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破銃  作者: ネコパンチ三世
19区~命の価値は~
20/32

ただ一人の君のために

 白川の傷口から溢れだした血が床を濡らしていく。

「白川さん!」

 カナが声を上げたとほとんど同時に白川はゆっくりと地面に落ちた。


「んふふふふ!クローン風情が私の邪魔をするからですよ!本当に馬鹿ですねぇ」

 八代は今までで一番の笑い声をあげた。三流コメディを見ているような可笑しさと滑稽さが八代の心を満たしていく。


「お前……!」

 八代の方に振り返ったと同時に強い衝撃を体に受け宇佐美は吹き飛ばされる。

「がっ……」

 宇佐美の口から血が吐き出された。

 壁に叩きつけられた衝撃で壁が崩れる様はどれほどの衝撃で吹き飛ばされたかを容易に想像させた。

 

「あなたもよそ見はいけませんねぇ」

 八代の隠し持っていた鞭のようにしなる尾が宇佐美を吹き飛ばしたのだった。  

 尾を躍らせながら八代は笑っている。

「宇佐美さん!」

 カナの声に壁に叩きつけられた宇佐美から返事は無かった。

 最悪の予感がカナの頭をよぎる。


「さて、あなたにも死んでいただくとしましょうか……おっとその前に」

 八代の尾が伸びたかと思うと先ほど容器から解放され地面に転がっていた人間を五人ほどまとめて貫いた。そして八代はそれをおもむろに口に運び咀嚼するとボキボキ、グチャグチャと嫌な音が辺りに響いた。


「どうしてこんな……こんな事が出来るんですか!?」

 カナは吐き気に耐えながら八代を問い詰めた。

「分かりませんかねぇ?私はただ自分の技術や力を試したいんですよ」

 八代の尾が無事だった容器を貫き新しい人間を引きずり出した。当然のように八代の口に運ばれる。  

「そのために周りの人を傷つけてもですか!」

 許せなかった、カナはここまで誰かに対して敵意を抱いた事は無かった。

「当然ですね、自分の力を高めるためにはあらゆる犠牲を払わなければいけませんから!それをそこに転がっている失敗作のように小さい事にこだわるから前に進めないんですよ!」

 宇佐美に引きちぎられた八代の足は、新しい「栄養」を補充する事によって再生していた。


「女が一人いなくなったところで代わりを見つければよかった!あなたが襲われそうになった時もかばわなければ生きていられた!『命』とやらを大切に考えすぎなんですよ、あなたたちは!どうせ、人間なんて山ほどいるというのにたった一人に気を取られて……本当に愚かですよ!」

 口から赤いしぶきを吐き出しながら笑っている八代はもはや人間ではなく「怪物」という言葉以外では形容できない存在になっていた。

「狂ってる……」

 

「そうですかねぇ?私から見たらあなた方のほうが狂って見える。もう十分喚いたでしょう、そろそろ死んでください」


 その言葉と共に柩がこちらを向いた。

 銃口が向けられ発射音が響く。だが撃ちだされた弾丸は八代に命中し再生したばかりの足を一本吹き飛ばしていた。


「何?」

 八代が状況を判断するよりも柩は狂ったように弾丸を撃ちだす。

 声なき怒りを吐き出すよう殺意を込めて。

「自己判断プログラムは組み込んでいませんがねぇ?機械風情が……うっとおしい!」


 八代の鉤爪が柩のコクピットを貫きそのまま地面に叩きつける。

 柩は今度こそ完全にその機能を停止した。

「恭子さん……?」

 カナにはコクピットの装甲の亀裂から水滴のようなものが見えた。


「恭子ぉ?まさかあなたはその恭子とやらが私のシステムを拒否して柩を動かしたとでも?滑稽ですねぇ!もはや意識どころか死にかけの人間に何ができるというんですか!」


 カナは悔しかった。せめて一発ひっぱたいてやりたいと思ったがそれが自分の力ではかなわない願いだと知っていた。


「さあ!今度こそ死ーー」

 八代の振り上げた鉤爪を飛んできた大きな破片が弾き飛ばした。


「その辺にしとけよ」

 声の主は宇佐美だった。

 頭から血を流し、体の至る所に赤いシミができている。

「くたばり損ないが……そんな体で何ができるというんです?」

 八代の問いに答えず宇佐美は自分の倍はある壁の破片を掴み上げ、八代に投げつける。


「まさかそれだけの力が残っているとは……」

 八代が破片を砕いた。

 砕いた破片が作った煙が晴れるともうそこに宇佐美の姿は無かった。


「遅い」

 宇佐美はすでに八代の足元にいたおもむろに八代の足を引きちぎった。今度は一本も残さないように。


「馬鹿な……そんな体で!お前は一体……!?」

 

