副僧院長シン(4)
( ゜ー゜)テケテケ(更新でございます)
「色々見直して、か」
「ええ」
ベリスは縁側を立ち上がり、伸びをした。
「付き合ってもらえる?」
「僧院を改革しようというのか?」
「大げさに言うとね。具体的になにをなにから変えればいいのかわからないから、本当に、見直すところからになるけれど」
「僧院長が許すまい」
「ガタガタ言うなら突いちゃうだけよ。どうでも許してもらえないなら、私もリトルバードに行くわ。新しい場所を作ればいい」
「ならば、さっさと行けばいい」
リィフのあとを追って行きたいというなら、そうすればいい。
「そこまで恩知らずでもないわよ。いきなりこの僧院を捨てるつもりもないわ。やれるだけやって、それでもダメなら逃げるけれど。貴方はどうする?」
「俺は、この僧院の跡取りだ。伝統を守る義務がある」
「今の僧院長が、貴方の将来でいいの?」
軽い調子のその問いは、シンの胸にずんと響いた。
「悪い未来として人の父親を出してくるんじゃない」
「貴方に一番効くところだもの。どうなの? 貴方は、ああいう風になりたいの?」
「……いいや」
シンは首を横に振る。
シンが憧れてきたのは、僧院長ノインではなく、目の前にいるおかしな僧侶だ。
『天槍』のベリス。
この男に並び立てる者でありたかった。
この男に認められる者でありたかった。
そんな思いを抱いて、ずっと、空回り続けてきた。
ベリスに並び立ちたい、ひとかどの者になりたいという一心で、シンは権威と権力を求めた。
それを与えてくれる権力者、父である僧院長ノインや侯爵家の総帥ジュノーに尻尾を振り、その犬であり続けた。
自分の権威付けのために、旧来の僧院の掟と秩序を絶対のものとし、僧院という閉鎖環境の中の歪みや腐敗を認めないようにしてきた。
そこを認めてしまえば、シンを支える権威もまた崩れてしまう。
リィフをことさらに嫌ったのも、そんな思いからだ。
かなり早い時期から、ベリスはリィフを認めかけていた。
それが許せなかった。
そんな妄念が、今は、砕けたように消えていた。
「誇れるものでありたい、おれは。自分自身を、一人の僧として、おまえの友として」
「付き合ってくれるってことでいいの?」
「ああ」
リィフへの敗北によって、権威や権力への執着心、依存心のようなものも薄れたようだった。
ノインやジュノーが持つ権威など、あの時リィフが見せた力の強大さ、神聖さ、尊さに比べればハリボテほどの価値もない。
絶対のものと思っていた僧院の秩序やルールもまた色あせ、薄汚れたものに感じられた。
変えていくべきものだろう。
実際にリィフへの影響が大きいのはこの本院ではなく、最初の師であるタリアのいた尼僧院のほうだが、一応はリィフが育ったこのマイス寺院を、腐敗と暴力の温床のままにしておくことはできない。
嫉妬と増長、そして甘えた心から、シンは聖槍を凶刃として振るおうとした。
実際のところ、シンにはリィフを殺す覚悟すらなかった。
聖槍を突きつけて脅せば、真槍を持った僧兵達に取り囲まれれば、蒼くなって跪くはずだ。
そんな幼稚な考えで動いたシンは、動じる気配を見せない、思い通りにならないリィフに激昂して襲いかかり、完敗した。
殺されても仕方のない場面だが、リィフはシンを殺さなかった。
慈悲を掛けられたのか、あるいは殺すまでもない虫けらのようなものと見なされたのかはわからないが、ともかく、命を許された。
生き直す機会を与えられた。
「良い判断だったと思って頂きたい。リィフ様に、俺を生かしたことを」
それが行くべき、ただひとつの道だろう。
「……リィフ様、ねぇ」
「なにがおかしい」
「おかしくはないけど、そこまで態度が変わるのもちょっと怖いわよ」
ベリスは苦笑するような表情で言った。
マイス僧院、最強、最恐の存在であるベリスに口止めを受けたマイス僧院の僧侶達は、その後リィフ襲撃事件の顛末を口にすることはなかった。
僧兵達が宿屋を取り囲み、神々しい光の柱のようなものが現れたという噂話が、マールゥト侯爵ジュノーの耳に入ったのがそれから一週間後。
僧院長ノインが、副僧院長シンに事の詳細をただしたのが、さらに二日後のことである。
「リィフが僧院を逆恨みし、僧院の悪口を言ったと聞いたので、聖槍を持ちだして脅しつけてやったのです。泣きながら逃げていきましたよ」
わはは。
と、シンは強引に言い逃れをし、その夜のことをごまかした。
実際に騒ぎの詳細を見届けていたのはシンが引き連れて行った僧兵達、それと宿にいた商人アーシュ達だけであり、後者は既にカマルを離れていた。
侯爵ジュノー平癒祈願の祈祷の最中に何をやっているのだ、という叱責はあったが、襲撃事件の時には既にジュノーが回復していたこともあり、そう大きな問題にはならなかった。
なにか勘違いをしたノインが「当院の祈りが天に届いたのだ」と、浮かれていたことも幸いした。
領都庁の衛士たちはマールゥト侯爵家とのつながりの深いマイス僧院には手を出せない。
ベリスとシンによる強引な隠蔽工作は、幸運にも恵まれて成功。ジュノーが『神槍紋』の解放に気付くのは、リトルバードに到着したリィフが『奇跡』を起こしはじめた後のこととなる。
( ゜ー゜)テケテケ(旅支度編はこれにて終了です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。次回以降はルルスファルド編を少しやります)
次回は夜更新の予定です。
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