命作る町
「大丈夫ですか?水持ってきましたよ、今日はお二人とも泊まっていってください」
白川が水を持ってきた。
さっきの衝撃が抜け切らずカナは白川の家に着いてから横になったままだ。
「カナ、水はここに置いておく。今日はもう休め」
宇佐美は白川から受け取った水をカナの枕元に置いた。
「すいません……」
力なくカナが答えた。
白川と二人で部屋を変え宇佐美は改めてこの区について質問する。
「それで?この区はどういう状況に置かれてるんだ?」
テーブルを挟み二人は向かい合う。
「この区はほかの区と同様に管理官二人と統括官がいます。そしてこの区の一番大きな特徴は軍の研究施設があることです」
白川はお茶を宇佐美に差し出した。
「ありがとう、研究施設か……何を研究しているか分かるか?」
そう言って宇佐美はお茶を一口飲む。
「はい……クローンの研究をしています」
白川の顔に影が差す。あまり話したい内容ではないようだった。
「クローン?そういえば『スペア』がどうとか言ってたな?あれが何か関係あるのか?」
「はい、スペアとは文字どおりその人の予備と言えば良いんでしょうか……」
白川はどうやら上手く説明する自信が無いらしく、どう伝えればいいのか悩んでいるようだった。
「お前の知っている範囲で構わない教えてくれ」
宇佐美は楽に話してくれ、という意味合いを込めて声をかけた。
「わかりました……この区では今の統括官が就任した頃から、クローン技術の治験者を募り始めました。この区は元々あまり財政状況がよくなくて……それで沢山の人が治験に参加しました」
「それで?治験はどうなった?」
「クローン実験は成功し、本人と99.8%同じ人間を作ることに成功しました。実験の結果は医療などの分野に生かされることが期待されました。そして治験に参加した人たちも帰ってきて全てはそれで終わるはずでした……」
白川は手を強く握りしめている。
「はず?何があったんだ?」
「狂いだしたのはそのころからです。クローンを作って急な病や事故に備えようと軍が言い出しました。自分のクローンを作っていれば、事故や病気の時に仕事や学校に行ってもらえますし、移植の時も自分とほぼ同じ体から移植してもらえれば拒絶反応も起こりにくいですから……」
「なるほどな……だがクローンを作るのだって安くないだろ?」
一応筋は通っていると宇佐美は感じた。だがクローンを作るのは決して安い物ではない、というのが宇佐美の認識だった。
「それがそうでもないんです。無料で作ってくれるだけじゃなく実験に参加した事で協力金も出るんですよ、だからこそたくさんの人がクローンを作りこの区の70%の人間はクローンを作ったと軍は発表しました」
ここから白川の表情がなお一層暗くなった。
「そして、あの事件が起きました……殺人事件があったんです、口論の末に男がもう片方の男を殺してしまったんです……ですが殺された方の男がクローンを作っていたので軍は殺した男を罪には問いませんでした。代わりがいるから大丈夫だと言って」
「それからです、この区では人を殺してもすぐに代わり、つまり『スペア』が来るんです。記憶も性格も小さな癖から何から何まで同じ人間が。だからみんな簡単に人を殺すんですよ……さっき見た大きなごみ箱は人を入れるための物なんです……」
白川は言い終わってから、暗く沈んだ顔を見せた。
「この区の状況は大体分かった、で?お前はクローンを作ってるのか?」
今の説明を聞いている限り白川がクローンを肯定していると宇佐美には思えなかった。
「いいえ、僕は作っていません……周りの人と同じように命に無頓着になってしまう気がして……それに彼女との約束ですから」
ここでようやく白川はかすかに笑ったように見えた。
「最後に二つほど質問がある。まず一つ目は統括官の特徴だ」
「統括官は八代孝明という長髪で背があまり大きくない男です。軍服の上に白衣を着てますね、前にテレビで見ました」
「分かった、じゃあ最後の質問だ。お前何でこんなに色々教えてくれるんだ?いくら助けたといえ家に招き、情報をここまでくれるのは何故だ?」
宇佐美は少し圧を強めて言葉出した。
はじめ白川は黙っていたが少ししてようやく口を開いた。
「……僕には彼女がいたんです……僕なんかにはもったいないくらい素敵な人でした。付き合い始めてから半年程して彼女のお父さんが借金を作ってしまい、その返済のためにクローンを作って協力金をもらうと言って出て行ったきり帰ってこないんです……」
白川はうつむいたままだ。
「軍の施設に聞きに行ったのか?まさかそのままって事は無いだろうな?」
宇佐美の言葉に白川は顔を上げた。
「行きました!でもすぐに追い返されて……今日はその帰りだったんです。そんな時にいきなり絡まれてもう終わりだと思いました……そんな時あなた方に救われて……」
「だから嬉しかったんです、この町にまだそんな人がいたことが……」
「それで協力してくれたのか」
「それだけじゃないです。あなたは統括官をどうするつもりなんですか?」
「どうもしない、少し用事があるだけだ」
前回の反省を踏まえておいそれと目的を明かすことはできない。
宇佐美は適当にはぐらかした。
「なら、会ったついでに聞いて欲しいんです!彼女のことについて」
白川は机に頭をぶつけそうなほどの勢いで頭を下げた。
「統括官には会わせてやるから自分で聞け、それはお前の仕事だ」
宇佐美は腕を組み、きっぱりと断った。
「そんな……!」
「惚れた女には命を懸けろ、相手にそれだけの価値があると思うならな」
宇佐美の声には甘えを許さない力が込められていた。
「……僕が甘かったみたいです。やります、僕の命をかけるだけの価値が彼女にはありますから」
白川の覚悟は決まったようだ。
まっすぐに宇佐美の目を見る。
「俺みたいな考え方は今は古いのかもしれないがな軽い事じゃないんだ誰かを好きになるってのは……お前にはそれを分かってほしかった」
宇佐美は気恥ずかしそうに頭をかいた。
「いえ……宇佐美さんのおかげで大切なことに気付かされました。ありがとうございます」
白川はもう一度頭を下げた。
「とりあえず動くのは明日からだ、今日は色々とすまなかったな」
「それじゃあ、明日からよろしくお願いします。寝る場所は僕のベットをお貸しします」
「いや、ソファーでいい。ゆっくり休んでくれ」
白川が部屋を出て行ったあと宇佐美はソファーに寝転んだ。
あれこれと考える前に宇佐美は眠りに落ちて行った




