頃とな」
「……」
「けど、あいつらは幸せになっていい。互いに生きて再会したんだ。俺たちみたいにはなってほしくない」
マリアは数日前に聞いたばかりのイージスの話を思い出す。
<……きっと、リートは自分と兄の姿をあのふたりに重ねてるんだよ。俺とリートはね、人間だったころは兄弟だったから>
<俺は金髪に赤と緑のオッドアイの兄でリートは銀髪緑目の弟だった。リートの見た目は今とほとんど変わらないけどね。 俺たちはささやかに平和に暮らしてたんだけど、村が襲撃されてね。何でも人外種族を差し出さないと焼き討ちにするとかめちゃくちゃな内容で……リートには全力で反対されたけど俺は村の人達に良くしてもらってたから……生け贄になったんだ。俺がまだぎりぎり意識があるタイミングで リートのマナは暴走した。凄まじい風が巻き起こってたことしかわからないけど……そしてそのままリートは……で、今に至る>
(本当に、イージスの言った通りなのね)
リートはリヒトとフィンスを自分たちに重ねている。そしてふたりの幸せを心から願っている。
まもなくこの世界から消えてなくなることがわかっているリートが、まだこれからこの世界で生きていくふたりのために何かをすることは 間違っていないし、素晴らしいことなのかもしれない。
だけど、それはある意味ではとても身勝手な願い。そして行為。私たちが転生の魂となり、廻り続けていく限り、その行為の代償は恐らく呪いとして彼らの体に受け継がれていく。
「ま、身勝手な俺の願いだけどな。わかってるよ、それぐらいはな。けど、『人間』としての心がある限り諦められなかったんだよ。生まれ変わりには悪いけど」
「ふふ。やっぱり私たちは『人間』ね。こんな存在になってもどこまでもお人好し。そして勝手だわ」
マリアはそう言って微苦笑する。
「そうだな。マリアだって俺の立場だったらそうしてるんだろ?」
彼の問いに、マリアはとびきりの笑顔で答える。
「ええ、間違いなく」
その笑顔を見たリートは思わず、
「今気付いたけど、マリアって笑うとかわいいんだな」
「な、何言ってるの。こんな時に」
彼女は顔を真っ赤にして手足をばたばたと動かしている。
「いいだろ、別に。どうせ俺らもうすぐ消えるんだし。それまで明るく過ごしたって」
「そ、そうですけど!それと貴方が私をからかうことは関係ないと思います!」
リートはそんなマリアの様子を見て、心底楽しそうだというように笑う。
「からかってる気持ちは微塵もないんだけど」
「もう!貴方はとっととイージスと『護りの証』でも刻んで来たらいいのよ!兄弟なんだからまた会えるように!」
「え」
この言葉にリートは一瞬固まった。
「おい今、兄弟って……だ、誰から聞いたんだよそれ?」
「誰って、イージス本人よ?」
「……嘘だろ!?あいつ気付いてたのか?俺たちがかつて兄弟だったこと……」
──だったらずっと、記憶のない振りをしてたのか?
リートは自分と兄が「扉守」としてかりそめの生を与えられた時に決めていたことがあった。
それはかつて兄だったイージスとは初対面の振りをすること。自分が生け贄になったことで弟まで犠牲にしたという事実を、「扉守」になってまで引きずらせたくはない。「転生の魂」となるなら、なおさらそんな記憶を持ったまま生まれ変わらせたくはない。 だから、心を鬼にして決めたことだ。本当はもう一度兄に会えたことは嬉しくてたまらなかったし、甘えたかったけれど。
それなのに。
「……さすが兄さん。弟の考えなんてお見通しだったのか……」
リートはがっくりと肩を落とす。その肩にそっと、温かい手が触れた。
「うん、初めから全部知ってた。記憶が残ってたからね。けどさ、俺のことで「扉守」になってまでリートが苦しむのは嫌だったから、初対面設定のがいいかなって」
振り向くと少しだけ寂しげな笑みを浮かべて、イージスが立っていた。
「……ごめん。イージス……兄さん。俺のせいで」
「ほら、こうなるだろ?これが嫌だったんだよ。リート、顔をあげて」
「気にしなくてもいいんだよ?だって俺が選んだことなんだから。リートもあの時の選択、後悔してはいないんでしょ?」
「うん……」
リートはそう言うと小さく頷く。
「だったらその選択に胸を張っていればいい。わかるのは仕方ないよ。だって俺は君の兄なんだもの。ずーっと一緒にいたしね」
イージスはそう言うとリートをそっと抱きしめる。
「そしてこれからもきっとずっと一緒だよ。リートの生まれ変わりが無茶しそうになったら俺が止める。そして、君の選択で生まれ変わった君が苦しむなら支えてあげるから」
