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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第二部 精霊界編
27/51

12話 かりそめの、穏やかな

 柔らかな朝の日射しが射し込むヴァラスキャルヴの医務室兼研究室。


 穏やかに寝息を立てるふたりの青年の姿を、4つの影が見下ろしていた。ダークブラウンの髪と瞳の青年イージス。銀色の髪に黄緑の瞳を持つリート。水色の髪と瞳を持つマリア。そして真紅の髪と瞳を持つフェリット。4人とも精霊界と人間界を繋ぐ4つの門を護る「扉守」だ。


「これでこのふたりはひと安心かな」


 少し抑えめの声で、だけどとても嬉しそうにイージスは言う。


「そうだな。本当に良かったよ。リヒトとフィンスがこうして生きていてくれて」


「あら、まるで実の弟や子どもかみたいな言い方するのね」


 リートの言葉をからかうようにフェリットは続ける。


「だから俺はそういう年じゃないって。……お前らだってそうだろうが」


「そうね。私たちの時間はもう動くことはない……」


 リートの言葉にマリアは寂しげに睫毛を伏せた。


 マリアの様子に、


「あ、悪い」


リートは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「ううん。本当のことだし、私たちはみんなそうだから」


 マリアはそう言うと寂しげに微笑んだ。


「……人でも精霊でもあり、それ故に人でも精霊でもない狭間の者。それが俺たちだもんな……」


 イージスはそう呟いて、しばらく口を閉ざした。


 「扉守」は、もっと正確に言えばイージス、リート、マリア、フェリットの4人は極めて特別な存在だ。彼らはみな人としての生を終えた後に精霊の女王ミトラに選ばれ、ほんの少しの力を与えられ半人半精霊となった。人として生きたことのある彼らは、人間のことをよく知っているという理由で狭間の門を護る役割を与えられたのだ。


 精霊となったことで元々持っていた石素が強化された彼らは、それぞれの属性に合う門へと配置された。そしてその門を訪れた人間と話したり、助けたりしていわゆるおまけの時間を過ごしてきたのだ。彼らの外見は人としての生を終えた時点で止まっているが、ほぼ永遠の時を生きる精霊とは異なり、実年齢との開きはせいぜい数年だ。


「……まあ、だからこそ救えるものもあるんだけどね。……例の計画が決定したよ」


 イージスの言葉に全員が静かに頷く。


「あくまで最悪の場合、だけどね……けど、俺はなんとなくだけど、多分避けられないと思う」


「……だろうな。ジェンティアの心喰らいや怪現象が最近増えてる。ある村では黒妖精のハーフの娘と月のこどもが黒い影と共に消えたとかな。どうやら闇の女王サマは人間と手を組み、ふたつの世界を巻き込んで精霊戦争でも起こすつもりだぜ」


「精霊戦争……誰にも傷ついて欲しくないんだけどそれは無理でしょうね……ミトラ様も計画を決定したということは人間と手を組んでの全面戦争だもの」


「……どのみちあたしたちには関係ない話になっちゃうけどね。だってその時はもう」


 フェリットの言葉をリートが制した。


「場所変えようぜ。リヒトもフィンスも泣き虫でいい子だから……ギリギリまで知らない方がきっといいんだよ」


 リートの言葉にイージスが頷く。


「そうかもしれないね。じゃあ中庭に行こう」


 イージスを先頭に4人は部屋を後にする。最後にリートだけは足を止め、部屋に戻ると寝息を立てているリヒトとフィンスの頭をそっと撫でた。


「……リヒト、フィンス。その辺はお前らに任せるような形になりそうで、ごめんな。祈るだけってのもあれだし、その時お前らには未来を残していくから……今度こそふたりで生きろよ。俺とイージス……兄さんみたいにはなるんじゃねえぞ……」


 彼は優しくそう言い残すと、踵を返した。


**


「ふー。風が本当気持ちいいよな、ここ」


 暖かな日射しと爽やかな風が吹き抜ける中庭でイージスはテーブルについて紅茶を飲んでいた。 テーブルの上には彼のお手製のお菓子が置かれている。


「リートは……まだなのね。……何であそこまであのふたりに執着するのかしら。ずっと見て来たから、だけじゃない気がして」


 フェリットはそう言うとクッキーをかじり、コーヒーを飲み干した。


「……きっと、リートは自分と兄の姿をあのふたりに重ねてるんだよ。俺とリートはね、人間だったころは兄弟だったから」


「え?えええ?だってまったく似てないじゃない!?」


 フェリットは心底驚いたようにイージスを見つめる。


「うーん、俺もリートも親の記憶がないからその辺の真相は闇の中なんだけど。とりあえず兄弟として育ったってことだけは確か」


「ふむふむ」


「俺は金髪に赤と緑のオッドアイの兄でリートは銀髪緑目の弟だった。リートの見た目は今とほとんど変わらないけどね。


 俺たちはささやかに平和に暮らしてたんだけど、村が襲撃されてね。何でも人外種族を差し出さないと焼き討ちにするとかめちゃくちゃな内容で…… リートには全力で反対されたけど俺は村の人達に良くしてもらってたから……生け贄になったんだ。俺がまだぎりぎり意識があるタイミングでリートのマナは暴走した。凄まじい風が巻き起こってたことしかわからないけど……そしてそのままリートは……で、今に至る」


