壱の章 我が家のトラブルメーカー
持ち帰り用のあん団子とたい焼きを爺さんから受け取った俺は、タバコを吸うため一足先にたい焼き屋を後にした。
調理場が直結しているたい焼き屋店内でのタバコはご法度。昔うっかり吸おうとして、爺さんのアームでボコボコにされた事がある。
それに店が建つ路地周辺は、都の禁煙エリアに指定されている。
人気スポットは路上喫煙の見回りも多いので、うっかり見つかって罰金を取られたくない。
家までは徒歩数分の距離だ。『帰宅してから気兼ねなく吸えばいい』と自身に言い聞かせる。
――が、食後一刻も早くタバコを吸いたくなるのは喫煙者の悲しき性。
ココは【シンジュク通り】に設置されている、喫煙所へ寄ってから帰るとしよう。
足早に横断歩道を渡って喫煙所に入るや否や、先に咥えていた紙タバコに火をつけ一息。
紫煙を吐き出しながら、喫煙所のガラス越しにも見えている自宅兼店舗を一瞥し、考えた。
旅行……、もとい『取材』に行くとして、それをアイツにどう伝えた物か……。
現在、我が家には居候が一人住んでいる。
見た目若いが年齢不詳(恐らく俺より上)で出自も不明。
少々訳ありな女性、……だな、一応。
ただ『訳あり』と言っても、別に犯罪者だとか前科持ちだとか、ましてやドコぞの組織に追われる逃亡者という訳でもない。
むしろ帰るべき場所を失った末に、一緒に住むこととなった。
居候だからといって怠けることはなく、家事全般はおろか、家業の方も積極的に手伝ってくれる働き者。ズボラで身なりをあまり気にしない上、洗い物も洗濯も溜めこみがちな俺とは大違いだ。
今日みたいな外出時には、留守番だって引き受けてくれる(多少ごねられるが)。
愛想がよくて愛らしい彼女の存在は、古めかしくて『寂れて薄気味悪い店』と評されていた木造建築の雰囲気を一変させてくれた。
家主である俺に対しては特に――いや、超が付くほど好意的で、周囲には俺の『妻』を公言してはばからない。
村井君やワカバの爺さんなど知り合いからは『これ以上ないお相手』と思われているようだ。
‥あぁ~、そういえば双子の姉であるマナブには、まだ彼女の事を知らせてないな。
対面した日には何を言われるやら……。
断っておくが、俺とアイツは決してそういった関係ではない。
妻だ何だというのも、彼女が勝手に言って回っているだけだ。
『色恋と無縁だった三〇過ぎの男が、なにを贅沢な事を⁈』
と呆れられるかもしれないが、別に彼女が人間でもなければ亜人種のロプスでもない――そもそもヒトですら無いことを理由にしているのではいな。
考えてもみて欲しい。
過去に世間と一悶着どころか一〇悶着、百悶着あった半引きこもり男の店に、ある日突然、その男を盲目的に慕う若い女性が現れて一緒に生活を始めるなど、世間一般からして異常だし怪しい事この上ないではないか。
俺のことをよく知る親しい人たちなら兎も角、顔見知り程度の交流しかない隣近所から見れば完全に事案だ。どんな噂、悪評、誹謗中傷を立てられるか解ったもんじゃない。
家業を継ぐ前の俺なら、周囲の意見や評判など気にも止めていなかっだろう。
しかしそれを蔑ろにした俺は取り返しのつかない結果を招き、結果、一度筆を折った。
あんな思いはもう二度と……。
「――何だアレ?」
不意に耳元でそんな声が聞こえたので、俺の物思いは終了した。
声の主は、俺のすぐ隣で端末をいじりながら電子タバコを嗜んでいた青年。
よくよく見回してみれば、喫煙所内の面々が一様に俺の背後――すなわち我が家の方を訝しげに、あるいは興味深そうにみている。
何人かは端末のカメラ機能を使って動画撮影もしているようだ。SNSにでも上げるつもりなのだろう。
嫌な予感がして仕方が無い。振り返る勇気が湧かない。
しかし外からざわめきや物の壊れるような音がしだし、いよいよ現実逃避できなくなった。