「本当に……?」
イージスは頷く。
「うん。不安なら時間のあるうちに『護りの証』、刻んでいいよ。そしたら絶対にまた会えるって言われてるし」
「じゃあ、善は急げってことで。マリア、じゃあな」
そういうとリートはさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように満面の笑顔を浮かべ、イージスをどこかへ引っ張っていった。
「護りの証がなくても私たちは引き寄せられるような気がするけれど……」
独り残されたマリアはすっかり冷めたフレーバーティーを飲み干した。
**
一方その頃。精霊界ソウルエームとは厳密には違う魔力で作り出された異空間。そこに存在する鉱石精霊達の隠れ里リトスコスモ。その中でも全ての結晶を生む存在である結晶樹がそびえ立つマナンティアールの名で呼ばれる聖地にシュリ達は足を踏み入れていた。
リトスコスモの規模は隠れ里というにはかなり巨大なもので、ほとんど異世界と言って問題ないだろう。北西の炎火峰を頂くカトロサ火山島、西の遺跡とオアシス都市ジャッロがある久遠流砂、港町ブラウや彷徨いの珊瑚礁、原生林等のある南から南西にかけてのユイレ海諸島部、北にある氷に閉ざされた銀月山脈、東大陸にはエルブ高原、クヴェレ湖の水上都市フルスヴァルト、恵みの森がある。そしてこのマナンティアールがある中央大陸は聖域ローカと呼ばれ、城塞都市グナーデがあるのだと案内役のシトリという少年はシュリ達に語った。
シトリは黄水晶──シトリンの鉱石精霊であり、オレンジ色の髪と金色の瞳を持つ明るく人懐っこい性格。シュリ達を門で迎えた青玉──サファイアの鉱石精霊であり、門を護る騎士であるサフィールとは正反対だ。シトリは道中、グナーデの市場で美味しいものを買っては(主に菓子類)シュリ達に手渡してくれた。マトリは大喜びでそれを食べ、クルクも表情に出さないように気をつけてはいたが、嬉しそうな雰囲気は隠しきれてはいなかった。
グナーデの街を南に抜けると、聖地マナンティアールへの門に着く。白亜の大理石で作られた石造りの門は人の背丈の何倍もの高さであり、繊細な彫刻がどの門にも彫られている。門の最も高い部分には透明な石が埋め込まれ、その周囲は金で縁取られていた。
「ね、見てみてロキ君、凄いねーあの鉱石。綺麗」
イーサの呟きに、
「あ、あれはダイアモンドです。俺たちの言葉だと『アダマス』って言うんですよ」
シトリが丁寧に説明する。
「アダマスってダイアモンドのことなのね。どういう意味なの?」
「アダマスは征服されざるものって意味みたいですね。全ての鉱石の中で一番固く、自身の刃以外では傷付かないとされています」
クルクはシトリの説明を丁寧にメモした後で、こう尋ねた。
「シトリさん。ダイアモンドのマナ属性は何になるの?」
「ああ、えっと透明で色がなく形のないもの。自由で決して何者にも縛られない『征服されざるもの』ー風ですね」
「風……なるほど、わかったわ。ありがとう」
クルクはそう言うと少しの間考え込んでしまった。
その間にも一行は歩み続ける。いくつもの門を抜けると、突き当たりに部屋があった。その部屋の中心に置かれた玉座にはひとりの人物が座っていた。
透き通った白銀の髪に、黄色と赤みがかったオッドアイ。ゴスロリのような豪華な衣装を身に纏っている。頭には王冠。その王冠こそ、彼が最も力のある鉱石精霊であることの証だった。男か女かは見た目ではわからない。そもそもシトリが言うには上位の鉱石精霊は厳密には性別はないのだそうだ。(外見はほぼ男性らしいが)
「ご苦労だったね、シトリ。下がっていいよ」
その人物はそう言うと笑みを浮かべて玉座から降りた。
「そして初めまして、シュリ様。俺はディアマンテ。このリトスコスモを統べる長。全ての鉱石の王だ」
「鉱石の……王」
ディアマンテは頷くと首から提げていたダイアモンドの指輪を外し、シュリ達に見せた。
「これをリートから預かっている。何でもこれはある者の『未来』だそうだ」
「そうらしいね。それはリートからフィンスに渡せと言われている。渡してもらえないか?」
マトリの言葉にディアマンテは頷く。
「構わない。だが条件がある。この指輪は特別なものだ。俺も本当にキミ達に渡すべきか見極めたくてね」
彼はそう言うとどこからともなくダイアモンドが埋め込まれたレイピアを喚び出した。
「勝負といこうか。俺に勝てばこの指輪を渡してやるよ」
「わかりやすくていいじゃねえか。いくぜ!ディアマンテ!」
こうしてそれぞれが武器を構え、未来を勝ち取る戦いは始まった。




