15話 差し出された手、檻の扉は開かれて
リューが想いを告げ、魔石銃を託して世界から消滅したちょうどそのとき。
遠いどこかでスカアハは湯浴みを行っていた。体より大きな浴槽に浸かりながら、彼女はふと口にする。
「眠っても忘れられぬものじゃな……本当に愛しい者の名前は……」
今でもはっきりと覚えている。優しい声も、笑顔も。重ねた肌の感触さえも。
「……リュー」
彼女はその記憶を抱きしめるように、自身の体を抱きしめる。
「……ロキ……元気でやっておるのかの……」
風の便りでバルドルに育てられ、今は白氷牢塔に囚われていると聞いたが。
「……ふふ。やはり子どものことは忘れられぬか。ロキにしてみればわらわが母親などいい迷惑じゃろうがな」
スカアハはそう言って自嘲めいた笑みを浮かべた。
「これから全世界に宣戦布告を行うというのじゃから。あと少しで準備は整う」
「勝手な願いじゃが……あの子には自らの信じた道を進んで欲しいものじゃ。たとえわらわと道を違えるとしても構わぬ…… わらわは多分、間違えている。だからこそ、わらわの願いもリューと同じ……」
スカアハは目を閉じると、優しげな微笑みを浮かべてこう言った。
「ロキ、わらわもずっとお前のことを愛しておる。だから、どうか……幸せにな」
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「ロキ君、大丈夫?」
イーサの言葉に、ロキは小さく頷く。
「ああ。もう大丈夫だ。泣いたら落ち着いたよ」
「あ、ロキさん、イーサさん」「もう落ち着いたか?」
アルヒェとシュネルがふたりを呼びに来た。
「ああ、大丈夫だ。すまないな。心配をかけて」
「うん。もう大丈夫。ボクも気持ちの整理はついたから」
「そっか。じゃあ来いよ。美味しい料理が作ってあるから。特にアルヒェのキッシュは絶品だぜ」
「え?ええ?」
さらっとだが絶品と言われてアルヒェは顔を赤くする。
「うん、わかった。ね、ロキ君も行こう?」
「だから、わかったから引っ張るな!」
しかし当のシュネルは気付いていないようで、さっさとロキとイーサを連れていってしまう。
「もう、シュネルさんは鈍感なんですから……」
アルヒェは少しだけ頬を膨らませると、後について階段を降りた。
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「わー本当に美味しいね。ボク気に入っちゃった」
アルヒェのキッシュを食べたイーサは満面の笑みを浮かべている。どうしても食べられるものが限られる軟禁生活だから、物珍しいだけかも知れないが。
「本当に美味い。イーサは味音痴だけど、僕でも美味いって思ったからこれは確実に美味いな」
ロキも黙々とキッシュを口に運んでいる。どうやら口にあったらしい。
「さて、せわしないが食べたらすぐに出発だ。シュリ、リートから手紙を預かってる」
バルドルはそう言うと懐から手紙を取り出してシュリに渡した。
アダマスの正体がわかった。ダイアモンドだ。
アダマスは征服されざるものという意味だとニミュエ、という魔女が伝えに来た。
鉱石であることは間違いないから、俺はずっともっとも固い鉱石かなと思ってたんだけど
ディアンの実験の結果、石素の干渉を受けない特徴が明らかになったのでこれはもう確定だ。
そこでだ、精霊界でも鉱石精霊たちの暮らす隠れ里 リトスコスモへ向かって欲しい。
ディアマンテ様に会ってダイアモンドの指輪を手に入れて欲しい。
そして手に入れた指輪をフィンスに渡して欲しい。
ニミュエはリトスコスモの入り口で落ち合うらしい。
リトスコスモへの案内はマリアの使い魔であるラルムに任せる───
「リトスコスモに行けば……フィンスを助けられるんだね」
バルドルが頷く。
「じゃあ、決まってる。行くよ。リトスコスモに」
「じゃ、出て来ていいぞ。ラルム。」
「はいです。久しぶりなのです。シュリさま。」
