生は誰かの犠牲の上に
八代の巨大な鉤爪の付いた足が振りおろされる。
宇佐美が先ほどまでいた床が砕け散り、粉々になる。
「どうしました?逃げてばかりじゃ私は倒せませんよ!」
八代の声は巨大化したからか更に鳥肌の立つ声になっていた。
「んふふふふ!やはりこの力は素晴らしいですねぇ!」
巨大な鉤爪が宇佐美に向かって何度も振り下ろされる。
人間の入った容器や壁すらも安々と砕いている。
砕かれた容器からは人間がまるで雨のように降り注ぎ、地面に赤いシミを作っていく。
「破銃とやらが普通ではない事は知っていますからねぇ!なるべく食らわないようにすればいい!」
八代は六本の足を折り曲げるや否や天井へと高く飛んだ。天井に張り付いた八代の口から糸が吐きだされ宇佐美を襲う。
「ちいっ……」
糸をなんとか躱した宇佐美が視線をやると、カナや白川はまだ動けずにその場に留まっていた。
「何やってる!どっか隠れてろ!」
「は、はい!」
宇佐美の声でようやくカナは動き出し、動けずにいる白川を連れて壊れた柩の陰に隠れた。
この部屋は他に障害物も隠れられそうな場所も無かったのだ。
八代の鉤爪の横振りが宇佐美の目の前をかすめる。すぐさま二本目の鉤爪が振り下ろされる。宇佐美はどうにか銃でそれを受け止めた。
「ぐっっ……!」
宇佐美の体に凄まじい力が上からかかり腕、足、体、そのすべてがきしみ悲鳴を上げる。
「おお!まさか受け止めるとは……やはり破銃を持っていると普通の人間とは違いますねぇ!」
宇佐美に八代のおしゃべりに付き合うほどの余裕は無かった。
少しでも気を抜けば自分の体が地面に散らばる砕けた床のようになることを宇佐美は理解していた。
「どうしました?限界ですか?」
八代はまるで小さな虫を指先でゆっくりと押しつぶすように宇佐美にかける力を上げていく。
「うる……せえ!」
すでに膝を付かされていた宇佐美は渾身の力を込め、何とか鉤爪を振り払い八代から距離を取った。
「はっ……はっ……」
宇佐美は肩で息をしていた。すでに全身の力が抜けてしまい地面に倒れこみそうだった。
カナと白川は柩の陰に隠れたようだ。
もし八代と宇佐美の戦いに普通の人間がが巻き込まれれば一分と原型を保ってはいられないだろう。
「その力……『人外武装』とか言ったか?俺が前に見たのはそんなにでかくなったりはしなかったが?」
宇佐美は時間が欲しかった。少しでも失われた体力を回復させるために。
「それは『型』が違うからですよ。同じ姿になるものはまずありませんからねぇ」
宇佐美にとって八代の喋りたがりな性格は実に好都合だった、聞いたことを何でもペラペラと喋る。
「それから私もお聞きしたいんですがねぇ、あなたはなぜ銃を使わないんです?ただ嫌がらせで使わないわけではないでしょう?あなたの破銃の力は知りませんが、やはり強さに見合ったペナルティがあるんですか?」
「お前には関係ない」
宇佐美の言葉にはこれ以上踏み込ませまいとする強い否定の感情があった、
「ですよねえ、とにかくあなたが死んだらじっくり研究させてもらいますよ!」
そう言うや否や八代は糸を吐き出す。
前回よりも糸の量が多く襲い来る糸はまるで白い波のようだ。
宇佐美の体が糸に絡み取られる。
「ついに捕まえました!油断しましたねぇ!んふふふ!」
糸に縛られ動けなくなった宇佐美から八代の標的は貴重な実験体である白川に向けられた。
「あなたは後回しです、とりあえず白川の方も捕まえなければいけませんからね」
八代の口が大きく膨らむ。
「逃げろ!」
隠れている白川とカナに向かってに八代が糸を吐き出す。
宇佐見ですら捕まった糸を白川が自力でよけきれるはずはなかった。
「白川さん!」
カナが白川を突き飛ばし何とか難を逃れた。代わりに柩の機体が糸に飲み込まれていく。
「大丈夫ですか!?」
カナは倒れた白川を引き起こす。
「す、すいません……」
まださっきのショックが抜け切れていないのか白川は思うように体を動かせていない。
「邪魔をしないでください、それはかばった所で結局のところ作り物なんですよ?」
八代には理解できなかった。たかがクローンのためになぜカナが体を張れるのかの答えを八代は持ちえなかった。
「偽物とか、本物とか関係ありません!白川さんは白川さんです!!」
カナは逆に八代の事が理解できなかった。どうして目の前で話をし、悩み苦しんでいる白川を『作り物』等と無機質な言葉で片づけられるのかを。
「まったく……理解に苦しみますね」
呆れた八代がカナと白川に向かって糸を再度吐き出そうとした時だった。
突然八代がバランスを崩し地面に倒れた。
「な……にぃ!?」