「って淡々と話してるけど結構な内容よね?」


「あはは、そうだね」


 イージスは何事もなかったかのようにクッキーに手を伸ばす。


「……大物だわ、あんた」


「……まああたしも似たようなもんよ。多分マリアもだと思うけど。人外種族がどーこーいう奴らの襲撃の巻き添えっていうか」


「うん……だって村人を見殺しにはできなかったもの……フェリットは私のせいで」


 マリアはそう言うと涙ぐむ。


「あーもー!あれはあたしがヘマしたっていうか、マリアを護りたかったんだからそれでいいのよ。親友なんだし、後悔なんかしてないんだから」


「……でも……」


「でもじゃないってば。……はーあたし達ってつくづくお人好しなのかしらね」


「ま、間違いないだろうな。悪い。遅くなった」


「あ、リート。今コーヒー入れるから。それと甘さ控えめのお菓子」


「ありがとな、もらうよ」


 リートはそう言うとテーブルにつく。


「風が本当気持ちいいよな、ここは」


「あら、イージスと同じ事言うのね」


 フェリットはそう言って笑う。


「でも本当にここは素敵です。そして世界が素敵なのも……私たちは知っているから」


「だからこそ、無くさせるわけにはいかないのよね」


 フェリットの言葉に全員が頷く。


「満場一致だな。でも、とりあえずその時までは笑っていようか。そして、シュリ様達には内緒ってことで」


**


 その日の夜。しんと静まった部屋の中で、出会った時と同じ蒼月の光の下でリヒト、フィンスとシュリ達は再会した。 部屋に明かりが灯されていないのは、ディアンとグロアの提案、らしい。


(出会った時と同じ状況で再会ってよくないか?今日は満月だし Byディアン)


「……リヒト?……フィンス……?」


「シュリ……?」


 ためらいがちに問いかける声に、リヒトもまたためらいがちに言葉を返した。


「……夢じゃなさそうだよ、兄さん」


 フィンスがそう言って、少し寂しげに微笑む。


「じゃあ」


 リヒトの言葉はそこで、温かな感触に遮られた。同時にふわっと花の香りがする。


「良かった……よかった……よぉっ……」


「……シュリ……」


 シュリは仲間達の目も気にせずにリヒトの細い体を抱きしめて子どものように泣きじゃくる。リヒトは彼女の気持ちを察して、そのまま何も言わずに温もりに身を委ねていた。


「……ごめんね。……ありがとう、ただいま」


 やがて、彼の蒼い瞳からも涙が一筋流れ出した。


**


「……本当に変わり者だね、君は」


「……よく言われます。」


 リヒトが再会パーティーで中庭に移動した後、アルヒェはキッシュを持ってフィンスの元を訪ねた。


 月は高さを増し、その光の蒼さは冷たいほどで。音をなくした世界は、凍てついた世界のようだった。


「あの、これ食べますか?できたてですよ」


「え……これってトマーテ入り?」


 フィンスは差し出されたキッシュをじっと見ている。どうやらリヒトと同じで彼もトマーテが好きなようだった。


「どうぞ、食べて下さい。ちゃんとフォークも持って来てありますから。そして、精霊ランプも」


「……いただきます」


 フィンスはそう言うと小さく切って、キッシュを口に運ぶ。


 どこか懐かしい味がした。


「美味しい。なんて言うのかな……懐かしい……味」


「良かったです。……作ったかいがありました」


 アルヒェはそう言って微笑む。


「わざわざ作ったの?……そりゃ、頼んだのは僕だけど。でもまさか今日中にとは……」


「これは、あたしからのお礼なんです。そして、あなたが帰ってきてくれたことへのお祝いです」


「お礼に……お祝い……か。何年ぶりに聞いた言葉だろうね。君に言われると悪い気がしないのは不思議だけど」


 フィンスはそう言って微苦笑する。


「あ、今フィンスさん笑いましたね」


 すかさずそう言って、アルヒェも笑う。


「……笑う……なんてどれぐらいぶりかな。ねえ、アルヒェ僕は笑えるようになるのかな?壊れたのも……いつか直るものなのかな……」


 アルヒェは問いには答えずに、そっと彼を抱きしめた。 ずっと自分を責め続けて、意地を張り、壊れたふりをして戦い続けてきた彼を。


「フィンスさんはもう……笑えてましたよ。大丈夫です。ゆっくりでいいんですから……」


 精霊ランプの橙の光は淡い希望のように、凍てついた世界を照らしていた。


**


「ゆっくり……か」


 寝息をたてる兄の傍らでフィンスは体を起こして、月を見ていた。蒼月の光は彼にとってはもう戻れない温かい記憶の象徴だった。優しい母と父、優しい兄。執事のようなもうひとりの兄。血は繋がっていないけれどそこには確かに家族がいた。


「……っ!」


 不意に襲った刺すような痛みに、彼の回想は途切れた。今までも何度か体験したことはある。その度に痛みが酷くなっていることで彼自身はもう気付いていた。


「アルヒェ、君の云う通りにゆっくり時間があれば本当によかったんだけどね……」


「もう僕にはあまり、時間はないんだよ」



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