ラルムは小さな氷鳥のヒナのような姿をしている。ただ、普通の氷鳥と違って首には宝石がかけられており、しっぽの部分はぷにぷにした雫型だ。ラルムはバルドルのフードからぴょこん、と顔を出し、床に飛び降りると、何故かイーサの肩に飛び乗った。
「わ?」
「ラルム、このひとの氷のマナ、すごく落ち着くのです」
ラルムはそういうと嬉しそうに羽をぱたぱたとさせる。
「へえ。こんなに懐かれたら連れてかないわけにはいかないな」
ロキはその様子を見てからかうような口調で言った。
「え、で、でもボクは」
「……察してたよ。ずっと一緒にいたんだからな。お前、ひとりだけ残るつもりだったんだろ」
「……」
イーサは答えずに俯いた。
「だ、だってボクはみんなと違って、いわゆるツクリモノみたいなものだし……一緒に行っても迷惑かなって」
「……イーサ、正直に答えろ。色々考えずに素直に言えよ。僕はここから出たい。だからシュリ達と共に行く。イーサ、お前は一緒に行きたいか?」
「行きたいよ!ボクだって……広い世界を見てみたいし、何よりもまた独りになるのは嫌だよ!」
「じゃあ、決まりだね」
シュリはふたりにそっと手を差し出す。
「ミトラ様と同じだ。シュリ様のマナ、温かい。それにね、ミトラ様には感謝してるんだよ。だから、ボクはシュリの力になる」
イーサはそう言うとシュリの手をとった。
「シュリ、お前が僕を必要としてくれるなら。そしてなにより、バルドル様の真意がわかったからこそ、僕は共に行こう」
「よろしくね、ふたりとも。」
「あんたたちふたりにひとつだけ言っとくわ。あんたたちを微妙な目で見て来る奴がいるかもしれない。 ……けどね、気にする必要はないわよ。あたし達はあんた達が巨人の末裔だろうと闇精霊の息子だろうと気にしないから」
「つまりクルクが言いたいのは、仲間だから色々気にするなってことだよ。これからよろしくね、ふたりとも」
「あ、ああ。そんな風に言われたの初めてだ……」
ロキはその言葉が照れくさいらしく、少し顔を背ける。
「ボクもボクも。仲間ってあったかいんだねー」
「じゃ、敬語は抜きでいこうぜ」
「えっと、おふたりの好きな食べ物を教えてください。今度作りますから」
こうして、ロキとイーサを仲間にしたシュリ一行はその日のうちに鉱石船に乗り、リトスコスモへと旅立った。
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その頃、精霊界のどこか。
「く、ううっ……!」
「……これで終わりです。もう大丈夫ですよ」
「……そう……ですか……」
実験室のような場所のベッドの上で、青年は目を閉じる。その体には何かの機械が取り付けられたままだ。
「……クロワ!……大丈夫なの?クロワ……」
「これはリアン様。問題なく作業は済みました。では、ごゆっくり」
リアンは作業を行っていたであろう人物が退室するのを見るとベッドに駆け寄った。そして眠っているクロワの手を両手で包み込むように握る。
「……クロワ……」
「……リア……ン」
手の温もりに気付いたのか、クロワはうっすらと瞳を開けた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
リアンはその様子を見て、ぽろぽろと涙をこぼす。
そっとその頬に指が触れ、涙を拭った。
「……泣か……ないで……大丈夫……だから……」
「だけど……」
体に取り付けられた機械。得体の知れない実験。疲れきったような様子の彼。
大丈夫だと言われても、原因を作ったのは自分なのだ。
その事実を突きつけられて、そして彼の優しさにリアンは涙をおさえることができなかった。
「……っ」
クロワは上半身を起こして、そんな彼女の唇を自らの唇でそっと塞ぐ。これ以上彼女が自分を責める言葉を口に出来ないように。
やがて唇を離した彼は、リアンに力強く告げた。
「僕のことは心配しないで。そして必ず君を守ってみせるから」




