商人アーシュ(2)
( ゜ー゜)テケテケ(更新でございます)
――なんだったんでしょう、あれは。
助けられたようだが、予想外と想定外の塊のような生き物だった。
視線を巡らせ、茂みの向こうにいる僧服の少年に視線をやる。
一応きちんと隠れているが、見ていることは匂いでわかった。
「僧侶様」
リィフと言う名をズミノ達に聞かせることもないと判断し、そう呼びかけた。
バレていると悟ったリィフは、気まずそうな表情で茂みから顔を出し、歩みよってきた。
「お怪我はありませんか?」
「ハイ、おかげさまで。心配していたただいたんですね」
アーシュは微笑んで言った。
「見ていることしかできませんでしたけれど」
「あのスライムは、僧侶様のお指図ではなかったのですか?」
状況から考えると、そう考えるのが自然だろう。
心配してここまで来たのに、ことが始まったら何の動きも起こさない、助けを呼びに行こうともしないというのも不自然だ。
そういう人間もいないことはないが、リィフはそういう人間には見えない。
あのスライムがやってきたのはリィフの指図と考えると一番辻褄が合う。
スライムとリィフの間にどういう関わりがあるかはわからないが、スライムの一匹や二匹くらい従えていてもおかしくない。そう思わせる少年だった。
「いえ」
リィフはぎくしゃくと首を横に振る。
「通りすがりのスライムでしょう」
――通りすがりの紋章つきスライムがオールを振り回して人を襲ったら大事件です。
そう思ったが、指摘するのはやめておくことにした。
「最初から、この人たちを、捕まえるつもりだったのですか?」
リィフはズミノたちを見渡して言う。
逮捕用の捕り縄を複数出したあたりで、バレたようだ。
「ハイ」
アーシュは胸を手を当てて応じた。
「湖都マングラルにある商業ギルド本部の監察として、彼らを追っていました」
「かんさつ?」
「商業に関わる不正や犯罪を調査し、取り締まる者のことです。マングラル近辺やマールゥト侯爵領での詐欺、強盗事件の容疑者として彼らを探っていました。共犯者を使って高額の商品を運ばせて不当な低価格で買いたたいたり、持ち帰ろうとした商品を奪い取ったりしていたようです」
「だとすると、あの鋼は、囮ということでしょうか」
「ハイ」
アーシュ自身も含め、ズミノ一味を釣り上げるための囮である。
巨大な鋼をひとりで運んで見せたのも、意図的なパフォーマンスだ。
一味のボスであるズミノが魔法の使い手であることはわかっていた。確実に引きずり出すためには、ズミノの魔法が必要な相手と判断させる必要があった。
「ですが、私個人の商品でもありますので、取引に差し支えはありません」
「監察が本業ではないのですか?」
「商人が本職です。商業ギルドから依頼があれば、監察の仕事を引き受けることもありますが」
そう言っているうちに、ズミノ達を拘束し終わった。
「差し支えなければ、この人たちの手当をさせていただきたいのですが」
肩や手首、すね、睾丸などを破壊され、苦悶の声をあげる男達を見やり、リィフはそう申し出た。
悪党ではあるが、苦しみぶりを見かねたのだろう。
「僧侶様のお手を煩わせるような者たちではないと思いますが」
「いえ、そう手間はかからないと思います」
「……僧侶様がそう仰られるのでしたら」
微妙に話が噛み合っていないが、あとで取り調べをすることを考えると、手当をしてもらったほうが楽ではある。
体調を崩して死なれてしまい、盗品の行方などの情報が得られなくなっても困る。
「ありがとうございます」
合掌して一礼をしたリィフは目を閉じ、両手で印を組むと、祈りの言葉を唱えた。
namaḥ samanta-buddhānāṃ pṛthiviye svāhā(ナマハ サマンタブッダーナーン プリティヴィイェー スヴァーハー)
地天呪。
衆病を治癒医療する女神プリティヴィの力を顕現する呪であった。
少年僧の周囲から、清冽な空気が生じて辺りを満たす。
もがき、痛みを訴えていた男達の声がぴたりと止んだ。
アーシュは目を見開く。
――これは。
砕けていたはずの男達の骨や関節などが、あっけなく治癒していた。
――こんな、ことが。
リィフが身に付けているのはコトノハ教の僧服である。
コトノハ教には病気やケガの平癒を祈願する法があるとは聞くが、だいたい高い布施をとって一晩なり三日三晩なり祈りを続け、しばらくして治ったら「ありがたや」、治らなかったら「信心が足りません」、死ねば「天命だったのです」というあやしげなものだ。
単に一緒に処方している薬が効いているだけ、いう話さえある。
こんな呪文ひとつで働くようなものではないはずだ。
純粋な治療術としては魔法を応用して治療する魔法医や薬師、錬金術師のほうが数段上で進歩的、というのがアーシュの認識で、それでさえ、骨折が一日二日で治ったりはしない。
怪現象、あるいは奇跡としかいいようのない現象が起きていた。
だが、リィフの奇跡は男達の傷を癒やしたことのみにとどまらなかった。
回復した男達は、リィフが身に帯びた清冽な空気、神聖さに打たれたように、縛られたまま頭を垂れ、ぽろぽろと涙を流した。
身体の傷ばかりか、魂の歪みや穢れさえ正し、清めてしまったかのように。
――さすがに、そんなことはないと思いますが。
いくらなんでも話が出来すぎ、もしくは滅茶苦茶というものだ。
そんな寓話のようなことがあるはずがない。
気のせいか、錯覚だろう。
と、常識的な形で解釈しようとしたアーシュだったが、リィフの地天呪を受けたズミノ一味は、その後行われた取り調べに粛粛と応じ、それまでの罪の全てを告白した。
頭目ズミノを除けば、虚偽を述べた者はひとりもおらず、その証言には一切矛盾が生じなかった。
証言に虚偽があるとされた頭目ズミノにしても、一味の悪事の一切は自分の指示で行われた。すべての責任は自分にある、として手下をかばった結果話に無理が出た、というものだった。
あまりの悔悛ぶりに司法当局は逆に混乱、頭目ズミノを犯罪奴隷とし、残る四人は最近マングラルに作られた寄場と呼ばれる犯罪者収容、更生施設に送るにとどめた。
殺しまではやっていないとはいえ、詐欺や強盗の常習犯としては寛大な処置である。
その後の五人は、すっかり心を入れ替え、真人間として人生を送ることになる。
<ぐう聖もここまで来ると暴力じゃな>
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
次回は明日朝更新の予定です。
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