25話 最強の神使兵
新宿での戦いから三日後、「タケミカヅチ」の保有する施設にて。
ステラは手錠をかけられたまま、ポラリスに先導され独居房を抜けた。
この「タケミカヅチ」に問題行動を起こすような人物はステラと屠龍程度しかいない。
ステラに比べれば屠龍など大人しいもので、つまりはほぼステラ専用の牢獄だった。
彼女にかかれば簡単に抜けられる牢ではあったが、手錠に仕込まれたGPS発信機を追跡されれば完全な逃走は難しい。
普段ステラが衣服や装備を置いて転移してしまわないのと同じで、手錠だけ外して逃げ出すことはできないのだ。
そしてまだ、ステラにはこの「タケミカヅチ」を抜ける理由はなかった。
そのままポラリスに連れられ「タケミカヅチ」作戦室に入るステラ。
「来たか」
灰色の軍服に所々金色のラインがあしらわれた「タケミカヅチ」部隊長の制服を着こんだ男。
その男が横に向けていた椅子をくるりと回転させ、入室した二人に向き直る。
ポラリスの仕える男であり、最強の「神使兵」……月光だった。
彼の横には紫電の姿。紫電は既に作戦室に待機しており、直前まで月光からステラの動向を聴取されていたのだ。
「我々『神使兵』を三人待たせるだけの価値がお前にあると思っているのか?」
部屋の隅には寡黙な「神使兵」飛燕が座り込んで刃物の手入れをしている。
傍らには副官であるノヴァ。
月光、紫電、飛燕と「神使兵」の中でも特に戦闘力の高い者がこの部屋に集められている。
ステラは唇を噛んで、沈黙を貫く。
「だんまりか。あえて言うが、お前に価値は無い。用があるのは“柊の血”と実戦でのデータだ」
月光は机の上で組んだ、手袋をした指を解いて紙束を突き出した。
ポラリスが前へ出て文書を受け取り、ステラに手渡す。
「お前が『東京軍』をひっかき回したおかげで上は大騒ぎだ。だからこそ我々『タケミカヅチ』は独自に動き、柊陽向を奪取する」
「『ご同行願う』んじゃありませんでしたか?」
「言葉遊びに興味はない。……ステラ、俺に感謝するんだな。お前の失態を『なかったこと』にしてやる」
ポラリスの発言をばっさり切り捨て、ステラの無罪放免を言い渡す月光。
紫電はステラが、柊陽向の実験チップをあえて「ルナ」という少女に預け、取り戻せなかったことを報告していた。
「すまないステラ。上官からの命令だ。君の行動は全て月光に報告させてもらった」
ステラは紫電を無視した。
彼女は元からこの真面目一辺倒の男が好きではなかった。
「お前にも出てもらうぞ、ステラ。新宿での一件からもう三日経つが、屠龍の調整がまだだ。あいつ以上に働いて見せろ」
ステラの背後から声がする。
彼女はこの月光という男に対しては憎悪すら抱いていた。
月光はいつの間にか、ステラの戦場で磨いた勘を嘲笑うかのように背後に立っている。
月光は「タケミカヅチ」メンバーに圧力をかける際、必ずこの手を使う。
そして戦士として研ぎ澄まされた者ほど、この脅しは効く。
ただ、後ろから声をかけるだけ。
他の「神使兵」にすら一切の気配を感じさせないその動きは、月光からの「いつでも殺せる」というメッセージ。
最強の「神使兵」の座が「神使兵の最高傑作」と呼ばれる紫電にないのは、そういった月光との異次元の実力差からだ。
「……柊陽向がアンタ程度の偽アドバンスに従うと思ってるの?」
「クローンですらない、偽柊陽向がよく言う。遺伝子調整の結果生まれた、柊陽向の実妹……『柊星来』」
「気安くその名前で呼ぶな……!」
一泊置いて激昂したステラが能力を発現させようとした瞬間。
強い殺気と共にステラの頬が浅く斬られていた。
ステラが斬られたことを感じたのは、垂れた血が顎を濡らしてからだ。
「次は首を狙う」
座った状態から飛び上がって刀を抜いた飛燕が告げた。
飛燕が空気を裂く冷たい斬撃を飛ばしたのだ。
「今度言ったら、殺すから……!」
「できるならそうしてみろ。上層部もお前を偽物ではなく、第二の柊陽向として力を認めるだろうよ」
そういって月光と副官ポラリスは退室していった。
刀を納めた飛燕は武器の点検に戻るが、作戦室で続けることを咎めた副官ノヴァに連れられ、部屋を出た。
最後に残ったのは紫電とステラ。
「俺のことを嫌いになったか?」
「元から嫌いよ」
「そうか」
いつもと変わらない調子の紫電に話かけられ、毒気を失うステラ。
彼女は作戦室の椅子にかけ、計画書を読み始める。
「取り残された『タケミカヅチ』隊員……?」
「そうだ。本来であれば救出に向かいたいとこだが、彼らを現地調査員として活用する……それが月光の考えだ」
新宿から撤退する際に脱出が叶わず、まだ生命信号を送っている隊員が複数いるらしい。
「『タケミカヅチ』の隊員なんて、洗脳のせいでまともに諜報活動なんてできるとは思えないけど」
「一人有力な候補がいる。八坂一等陸曹。彼は優秀さから洗脳処置を受けていない小隊長だ。臨機応変な対応が期待できる」
「で、紫電? その調査員を使う以上のことが書いてありませんけど?」
計画書には「八坂をサポートしつつ、情報提供を求める」といった簡単な概要しか書いてなかった。
「最後の行にも書いてあるだろう『後はどうにでもなると』」
計画書には似つかない文字と共に、作戦内容は締めくくられていた。
「アイツのこういう自信過剰なところ、大っ嫌い!」
作戦室にステラの声が反響する。
ステラの作った火種を、月光は本格的に開戦の狼煙にしてしまうようだった。
それが「どうにかなるのか」は、まだ彼しか知らない。