自らの足が引きちぎられていることに八代が気づくのにそう時間はかからなかった。
「案外脆いんだな」
動けなくなっていたはずの宇佐美はすでに拘束から抜け出していた。八代の足を掴んで次々にブチブチと引きちぎる。
動けなくなった八代の眉間に宇佐見が銃口を押し付ける。
「まさかあれだけの量の糸からこうも早く脱出するとはねぇ……糸の量を増やすと動きを止めていられる時間が短くなるとは言ってももう少し動きを止めていられると思ったんですが」
地面に倒れこみ八代は驚いていた。
八代の言う通り、糸の量を増やすことによって吐き出せる範囲は広がるが粘着力は範囲を絞った方が大きかった。それでも並の人間がいくらもがいたところで脱出できるものではないのだが。
「足を四本も引きちぎったんだ、もう早くは動けないだろ?いくつか質問に答えてもらおうか?答えなきゃただ死ぬだけだ」
宇佐美は銃口を押し付ける強さを強めた、もし八代が情報を話す気がないならば即殺するつもりで。
「んふふ……いいでしょう何が聞きたいんです?」
八代は余裕を見せる、なぜ八代はこんな状況でこんな態度を取れるのか宇佐美は不思議だった、
「俺たちの情報を誰から聞いた?」
「ある女からですよ、名前すら分かりませんがね」
「ふざけるな……そんな奴の情報を信じたのか?」
名前も知らない女の言葉を軍が鵜呑みにするなどいくら何でもおかしかった。
「そいつは軍の関係者しか持っていないIDカードを持っていましたから、この島をはじめこの区の軍関係者は男しかいませんからねぇ、ずいぶんと部下たちが喜んでいたのを覚えていますし、いなくなる時は残念がっていましたねぇ」
八代の研究はあまりにも女性には酷な実験を繰り返していたため、八代は初めから男のみを兵士としていたためこの区にいる軍関係者は男だけだった。
もちろんこれは女性に気を使っての措置ではなく、八代が女性は男性よりも情を持ちやすく実験の妨げになるという偏見を持っていたためである。
「女……ねそいつがお前らに情報を渡したって事か……」
宇佐美の脳裏に一人の女が浮かぶ、あの得体のしれない女の顔が。
「彼女から情報を受けた時にちょうど白川のクローンも完成していましたからね、タイミングを見計らってあなたたちの前に送り出したんですよ」
「最後の質問だ、なんでお前らは破銃を集めてる?」
これこそが宇佐美の一番の疑問だった。
「なぜかって?私には分かりかねますね、んふふふふ」
それを八代は見抜いたのか不敵に笑っている
「そうか」
宇佐美は銃の引き金に力を込める。すでに宇佐美の中には八代を生かしておく理由がなくなった。
「ああ、最後にお伝えしておきたい事がありまして」
「なんだ?」
命乞いでもするつもりかーー
「私は、頭の中に特殊デバイスを仕込んでましてね?夢の島の設備や機兵の稼働状況の把握や電源のオンオフが可能なんですよ、普段は指令室にある設備を使ってますがね」
宇佐美の考えていた言葉とは全く違う言葉を八代は言った、
「それが?」
宇佐美は八代の意図が分からない。
「話は最後まで聞くものですよ……私は機兵の稼働状況が分かるといいましたよね?」
「まさか……!」
宇佐美の体から汗が噴き出した。宇佐美はカナと白川の方を見た。
「そう、あなたが先ほど倒した機兵がまだ動けるということを私は知っている」
八代の口が三日月のように裂ける。八代は笑った。
「カナ!白川!そこを離れろ!」
カナ達は糸に埋もれた柩の近くにいたのだ。
柩が糸の中からギギギと体をきしませながら起き上がった。
八代はカナ達に向かって糸を吐き出した時点ですでにこの策を講じていたのだ。
「念には念を……というやつですねぇ!んふふふふ!」
「くそっっ!」
宇佐美が急いで助けに向かおうとするが足が動かない。
足には八代の吐き出した糸が絡みついていた。
「よそ見はいけませんねぇ!この糸なら先ほどよりも長くあなたを止められる!」
「ちっ……!」
先ほどの糸よりも範囲を絞った代わりに強く宇佐美の足に糸は絡みつく。
「さあ!あなたの大事なお連れさんが真っ二つになる姿を見てください!」
八代がそう言うとカナに向かって柩のブレードが振り上げられる。
「あ……」
この時カナは死を感じずにはいられなかった。
「やめろぉぉぉぉ!」
白川の声と共にカナの体に衝撃が走り床に倒れた。
どうやら白川がカナを突き飛ばしたようだ。
「死んで……ない……?あ、ありがとうござーー」
カナは言葉を失った。
「ふむ、やはり失敗作でしたね……予想外の行動をとりすぎる」
静かに八代は呆れていた。
「ごふっっ……」
吐き出された血が赤く床を濡らす。
「白川さん……?」
振り下ろされたブレードは白川の体を切り裂いていた。




