終幕 ようこそ高原温泉へ
神社での『挨拶』――もとい儀式が思いの外長かったため、当初予定していたハーブ園やカフェなどの観光施設には結局行けずじまい。
湖周辺の観光はほとんどできなかった。
余裕をもって三時間のレンタル時間を設けていた筈なのに、土産物店まで戻ってこられたのは返却時間の二分前。
立ちこぎノンストップで湖の残り半周を一気に駆け抜けたが、ラスト一㎞を目前にして観音様の術効果が切れたらしく、最後はトヨに背中を押されながら何とか押し歩いて戻って来た感じだ。
そのトヨも観音様、龍神と立て続けに格上と会って気疲れしているようで、道中珍しく口数が少なかった。
姿も大人から普段の子供姿に戻っている。
曰く「あの姿の維持は、まだ無理」だそうだ。
「だ、大丈夫だすか、平賀先生?」
返却時間直前になっても戻ってこない俺たちを心配してくれていたようで、出迎えてくれたキウリさんは汗だくの俺の身を案じつつ自転車を預かってくれた。
観音様の力で脚力が補助されていたにも拘らずコレとは、やはり俺自身の体力が無さすぎるのかもしれん。
「旦那サマ……、お座りになりますか?」
「いや、今座ったらもう立てん気がする」
「吾輩もで御座います……」
トヨと二人、あえて建物の壁面で休む。
今日はもうあまり動きたくない。
早いところ、予約している宿に向かってのんびりしたい。
あと流石に腹が減った。
ちょくちょく何か食べていたトヨと違って、俺はほとんど水分しか口にしていない。
「今日お泊りの宿は何処なんだすか?」
戻って来たキウリさんは私服姿で、こう見るとちゃんとした若者だ。
どうやら彼女も、ちょうど退勤時間らしい。
俺は村井君から届いた予約情報を取り出し、今更ホテルまでの地図や宿泊プランを確認する。
天然温泉を利用できて、ツインルームの食事付きか。
たまたまとはいえ、気が利いている。
「ここから少し行った【タザワ高原】にある温泉付きのホテルみたいですね。ココのバス停から三〇分後に直通バスが出るみたいで」
「ッ! あの……、もしかしてですけど、『玄武』のマークが目印のホテルだったりします?」
「えぇ、よくご存じですね? 有名な宿なんですか?」
「有名……、ていうより……」
キウリさんは少し気まずそうに頬を掻き「実家だす。おいの」と切り出した。
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田舎暮らしに運転免許は必須アイテム。
学生であるキウリさんですら自前の車を持っており、彼女の運転する車でホテルに連れて行って貰える事となった。
乗せてもらっているのに申し訳ないとは思うが、疲れの所為でウトウトしてしまう。
「――先生、奥さん、そろそろ着ぐすよ」
キウリさんの声で目を開けると、景色が山道から一変。
斜面に沿ってらせん上にグルグルと大きくカーブした坂道が終わり、台地の上に到着している。
一瞬目をつむったつもりが、腕時計を確認すると二〇分くらい経過していた。
アキタで温泉地と言えば【ニュウトウ温泉郷】が最も有名だが、その手前側に位置する【タザワ湖高原温泉郷】も負けず劣らず人気スポットだ。
周囲には俺の宿泊するホテル以外にも大小さまざまな温泉宿が点在し、宿泊客専用の共同駐車場はほぼ満車。
駐車スペースを求める乗用車が右往左往していた。
そんな車たちをしり目にキウリさんは、デフォルメされた亀の神獣『玄武』を曲線で表現したロゴが掲げられたホテルの『従業員専用』と書かれた看板のぶら下がるゲートをくぐった。
空いていた白枠内に車を止めてエンジンを切ったキウリさんは、すばやく運転席から降りて、俺の座る助手席側のドアを開けてくれた。