恐々振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、自宅の二階の窓をふっ飛ばして竜巻のような『風の渦』が吹き出す様子。
あの化け猫……、今日は何をやらかした⁉
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「えー、まとめとぉ? 今回も人為的原因ではなく、『魔術装置』の暴走事故であると?」
俺の話を聞いていた警察官は、ペンのノックカバーで顎を突きながらメモ内容を熟読する。
「はい。同居人も今は出かけているようなので、それしか思い当たりません」
「しかも出力セーフティも壊れた装置だった、と……?」
警察官の隣で同じくメモを眺める消防団員の質問に「『魔術装置』の構造は素人なので詳しくは……」と前置き、事前に用意していた回答で粛々と対応する。
被害の規模こそ違えど、今日みたいに家の一部が吹っ飛ぶのは珍しい事ではない。もはや聞き取りにも慣れた物だ。
崩壊した寝室の現場検証に来ている何人かは、もはや『店のお得意様』といってもいいレベルになって来ていた。
「なにぶん古いサーキュレーターでしたから。動作テストも兼ねて部屋の換気にと、つけっぱなしで外出したらこんな事になって驚いてます」
「――確かに『魔術』の痕跡がありますね。装置由来の割には、凄まじい『マナ』量ですけど?」
俺たちの会話を足元で聞いていた鑑識官の一人は、手にした計器を見つめたままで言う。
空気中の何かを計るものらしく、片手に持ったメガホンのような物を様々な方向へ向け、無惨な室内を調べているらしい。
「ッ⁉ ‥あッ、あぁ~……」
『装置由来の割には』という部分に、俺は思わず動揺してしまう。
焦って感情が読まれるのを防ぐために「作業の邪魔だと思うのでぇ……」と、もっともらしい事を言って部屋から退散することにした。
今どき『魔術』や『異星の技術』を使った代物は、決して珍しい物ではない。どの家庭にも大なり小なり、一つや二つは転がっているものだ。
例えばコードレスの掃除機なんかには大抵《【無尽電力】》が組み込まれているし、若いころ愛用していたキャンプ用の携帯コンロにも《尽きない魔術燃料【火山】》が使われていた。
街中の乗り物にしたって、郵便配達員が乗る専用自転車やバイクには《浮遊装置》ないし《飛行魔術【フライトラン】》が掛けられている。何も使われていない物を探す方が難しいくらいだ。
本来であれば長い修練や正しい作法、才能、生まれながらの血筋などなど……、数多ある条件が揃ってこそ行使される『魔術』を始めとするオカルトパワーの類。
それを誰でもどこでも、スイッチ一つで再現できるようにしたのが『魔術装置』という訳だ。
ただ、装置を使った『魔術』は厳密にいうと『本物の魔術』は別物。
以前読んだ本によると、科学的手法によって再現された『魔術』は『疑似魔術』に分類され、その性能差は爆竹とダイナマイトで表現されている。
一般で流通する装置であれば、事故防止のためにセーフティも必ず搭載されているし、仮に安全装置を改造した違法品であったとしても、発生する事象はたかが知れている。
だから警察や消防としても、これ程の被害を生むような代物は、軍用品の装置か国家資格を持つ本職の『魔術士』が使うモノホンの『魔術』くらいしか思い当たらないのだろう。
しかし、装置を使わない限り俺に『魔術』を使う事は不可能だ。
俺が現代人にしては珍しい『霊感ゼロ』の人間な事は、何度も顔を合わせている彼らないし彼女らには周知の事実。
仮に信じてもらえなくても、戸籍に登録された霊力検査の結果を調べてもらえば問題ない。
竜巻を起こして部屋を破壊したであろうあの大バカも、バツが悪いのか姿をすっかり隠している。その『正体』を知らない者には先ず見つけられまい。
