過去の清算
「親父には関係ねえだろ!!」
青年は父に向かって大声を出し、玄関から出て行こうとする。
その肩に父親は手を置き引き留めた。
母は二人の勢いに何もできずにいた。
「音楽なんかで飯が食っていけるわけがないだろう!もっと真剣に将来を考えろ!」
父はただただ息子が心配だったのだ。つい強い口調になってしまう。
「うるせえ!俺はやりたいことをやるんだよ!」
息子はただただ父を信じていた、父ならば自分の夢を応援してくれるはずだと。
「いいか?人には向き不向きがあるんだ!お前に音楽は無理だ!」
父は一枚の紙を取り出す。それは実用化が進められていた遺伝子情報によってその人の進路を決定するという実験の結果が書かれている紙だった。そこには息子の名前と共に「音楽適正無し」の文字が書かれていた。
「ふざけんな!そんな紙切れ一枚で人生決められてたまるか!俺は親父みたいにつまんねえ人生なんか生きたくなんてーー」
息子の頬を父が叩いた。この時初めて父が息子に手をあげた。
「俺の人生がつまらないだと!?俺の人生はーー」
父が言葉を紡ぐよりも早く息子は家を飛び出していった。
それから少しして父は知り合いから息子がライブハウスなるところで必死に働いている事を聞いた。
父はリビングで妻と話した。次に息子が帰って来た時はしっかり謝り夢をしっかりと応援しようと。
その言葉に妻もにこやかに笑っていた。
だが父は知らなかった、息子に謝る事が二度とできないと。
父が息子の遺伝子情報の結果の紙を久しぶりに見つけ破こうとした時だった。
電話が鳴る。何気なく受話器を取ると掛けてきたのは部下だった。
「お休みの所申し訳ありません!息子さんが……お亡くなりになりました……」
父は受話器を落とした。信じたくない現実を伝えてきた受話器の穴は底抜けに深く暗いような気がした。
息子は見るも無残な姿だった。体が黒く焼け焦げ昔を思いだたせるような面影は一つも残っていない。
「息子さんの死因は焼死です。勤めていたライブハウスも全焼で何も残っていません……」
部下の報告は少しづつしか聞こえてこない。
「事故……なんだろ?」
父は唯一残された希望にすがった。息子の死が「事故」であることすら父にとっては救いだった。
だがそれすらも儚く砕け散った。
「いえ、息子さんは殺された可能性が高いです」
「どうしてだ」
「体にはいくつかの銃創があり、犯人は銃で息子さんを撃った後に火を付けたと考えられます……」
部下は報告する事すら辛く感じていた。それほどまでに無残な状況だった。
「容疑者は?」
「ここ数日間にわたって妙な男が目撃されており、またある証言では蛇の刻まれた銃らしき物が服の隙間から見えたというものもあります」
父は、あの時息子を無理にでも止めるべきだったと思わずにはいられない。
本来あるべき道から外れてしまったために息子話死んだのだと。
それから妻は体を壊し、やがて亡くなった。
父は二人が眠る墓の前で誓った。必ず犯人を見つけそしてその時初めて花を添えると。
圧場は久しぶりに帰った家のソファーに座って一人で天井を見上げていた。
静かに胸から一枚の紙を取り出す。それは圧場が五年前から一度も手放すことなく持っている破かれ無かった息子の遺伝子情報の紙。過去を忘れないために圧場はこれを起きている間は肌身離さず持っていた。
そして、圧場の繋には息子が死の二日前に撮った自分宛の誕生日メッセージが入っている。
だが圧場はそれを五年間聞くことは無かった。
「今度こそ……今度こそあいつで間違いないはずだ」
圧場は立ち上がり玄関に向かいながら自らの手の平を見つめた。
「痛かったろうな……あれは」
そう言って静かに玄関を出た圧場はまだ墓に添える花を持てずにいた。
昼食を食べ終えた宇佐美達はまだ小林の部屋にいた。
「やっべ!学校に忘れ物取りに行く途中だったんだ!」
小林は立ち上がり汚れていない制服に急いで着替えている。
「悪い!学校行って来る!」
「ああ……それでか」
宇佐美はどうして日曜に小林が制服を着ているのかが分からなかったがようやく合点がいった。
小林は忘れ物を取りに学校に向かっている途中であの少年達に絡まれたのだった。
「じゃあ俺達も引き上げるとするかな」
宇佐美がそう言って立ち上がったのを合図にカナも立ち上がる。
「できれば夜も飯食いに来ないか?」
小林は少し照れながら宇佐美達に言った。
「……それじゃあお邪魔させてもらおうかな」
宇佐美が小林の提案を飲んだのは料理が絶品だったからだけでは無かった。
「約束だかんな!」
そう言って小林は家の前で別れ、学校へ向かっていった。
「さてとノートは……あったあった」
小林がノートを掴み靴を下駄箱から出した時だった。ちょうど野田もこちらに向かってきていた。
「小林……」
「野田、お前もなんか学校に用があったのか?」
「ああ、正式に陸上をやめたんだ」
「お前!それ本気なのかよ!?」
小林の言葉に野田は冷たく笑った。
「本気かって?当たり前だ!俺が走れなくなったのはお前のせいだろうが!」
「……」
小林は何も言えなくなった。
「お前があの時変なぶつかり方して俺の足はこうなっちまったんだろうが!何とか言えよ!」
「俺……」
「あーちょっといいか?」
二人が声のした方を見ると軍の制服を着た男が立っていた。
「なんですか?」
「いやね人を探してるんだが、名前しかなくてなぁ……この学校にいるのは分かるんだが……」
男は参ったとでも言いたげに頭を搔いている。
「名前はなんていうんですか?その人」
小林が聞くと男はにやりと笑い紙を取り出した。
「野田、野田直哉ってんだよ」
男の持つ紙の野田の部分に大きく丸が付けられていた。