「到着だす! ようごそ、我が【長寿の湯処 ゲンブ・ホテル】へ!」
ドアマンならぬドアウーマンとなったキウリさん案内の元、フロントへ到着。
キウリさんの姿を見たフロントのボーイは「お帰りなさい、お嬢」と笑顔で挨拶する。
中々インパクトのある言い回しだ。
当の本人は「『お嬢』は止めでってば!」と顔を赤くしながら恥ずかしそうにしていた。
なるほど、これほど大きなホテルのご息女とあっては、『お嬢』と呼ばれたり、この歳で自分用の車を持っていても可笑しくない。
「ご予約頂いた平賀様ですね? ようこそいらっしゃいました。こちらの宿泊者記録にご記入をお願いします」
ハガキほどの大きさの紙を差し出され、日付や電話番号、住所などを順番に記入していく。
「ご宿泊は二泊で宜しかったですか?」
「大丈夫です。それで、先ほど電話で話した通りなんですけど……」
「はい、一名様追加という事で承っております。もともとご予約いただいたお部屋がツインルームなので問題ございません。お連れ様分の料金を頂ければ結構です」
「ありがとうございます。おいくらですか?」
ボーイはトヨを一瞥し「お子様ですので……」と手元の、使い込まれたそろばんを弾いた。
キウリさんの筆ペンと良い、どうやらこのホテルの関係者は古風な道具を好んで使うようだ。
「二泊夕食付き、入湯税込みで三二七〇〇円になります」
「にゃっ!『お子様』とは無礼な! この姿はかりそめであって、吾輩、れっきとした女神にして旦那サマの、ムグッ⁉」
トヨが余計な事を言う前にその唇を摘み、笑って誤魔化しながら財布からクレジットカードを取り出す。
「あー、カード決済だすねー! 今端末準備するす!」
キウリさんもトヨの発言を打ち消すように大きな声を出してカウンターの内から機械を引っ張りだし、ボーイがトヨの発言を気にしないように努めてくれた。
無事にカード精算を終えてカギの準備が整うまでの間、キウリさんの無言ハンドサインに従い、早々にカウンターから離れた。
「痛たた……。何を為さるのですかぁ!」
巨大な竹竿に提灯がいくつもぶら下がる立派なオブジェがそびえ立つ談話スペースにて、ようやく口を解放されたトヨは口元をさすりながら抗議する。
「子供料金とはいえ三万超えてんだぞ? キウリさんだってワザワザ話合わせてくれてんのに、バカ正直に大人料金払う奴があるか。その容姿が利用できるなら、大人しく利用しとけ」
「心持ちの問題なのですぅ! せっかく旦那サマが見惚れた姿。やはり妻としては、旦那サマに並び立つに相応しい姿で居たいのです」
「でも実際、今は大人姿になれんのだろ?」
「ぐ! ぐぬぬ……ッ」
お、珍しくトヨを言い負かせたぞ?
口に出すと調子に乗りそうだから言わないが、正直、あの姿が見られないのは残念ではある。
だが、いくら俺の分の宿泊費が編集部持ちで予算があるといっても、子供料金で済ませられるのならそれに越したことはない。
そもそもバスの時同様『置物』として誤魔化す手もなくは無かったが『食事だけは一緒にする』と自ら設けたルールがある。
必要ないからと言って俺だけ食事をして、彼女が何も食べられないというのも忍びない。
「お二人ども、お待だせした。お部屋さ案内するす」
「はいはい。‥ほら、ふて腐れてないで行くぞ女神様? とっとと荷物置いて飯にしよう。夕食はビュッフェ――『食べ放題』らしいぞ?」
「た、食べ放題⁈」
途端にトヨの目が輝いた。
「あの、いくら食べても許されると言われる、食べ放題で御座いますか⁈」
「しかも、うぢの食い放題はアキタ含めだ東北地域がら選りすぐりの食材集めだ、郷土料理、山海の幸を楽しめる高級ビュッフェだすよ?」
キウリさんの補足に、トヨは「何と素晴らしい!」と大はしゃぎ。
どんな料理が楽しめるか、俺も楽しみだ。