「関係ないだろ?お前はもう死ぬんだから」

 宇佐美は機械のように無感情に淡々と八代の足をもぎ取っていく。

「ふっ……ふざけるな!」

 八代の尾が宇佐美に向かって伸びる。

 宇佐美は難なくその尾の一撃を躱すと素手で尾を掴み力いっぱい引きちぎった。


「う……ぐああああ!」

 八代は痛みに悶え苦しみ床の上で足が無くなった巨体を転げまわす。

 尾は鉤爪と違いより自由に動かすために神経が集中していた。それを引きちぎられるという事は八代にとって両手両足を麻酔なしで切断されるのと同じ程の痛みだった。

「なんだ、こっちも脆いのか」

 引きちぎった尻尾を地面に投げ捨て宇佐美は八代の方へ歩きだす。

「ぐうう……誰か!誰かいないのですか!?……くそっ!!どいつもこいつも役立たずがぁ!」

 八代の呼びかけに答えるものは誰もいなかった。

 気付くとすでに宇佐美は八代の目の前に立っていた。


「まっ待ってくださいよ、そうだ!目的は私の鍵なんでしょう?差し上げます!私の上着に入っています!だから……」

 足も武器もすべて失い身動きも取れず抵抗すらできない八代はやっと必死になった。そこに先ほどまでの余裕はない。


「なぁ八代……命ってのは等しく価値があるんだよ」

 宇佐美はしゃがみ八代に目線を合わせた。

「はいっ!肝に銘じておきます」

 八代は助かったと思った。

 こいつらはどいつもこいつも「命」とやらを大事にする甘ちゃんだと。


 そんな八代にそっと宇佐美はつぶやいた。

「でもな、たまにいるんだよお前みたいな『価値の無い命』ってのはさ」

 この時の宇佐美の顔を八代はたとえ百回生まれ変わったとしても忘れることは無いだろう。

「私を殺したところでーー」

 宇佐美は最後の言葉すら言わせなかった。


「お前は命乞いする事すらおこがましいよ」

 宇佐美の放った銃弾は異形の頭を粉々に破壊した。

 吹き飛ばされた脳や血液、眼球が地面を彩った。


 八代の体が元に戻っていく。

 先ほどの言葉どおりに八代の上着に鍵は入っていた。

 

 鍵を取って宇佐美はカナ達の方に向かった。


「宇佐美さん!血が……血が止まりません」

 白川がもう助からないのは誰の目から見ても明らかだった。

 肩からわき腹にかけて大きく切り裂かれ血が流れ出している。

 もう白川は呼吸をするのもつらいだろう。


「ありがとう……ございます……敵をとってくれて……ごほっ!」

 白川の口から血があふれだす。

「いいんだ、気にするな」

 もう宇佐美にできることは白川の言葉を最後まで聞き届ける事だけだった。

 それはカナも分かっているようだ。


「僕は……結局何も……何も助けれなかった……」

 虚ろな目で白川は天井を見上げている。

「白川さんは私を助けてくれたじゃないですか!」

 カナの目から流れ出した涙が地面に落ちる。

「違うんです……カナさんを助けたいという気持ちもあったと思います……でも本当はただ『彼女』を人殺しに何てしたくなかった……」

 その言葉を聞いて宇佐美は柩の方へ歩いて行ってしまった。


「……僕は、結局自分勝手な考えしか持ってなかったんです……僕はやっぱり人間なんかじゃ無かったんですよ」

 白川は静かに目を閉じた。

「それは違うな」

 宇佐美は柩の中から恭子を助け出していた。

 すでに息は無かったが静かに白川の隣に寝かせる。

 白川は再び目を開いた。

「お前はここにいた誰よりも強く優しかった、お前がクローンだろうが本物だろうが『白川秀樹」なら同じことをしたはずだ。それにたった一人の女をそこまで愛せるなんてな……中々出来る事じゃないお前はカナを守っただけじゃない、彼女を人殺しにさせなかったんだ。お前は『強く優しい彼女』を守ったんだ」


(お前はすごいよ白川……俺なんかよりもな……)


「ありがとうございます……宇佐美さん……」

 白川は最後の力を振り絞りもうほとんど感覚の無くなった手で恭子の頬をなでる。


「約束したから……映画に行こうって……海に行こうって……」

 白川がそう言うともう息の無いはずの恭子の目から涙がこぼれた。

「ごめん……恭子さん……約束守れなくなっちゃうなぁ……」

 静かに白川は目を閉じる。 


 僕は君に何かできただろうか。

 君にもらった幸福な日々の十分の一でも返せただろうか? 

