悪夢の始まり
「じゃあ、行きましょうか」
白川は荷物とやる気の準備ができたようだ。
すでに靴を履いて玄関に立っている。
「カナ、準備できたか?」
「はい!いつでも行けます!」
カナは一晩寝て体調がある程度回復したようだ。
奥の部屋から勢いよく飛び出してきた。
外に出ると日差しが強く今日も暑くなることが容易に想像できた。
「あの……コートは脱がないんですか?」
白川が宇佐美に恐る恐る聞いた。
「いや、このままで大丈夫だ」
答える宇佐美の後ろで当然と言えば当然の疑問だろうとカナは思っていた。
「そうですか、今日も暑くなりそうだったので……」
「俺は大丈夫だ行こう」
宇佐美がそう言ったのを合図に三人は町へ出た。
町は相変わらず賑わっていた。
明るい昼だからだろうかこの町が狂っているという証拠をそこかしこに見つける。
壁に飛び散った血痕。
道路にできた血だまりの跡。
極めつけは壁に貼られたポスターだ。
「後処理は自分で!」
その文と共に人間がゴミ箱に人間を押し込んでいる絵が添えられている。
この狂った状況の中にいると周りがおかしいのか自分がおかしいのか宇佐美とカナは分からなくなってきていた。
あまりにもこの町は「人を殺す」ということに抵抗がなさすぎる。
「よう白川!今日は珍しいメンバーだな」
道を歩いていると三人の男たちが声をかけてきた。
「まあね、ちょっとした知り合いなんだ」
三人はどうやら白川の知り合いらしかった。他愛ない会話をすこししてから三人は去っていった。
「お友達ですか?」
カナが聞くと白川は嬉しそうに答えた。
「まあ、幼馴染みたいな感じで長い付き合いなんです」
白川にとって彼女を探している間の心の支えは友人達だけだった。
「白川さん、あれは何のお店ですか?」
カナの視線の先には、「人」と書かれた看板がある。
「ああ……あれは『人屋』ですよ。人を売ってるんです」
「人をですか!?」
カナが驚くのも無理はない事だった。
ここには人を不快にさせる物で溢れているようだ。
「この町で人は商品です……日用品と同じ扱いですよなんですよ、入ってみますか?」
白川は冗談らしく言った。
「まさかそんな入るわけ……」
カナが笑いながら断ろうとした時だった。
「行ってみるか」
宇佐美は店に向かって歩き出していた。
店の中には老若男女問わずたくさんの人間が真空パック詰めされて置かれていた。
値段はどれも十~二十万ほどだった。
「……」
カナと白川は何も言わない。
宇佐美は店内をじっくりと見回している。
外に出ててからの宇佐美を見る二人の視線は厳しかった。
「二人ともどうしたんだ?」
「宇佐美さん……なんだってあんなとこに……」
カナが白川と自分の思いを代表して聞いた。
「なるほど、俺もやばい奴なんじゃないかって思えてきたのか?」
白川とカナは沈黙で宇佐美の質問に答えた。
「何事も直接自分の目で見るのが一番いいんだ、だからそんな目で見るなよ……」
ひとまず宇佐美の説明に二人は納得した。
「誰もおかしいとは思わないんですか?この状況を」
カナは白川に聞いた。
「思っている人もいるかもしれません……でも、おかしいと思っても行動に移せる人はいませんよ。少し話過ぎましたね。行きましょう」
白川に案内され町を見て回る。
美術館や科学館に加え巨大な観覧車まである。
「あそこが軍の本部が置かれている場所です」
白川が指をさした場所は水上に浮かぶ島だった。
「あそこに研究施設等があります。あの場所は『夢の島』と呼ばれ、人類の夢を叶える場所と噂されていてます。警備は厳重で一般人の立ち入りは厳しく制限されてますが」
「夢の島……クローンを大量に作る事が人類の夢……か」
人類の夢の結果がこの町だとしたら、人類に未来は無いと宇佐美は思わずにはいられなかった。
「あの公園で少し休みましょうか、」
太陽が高く昇りコンクリートを焦がすほどの輝きを放っている。
「宇佐美さん、これで飲み物を買ってきてもらえますか?少し気持ち悪くて……」
そう言って白川は宇佐美に小銭を渡してきた。
確かに顔も青ざめ白川は気分が悪そうだ。
「じゃあ、飲み物を買ってくる」
宇佐美は自販機を探して歩き出した。
「白川さん……よければ聞かせてくれませんか?彼女さんの事……昨日聞こえてしまって……ごめんなさい」
宇佐美がいなくなった白川と二人になったカナは昨日聞こえてきた会話を思い出す。
「いいですよ、気にしないでください」
白川は快く教えてくれた。
「彼女は、深山恭子と言ってバイト先で知り合ったんです。いつも仕事で失敗ばかりしている僕を励ましてくれる明るくて強い人でした。それである日お礼を兼ねて食事に誘ったんです。そしたら行こうって言ってくれて。まさか来てくれるなんて思わなかったのでとても嬉しかったのを覚えています」
懐かしい日々を思い出すように白川は話している。
「それで?どうなったんですか?」
カナはなんだかドキドキしてきていた。
こんな話を直接聞くのは初めてだった。
「それで、何度か会うようになって覚悟を決めて告白したんです。そしたら、いいよって言われて……」
白川は顔を赤くしている。
カナは自分でもよく分からないが顔が赤くなってきたのが分かった。
「そこからは、毎日が最高の日々でしたよ。でも、半年前にお父さんの借金があるからクローン研究に参加すると言って……今まではクローンになんか興味もなかった人だったんです。でもお金が必要だからって……」
先ほどまでとは、打って変わって白川は辛そうだ。
「でも、クローンを作ったら帰ってくるんじゃないんですか?」
「本当はそうなんですが……彼女は帰ってきませんでした。あの時僕がしっかり止めてれば……!」
唇をかみしめ白川は悔しさをにじませる。
「だから僕は彼女を取り返すためにも命をかけます。宇佐美さんの言っていたように」
「一緒に頑張りましょう!」
ふと気付くと周りを兵士に囲まれている。
「時間だな……おい、こいつが例の奴らで合ってるか?」
リーダー格らしき男が部下に確認を取っている。
「いえ、女の方は合ってますが男の方は違います」
兵士たちは写真と私たちを見比べているようだ。
「なんの用ですか?」
白川の質問に兵士たちは答えない。
「まあいい、一緒に来てもらおうか。抵抗するなら……わかるだろ?」
白川とカナは両腕を掴まれ引き上げられる。
「何をするんですかやめてください!」
白川がそう言った次の瞬間には白川の腹に兵士の拳がめり込んでいた。
「うるさい奴だ……こいつにも来てもらわなきゃな。さてもう片方の男は……」
「おい」
兵士達とカナが声の方を向くと宇佐美が立っていた。
「奴が写真の男です!」
兵士の一人が宇佐美を見て叫んだ。
「なんの用かは知らんが、そいつらから離れろ」
「用があるんでな、一緒に来てもらおうか」
そう言ってリーダー格の兵士は銃口をカナのこめかみに押し付けた。
冷たい鉄の温度がカナに伝わってくる。
「人質か……まあいい連れてけよ、どこに行くんだ?」
宇佐美の力を持ってしても銃の引き金が引かれるよりも早くカナ達を助けるのは不可能だった。
「あそこに見える本部に来てもらう」
兵士達は三人を連れて夢の島に向かって歩き出した。