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「美味しゅうございますぅー‼」
箸を咥えて口を閉じたままトヨは叫ぶ。
『行儀が悪いから止めろ』と言いたい所だが……、彼女の気持ちが解り過ぎて声を押えるのがやっとだ。
正直、なめていた。
このホテルは元々あった旧館に新館が増設された構造をしている。
フロントがある新館側は温泉リゾートらしく内装もきれいで、近代的な客室は全部屋オートロック。
冠婚葬祭にも使われるという広く豪華絢爛な宴会場は、食事場所であるレストランにも近い。
一方で今日俺たちが泊まる旧館側は部屋までかなり歩く事になり、その道中の通路の壁や天井はかなり年季を感じられる。
お酒が飲めるバーがあった形跡もあるが、既に営業されなくなって久しい様子。
更につい立一枚挟んで備品などが乱雑に放置されている場所もあったりと、ホテルとしての評価を下げかねない状態であった。
しかし、食べる物すべてがそのマイナス面を帳消し――いや、むしろ加点を増やしてくれる。
いくら新鮮な食材を使っているとはいえ、普通作り置かれれば温度は下がるし味は落ちる。
それがビュッフェスタイル最大の弱点だ。
ところが先ほどから口にする料理はどれも熱々。
サラダや果物もみずみずしい。
特にこのジビエ肉を使って作られたデミグラスビーフシチュー。
入っている肉がどれもピンポン玉くらいの大きさはある。
旨みと食べ応えが素晴らしい。
注文を受けてから焼いてくれるカットステーキも、アキタのブランド牛『アキタ錦』だ。
そしてアキタといえば、やはりお米。
『あきたこまち』や『さきほこれ』が最高の焚き加減で食べ放題だ。
お米の食べ比べなんて滅多にしたことないが、素人でも結構違いが判るレベルで味も触感も違うんだな!
「旦那サマ、旦那サマ!」
アキタ発祥の『稲庭うどん』と小鍋の『きりたんぽ鍋(比内地鶏入り)』を同時に味わっていたトヨが興奮した様子でドリンクメニュー表を開いて俺に向ける。
開かれたページは『ニホン酒』のページ。
それもアキタの地酒が掲載された部分だ。
今回はビュッフェ、ソフトドリンクは飲み放題だがアルコールは別料金。
追加料金をその場で払うスタイルだ。
「これ! これを注文しましょう! アキタの地酒三種飲み比べセット!」
是非もない、3つのぐい飲みに各一種ずつ注がれていて量も値段も手ごろだ。
さっそく備え付けのタブレットで注文を入れた。
「ニホン酒を飲むのであれば、やはり海鮮で御座います!」
トヨはヨダレを垂らしながら目を輝かせ、刺身コーナーへと向かっていく。
定番のまぐろやサーモンは勿論、アキタの地魚である真鯛、ハタハタの刺身というのは珍しい。
鯛なんて食べるのは、どれくらいぶりだろうか。
季節限定のいくらとトラフグコーナーは他の観光客も殺到しており、さながら戦場の様相を呈している。
しかしトヨは全く臆せず、その中へと飛び込んでいった。
あれだけ疲れていたというのに、旨い料理を食べるほど活力が湧いてくる。
これがトヨの言っていた『身土不二』とやらの効果なのかもしれない。
「――おたがぎした!」
お酒を盆に乗せて持ってきてくれたのはキウリさんだった。
バイト終わりに家業の手伝いとは頭が下がる。
「いえ、普段は手伝いなんてしねんだすよ? バイトで疲れでらし。今日は先生居るがら特別だす」
「それは、なんか申し訳ないな」
「今日だげだす。おい、この仕事……、嫌いなんで」
「嫌い?」
「ホテル業は毎日上さ下への大忙し。休みなんてねがら、両親さ遊んで貰った記憶もね。旅行さも、遊びにも行ぎにぐぇ。親はおいが跡継ぐごど期待してらんだども、間近で現場見でらおいからするど……」