 

「何言ってんの!」

 白川の前には恭子が立っていた。以前と何一つ変わらない笑顔で。

「恭子さん……?」

 突然の事で白川は戸惑う。

「私も幸せだったからお互い様でしょ!海とか映画は後でぜーったい連れてってもらうから!」

 

「うん……必ず行こう……」

 白川の目から涙があふれだす。

「当然!てか久しぶりに帰って来たんだよ?泣く前になんかいう事あるでしょ?」

 白川は涙を拭い、今度こそ本当の笑顔で恭子と向き合った。 

「……お帰り、恭子」


「ただいま……秀樹」


 二人は静かに抱き合う。

 僕はやっぱり恭子さんの事が大好きだ。ほかの誰でもないただ一人の君が。



「うっ……あ……ひぐっ……」

 カナは涙を止められなかった。その涙がしばらく止まることは無いというほど泣いていた。

 白川は薄く笑みを浮かべ、こと切れていた。


「カナ、ここであった事を忘れるな何一つな」

 宇佐美はそう言ってカナの頭を撫でようとした。だがその手がカナの頭を撫でる事は無かった。

「はい……!」

 突然爆発音とともに建物が震えだす。

「まずいな……崩れるぞ、カナ……行くぞ」


「はい……」


 カナを背負い宇佐美は壁に開いていた穴から外に飛び出す。

 宇佐美たちが飛び出してすぐに建物が爆発し、崩れていく。

 建物だけではなく島の施設のあちこちで爆発が起こり次々と建物が炎に飲み込まれていく。

 あのおぞましい部屋も忌まわしい記憶も何もかも崩れていく。

 そして降り注ぐ瓦礫が白川たちの墓標となった。

「さようなら白川さん……」

 

 カナは忘れない。

 ここであったことを。

 命の価値を。

 ただ一人の相手を思いやり愛し合ったあの二人の事を。


19区~命の価値は~ 鍵残数 18


























 夢の島 指令棟 統括官室 「人間の畑」が爆発するより少し前


「はあ……はあ…」

 保存カプセルから八代が出てきた。

「強かったですね……予備のクローンを作っておいて正解でした……ふふふだから殺したところで無駄だと言おうとしたんですがねぇ……」

 八代は笑いながら近くにあった机に拳を叩きつけた。

「あの宇佐美とか言う男……必ず殺す……!」

 ぎりぎりと八代は歯をかみしめる。

 管制室に勇んで入る。

「今すぐあいつらをとらえろ!」

 だが誰からも返事は無かった。正確には答えられなかった。

 管制室にいた全員が息絶えていた。

 首を切り裂かれ一撃で仕留められている。

 モニターには、様々な施設で死んでいる兵士達の姿が写し出されていた。


「なっ!これは……」

 あれだけの騒ぎが起きても、自分の呼びかけに兵士が誰も答えない理由を八代は理解した。


「しかし……いったい誰が?」

 曲がりなりにも訓練を受け銃を持った百人はいる兵士を殺しうる人間を八代は知らない。

「ああ!お疲れっス!」

 見るとオペレーターの席に見た事のある女が座っていた。

「お前は情報を流した……!」

 すでにこの区から立ち去ったはずの女の存在に八代は驚く。

「いやぁ、あんだけ情報を渡しておいて負けるとかありえなくないスか?」

 肩をすくめ女は呆れている。

「ふざけるな!なんだあの強さは!聞いていないぞ、人外化した体を引きちぎるだなんて!」


「あれは驚いたっスね!おかげでいいデータが取れました!」

 女は手に持っていたディスクをプラプラと揺らす。

「それにこの有様は何なんだ!」

 

「余計な茶々入れられちゃ困るんで片付けましたっス!」

 女はにこにこと笑っている。

「とにかく奴は私が殺す!増員を……」

 

「何言ってんスか?あんたはもう用済みっス」


「何?」

 その言葉を聞いて八代は震えだした。

「雑魚にもう用はないっス、さっさと消えちゃってくださいっス」

 手で埃をはらうようなジェスチャーを女は取っている。

「研究は……研究はどうなる!」

 研究は八代にとって全てだった、それを失う事は八代には死ぬことも一緒だった。

「こっちで引き継ぐんで!お疲れーっス」

「ふざけるなぁ!」

 背を向けて歩き出した女に八代は腕を振り上げ渾身の力を込めて振り下ろした。

 だが振り下ろした腕が女に届く事は無かった。

「ぎゃあああああああああああ!」

 八代の右腕は体から離れ地面にゴミのように捨てられていた。


「サンキューっス!37番ちゃん」


「……」

 血の滴るナイフを持った年端も行かない少女が八代の腕を切り落としたのだった。

 少女のナイフによる切り口は他の兵士たちに付いているものと酷似していた。

「お前ら!皆殺しにーー」

 白川が何か言うよりも早く少女のナイフが八代の喉笛を切り裂いた。

 ひゅう、ひゅうという耳障りな音が八代の喉から聞こえてくる

 白川は血を飛び散らせながら地面に落ちた。



「さてと……データもあるだけ取ったしもう用はないっス」

 女はカチリと手に持っていたスイッチを入れる。

 島のあちこちで爆発が起こる。


「これだけの量を準備するのは大変でしたっス!じゃお元気で!」

 

「ま……」

八代の最期の声は誰にも届かなかった。

 二人が出てすぐ管制室は炎に包まれた。


「さて、次はどんな感じで行くっスかね!」

 炎が噴き出す島を背中に二人は夜明け前の町に消えて行った。

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