つまり今回も無事に『予期せぬ事故案件』として処理され、損害保険もろもろ無事に支給されるという寸法だ。
使える制度も補助も何だって使うさ、その為に高い税金や保険料払ってるんだ。
これで修繕費の心配はないだろう。
とはいえアイツには、然るべき折檻を与えるがな……。
実況見分が終わって警察、消防関係者が完全に引き上げたのを見計らい、俺は店舗の出入り口をきっちり施錠。
ブラインドカーテンも下げ、外部から店内が見えないように施した。
そして売り場から小上がりになった居間にあがり、神棚の前に立つ。
金に糸目をつけず壁一面を改装して作った荘厳な神棚には、黒地に金色の花火をモチーフとした模様が散りばめられた、それはそれは見事な黒い大きな招き猫が鎮座ましましていた。
首元には紙垂(しめ縄とかに垂れ下がる稲妻を模した紙)が左右に二枚ついた、紅白柄の布ロープ。
ロープ中央には『大願成就』と書かれた小判がぶら下がっている。
部屋の明かりに照らされて、耳の間から額にかけてが、何時になくテカテカと輝いていた。
「何かさぁ、言う事があるよなぁ?」
ドラマに出てくる取り調べ中の刑事、あるいはヤンキーのようなトーンで、大きな招き猫の頭部を鷲掴み。その場にしゃがみ、鼻先に噛みつかんばかりに顔を近づけて睨みつけた。
心療内科に通院歴のある人間が無機物の置物を威圧する姿など、傍からみたら正気を疑われるだろう。
だが心配には及ばず。
生憎ここに居る人間は俺だけだ。カーテンも閉め切ったから、外部から俺の様子を見られる心配もない。
そしてなによりも、コイツは単なる置き物ではない。
その証拠に、絵の具で描かれている無機質な目が忙しなく泳いでおり、俺と目を出来るだけ合わせないようにしている。
テカリの正体も、額から滲みでた汗のようだ。
「――お……、お帰りなさいませ! 旦那サマっ!」
ややあってから、焼き固められているはずの招き猫の手足がヌルンっと動きだし、頭に置かれていた俺の手を掴んでモミモミと揉みしだいてきた。
俺を見上げるその顔は笑っているつもりなのか、口元をU字に曲げ、目を細めている。
もっとも調子の外れた声色と、わざとらしく釣り上がった口角の片方がヒクヒクと震えている様子から、焦りが見て取れるが。
「ムライ殿の評価は如何でしたか?」
「まぁボチボチだな。多少編集部の方で手直しする程度で、掲載に問題ないそうだ」
「それは素晴らしい! 成れば今宵は、パァっと完結祝いと参りましょう! さぁて、そうと決まれば、吾輩は早速夕餉の支度をば……」
座っていた座布団から「よっこいしょ」と立ち上がり、素知らぬ顔でその場から離れようと二足で歩き出した招き猫。
その足取りは、心なしか早足だ。
当然そうはいくまいと、俺は素早く首輪を引っ掴んで招き猫を捕まえる。
「このまま放り投げられたくなかったら、三秒以内に何やったのか言え!」
「申します! 申します故、なにとぞご勘弁ぉーっ!」
耳元で怒鳴られ、招き猫はと少女のような声で許しを乞う。
「そ、そのぉ……、旦那サマがお出かけしている間に夜具を干していたのです。不浄は邪気を招きます故、太陽の『陽気』で浄化をと……。最後の仕上げに、吾輩の愛情を込めた《『神風』》で乾かしていたのですが、力加減をあやまりましてぇ、ええええええーッ⁈」
「室内で『神通力』使うなって何度も言ってんだろうが、この化け猫―ッ!」
招き猫が全てを言い切る前に、俺は招き猫を背後の壁めがけて投げ付けた。
悲鳴をあげながら飛んでいく招き猫は、空中で乱回転しながら慌てた様子で柏手を打った。
直後『キーンッ』と陶器がぶつかる音と共に招き猫の全身が発光。
壁に激突すると同時に光は四散したが、壁に逆さで打ち付けられていたのは招き猫ではなく、黒地に花火を模した金色の模様が点在する和服を身にまとい、足に白足袋を履いた一人の少女だった。
