商人アーシュ(1)
( ゜ー゜)テケテケ(更新でございます)
「ネイ」
商人アーシュはきっぱりと言った。
「お断りを申し上げたはずです」
商人ズミノはニタニタ笑いながら応じる。
「こんな大きさの鋼を買い取る顧客がそうそう見つかるとは思えませんが」
「どうぞお構いなく」
商人アーシュはズミノの言葉にそう答え、再び足を踏み出した。
そのままズミノ達の横を通り抜け、その場をあとにする。
――さて、どうしたものでしょう。
ズミノ達の動きは狙い通りだが、想定外の要素を自分から巻き込んでしまった。
リィフという少年に声をかけたのは、明らかに余計だった。
そんな場合ではないはずなのに、ズミノ商会の前に立っているのを見た瞬間、優先順位がおかしくなった。
商人としての血のようなものが妙に騒ぎだし、気付いた時には声をかけていた。
途中で我に返り、隙を見て立ち去ろうとしたのだが、結局取引を約束してしまった。
悪い取引ではないのだが、まずはズミノたちを片付けてしまう必要がある。
――早めに手を出させましょう。
人通りのあるところでは、ズミノたちも手出しはしてこないだろう。町外れへと誘い出すことにした。
懐に忍ばせていた獣人笛をそっと吹き、合図を送る。
領都カマルの門を抜け、近くを流れている大河アクシュのほとりに出た。
狙い通り、ズミノたちが追ってきた。
人数はズミノを含めて五人。
背負った鋼を降ろして振り向き、声をかける。
「なんの御用でしょうか」
ズミノは不気味に微笑んで、一本の杖を出した。
紋章杖。
魔法の力を高める紋章『魔力紋』を魔導体回路で模したものだ。機能は本物の『魔力紋』には遠く及ばないが、素人でも簡単な練習で初歩的な魔法が使えるようになったり、ぱっとしない魔術師の能力をそれなり程度にまで高めてくれる。
「【麻痺】」
杖の先端についた結晶体が黄色い光を放ち、アーシュの身体にしびれが走った。
「手間をかけさせてくれましたね」
ズミノはくくく、と喉を鳴らして言った。
「馬鹿力の貴方でも、こうなってはどうしようもないはずです。しばりあげなさい」
その声を受け、男達は鎖を取り出す。
「急ぎなさい。【麻痺】の効果が切れて暴れられると面倒です」
「悪いな」
「じっとしてろよ」
そう言いながら、男達がアーシュに向けて歩み寄ってくる。
――頃合いでしょうか。
ここまでは、全て狙い通りだ。
計算と違ったのは、
ドゥンッ!
小舟につかうオールを持った大きなスライムが、水柱を立てて大河アクシュの水中から飛び出して来たこと。
テケ!
剣を大上段に構えるようにオールを振り上げたそのスライムは、目にもとまらぬ速さでオールを振り下ろし、鎖を持った男の手を打ち砕く。
「ぎゃあっ!」
男が悲鳴を上げる。
スライムはオールを構え直し、ズミノたちとアーシュの間に陣取った。
――助太刀?
オールの向きから見て、こちらに味方しているつもりのようだ。
黒い粘液の身体の中に、十字型の紋章が浮かび上がっているのが見えた。
「紋章持ちの、スライム?」
「こいつの仲間か?」
こいつ、というのはアーシュのことだろうが、アーシュとしても全く想定外の乱入者である。
「【魔力矢】!」
ズミノが紋章杖を振るい、三本の魔力の矢を放つ。
だが、
テケテケ!
閃いたオールが、三本の矢をことごとく打ち払う。
鬼神を思わせる剣さばき、もしくはオールさばきである。
「な、なんなんだこいつは!」
オールを構え直したスライムは、黒豹の如く加速する。
テケ!
鞠のようにぽうんと跳ね上がり、回転しながらオールを一閃、二人目の男の肩を打ち砕く。
テケ!
すぐ側にいた三人目の男のすねにオールを叩きつけて砕き。
テケッ!
四人目の男の股ぐらに向かって、ずごんとオールを叩きつける。
最後のは金的である。
女のアーシュにはわからない感覚ではあるが、大変なことになったのだろう。
四人目の男は白目を剥き、泡を吹いて倒れた。
――強い。
アーシュが見てきたなかでも、群を抜く剣の冴えだ。
わけのわからない生き物の、わけのわからない強さである。
困惑するしかなかったが。
「く、来るなっ!」
ズミノは震える手で紋章杖を構え、悲鳴のような声を上げる。
放っておけば叩きのめしてしまいそうだが、ズミノを殺されたり、大けがをさせられても困る。
アーシュは足を踏み出し、ズミノに肉薄した。
持って生まれた紋章の力で、アーシュは生来力が強く、敵意をもった魔法が効きにくい。
ズミノの魔法は、最初から効いてはいなかった。
瞬く間にズミノに肉薄したアーシュは、その後頭部をむんずとつかむと、顔面を地面に叩きつけるようにして押し倒した。
――さて。
ズミノは最初から敵ではないが、問題はスライムのほうだ。
どう動くかと警戒したが、黒いスライムはズミノ達以外に興味はないらしい。
テケ、と小さく鳴くと、すっとオールを降ろした。
――なんなんでしょう、一体。
なにがなんだかさっぱりわからないが、とりあえずアーシュに敵意はないようだ。
下手にを刺激して敵に回すこともないだろう。
事前に用意しておいた縄と猿ぐつわを使ってズミノを拘束、さらに他の四人も縛り上げていく。
そうしているうちに、黒いスライムはするすると動き出した。
「あの」
と声をかけたが、止まらない。
テケテケ。
バイバイ、というように一声鳴くと、そのまま大河アクシュの流れに沈み、消えていく。
オールがぷかりと浮き上がり、ゆっくり流されて行った。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
次回は夜更新の予定です。
オール(櫂)は伝説の剣豪スライ・ムサシがガンリュージマの決戦で用いたという由緒正しい武器でございます。
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