キウリさんは家業の愚痴をブツブツと口にする。
どうやら、特別生活に困っている様子もないキウリさんがバイトをして島から出たい理由はここにあるようだ。
彼女の心情は、俺にも想像がついた。
業種は違うし忙しさも雲泥の差があるから単純に比較は出来ないが、俺も一〇代の頃は、家業に全く興味はなかった。
旅人作家を始めた最大の理由も『生涯にわたって一か所に留まり働くなんて退屈だし御免だ』という考えからだった。
しかしこの歳になった今は、親から継いだこの仕事と家を護りたいと思っている。
俺の場合は両親の死という重めの事件がきっかけだが、彼女にもそう思える日が何時か来る。
それまでは、何を言った所で心には響かないだろう。
ただ老婆心として、一つだけアドバイスを彼女に告げた。
「どれだけ憎まれ口叩いて、ムカついても良いからさ……『家族』は大事にした方がいいよ。喧嘩すらできなくなるのは、悲しいことだからね……」
「……? は、はぁ?」
ピンと来てないようだ。
でも、今はそれでいい。
「お待たせしました! さぁ、頂きましょう! 塩に致しますか? 醤油に為さいますか?」
衣服の乱れなど気にも留めず。
刺身が山盛りに乗ったトヨが勝ち誇ったかのように戻って来た。
二ホン酒に合わせるなら、やはりココは塩で行こう。
「ささ、先ずは旦那サマが一口!」
並んだぐい飲みの一つを差し出すトヨ。
なめらかな口当たりと、口に含んだ瞬間フルーティーな香りが鼻に抜ける。
魚のさっぱりとした甘み塩味との相性は、やはり抜群だった。
「では、吾輩も……」
トヨは少しの醤油とワサビを少し乗せ、真鯛を口に運ぶ。
ややワサビがキツかったのか涙目になっていたが「う~ん!」と幸せそうな声を上げながら足を揺すり、全身で旨さを楽しむ。
「酒は、こっそり飲めよ? その容姿で飲酒は通報されるから」
「無論心得ております、……‼」
俺の陰でぐい飲み(当然のように飲みさし)に口を付けた途端、トヨは目を見開いて「旨しッ‼」と声高に叫ぶ。
周囲のお客や従業員が一斉にコチラを向いてしまったので、俺とキウリさんはトヨを隠すのが大変だった。
もっと昼間みたいにちゃんとしてくれよ、女神様。
そんなカッコ悪い奴の『パートナー』なんて御免だぞ?
《下巻へ続く》
始めましての方は始めまして! 万が一にも知っている方が居ましたら、コンゴトモヨロシク!
自称・空想超未来ファンタジーSF小説家の335 遼一でございます。
この度は、世界暦構想シリーズ【色々あって落ちぶれた作家が招き猫を拾ったら実は神様だったけどポンコツ過ぎて災難続きになった話≪アキタ取材旅行編・上巻】を読んでいただき、誠に有難う御座いました。
物語の途中では御座いますが、現在完成しているところはここまで。
続きとなる下巻の完成をお待ちいただけると幸いです(完成が何時になるやら……)
さて今作も前作同様、描写や風景、訪れた地所などはおおむね私の実体験を元にしております。
「取材旅行編」と付けた通り、著者である私自身が実際に秋田の地へ赴き、見て、聞いて、調べて、味わって、感じた事を描写するようにしています。
もちろんオカルト的、ファンタジー的な要素は抜きですし、嫁さんもおりませんがね……。
これを読んで少しでも「あー、あそこの事かな?」って思って貰えたのなら幸いです。
物語的な面では、今後ますます學とトヨの関係性は踏み込んだものにしていきたいと思っています。
基本的に相思相愛ペアなので。
『男側がツンデレなラブコメ(たまにバトル要素あり』が、このシリーズの目指しているところです。
それでは、また何処かでお目に掛かる日を夢見て……。
以上、これまでのお相手は335でした!