少女は「結局投げるのではありませんかぁッ!」と鼻息荒く立ち上がって抗議してくる。
畜生、まるでダメージなしだ。
一方俺はと言えば、怒りに任せて運動不足な右腕を豪快に動かしたものだから、右肩が『パキッ』と小さな音を立てて激痛が走っている。
「黙れ疫病神! 月一ペースで家やら物やら壊しおってからに!」
「にゃッ⁉ 言うに事欠いて『疫病神』とは失敬な! この豊福招来猫多大明神、富や幸福こそ招きまするが、旦那サマへの不利益など断じて招きませぬぞ!」
「私室兼作業部屋ぶっ飛ばしといて、宣うのはこの口か! えぇ⁉ この口か⁉」
不満で膨らんだ彼女の頬を、無事な方の腕で力いっぱいグイッとつねる。
それはもう、万力が如くひねりも加えて。
「ギニャアーッ! ど、どめすてぃっく! 妻に対する夫の暴力! 此れは所謂、どめすてぃっくばいおれんすに御座いますぅ‼」
「誰が妻だ、配偶者だッ! コレは単なバイオレンスだボケ!」
「そ、そんなご無体なぁ~!」
そう、バタバタと暴れるコイツこそが件の居候。
『憑いた者の願いを叶え、幸福をもたらす神』を自称していながら実績が伴わず、口だけは達者でやること成すこと何かしら問題を起こすトラブルメーカー。
その名も豊福招来猫多大明神――トヨである。
どれくらい昔なのかは本人ですら定かではないらしいが、曰く、かつては『商神』として【スイドウ橋駅】近くの神社内にある摂社(本殿で祀られるメインの神様とは別に、その神と由縁のある別の神様用の社)に祀られていたそうだ。
しかし多くの陸地が海面上昇により水没した現代では、例にもれず神社ともども水没。
人々からも存在を忘れ去られた結果、信仰も信者もとうの昔に失われしまった。
俺と出会わなければ憑代の経年劣化によって朽ち果てるのを待つだけだったそうだ。
そんな彼女が俺と一緒に住む事になったいきさつについては――長くなるのでひとまず置いておこう。
とにかく、このはた迷惑な神様との共同生活は、毎日が(悪い意味で)お祭り騒ぎだ。
「うぅ~、……お、お言葉ですがッ‼」
トヨは俺の手を払いのけると、ずいっと踏み込んできた。
「そも、旦那サマが滅多に夜具を干さないのがいけないのです! 旦那サマは普段からものくさが過ぎまするぞ! 頭髪は整えず無精髭、お召し物は脱ぎ散らかし、手にした物をすぐ其処彼処に放置、卓の周りは物で溢れかえっている……。吾輩に手出しされたくないのであれば、先ずは旦那サマこそ、家長として襟を正して下さいまし!」
ジト目で俺の顎下から指を突き付け、説教していたはずが逆に説教を始めるトヨ。
論点がズラされているが、トヨの指摘は事実で至極まっとう。俺もグゥとかウゥとしか返せない。悲しいかな、言い合いになるといつも正論パンチで黙らされてしまう。
まぁ正直なところ、ちょうど小説は書き終えたところだ。
過去分も含めて、生原稿はすべて出版社に保管されているし、おしゃかになったPCデータも、アクシデントに備えてネットのクラウドに逐一保存するようにしている。
被害としては私室がなくなっただけ、実はそこまで困っている訳ではない。
「という訳で、今回の件は『お互いさま』という事で手打ちといたしましょう」
フフンと勝ち誇った様子で鼻息を吐きだし、トヨはキッチンの方へと歩きだす。
「自分で言うな」と俺も悪態をつきながらそのあとに続いて、トヨと共に夕食の支度にとりかかった。
一人でやらせると、また『神通力』を使いかねないからな。
あと、火の扱いや包丁さばきが傍から見ていて恐ろしい。
……はて?
何か忘れているような気もするが……、忘れるくらいだから大した話じゃないか。
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