表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破銃  作者: ネコパンチ三世
19区~命の価値は~
12/32

地獄の蓋はすぐそこに

5月26日 19区 


「うーさーみーさーん」

たまらずカナは宇佐美に声をかけた。なんだかんだと二日歩き続けている。

「なんだ?」

 少し前を歩いていた宇佐美が振り返る。カナとは違い疲れている様子は無い。

「今、どこに向かってるんですか?22区を出てもう二日移動してますけど」

 こう暑くてはどこに向かっているのかくらい分からなければカナは精神的にきつかった。


「19区の中心に向かってる。22区から近いし効率よく区を回るなら次は19区がいいからな」

 足を止め宇佐美は答えた。

「19区にはもう入ってるんですか?」

 

「ああ、一応な。でも中心の町まではもう少しある」

 また二人は黙々と歩き続ける。

 すると町が見えてきた。中心の町程の大きさではないようだがそれなりに大きな町のようだ。


「ここらで休憩にするか、このペースなら今日の夜には中心の町に行ける」

「はい!休みましょう!さあさあ早く!」

 カナは喉が渇きすぎて正直きつかった。すでに口の中はカラカラだった。 

(なんで宇佐美さんは平気なのだろう……?)

 ふとカナの頭に疑問が浮かぶが疲れ切った頭が悲鳴を上げたためすぐに考えるのをやめた。

 適当な店に入り座る。

 店内は冷房が効いておりとても涼しく気持ちよかった。


「いらっしゃいませ」

 女の店員がやってきてメニューと水を持ってきた。


 カナは宇佐美に水を渡した後すかさず自分の分のコップを取り勢いよく水を流し込む。

「宇佐美さん……これが体に染み渡るって感覚ですね!」

 カナは水が体の中を流れて行くのがわかった。


「大げさだな、でもまぁ美味いな」

 宇佐美も一口水を飲む。


「そうだ、ずっと聞きたかったんですけど」

 すでに一杯目を飲み干したカナが二杯目を注ぎながら宇佐美に聞いた。

「なんだ?」


「宇佐美さんが切島と戦っている時に言ってたじゃないですか、お前は『何』を持ってかれてる?ってあれどういう意味なんです?」

 カナはずっと疑問だった。

 切島の持っていた破銃と呼ばれる武器はどう見たって普通では無い。

 加えて切島のあの言動や態度の変化……そして宇佐美の言葉。

「お前は何を持ってかれてる?」

 あの冗談みたいな武器を扱うには何らかのリスクがあるとカナは思えてならなかった。


「……カナ、切島の話し方や性格がどういう風に見えた?ただのいかれた奴だと思ったか?」

 宇佐美はカナの方をまっすぐ見ている。

「うーん……情緒不安定だとは思いましたけど……」

 カナはいつか見た本の言葉を使ってみた。

「ずいぶんと難しい言葉知ってるな、だがそんな感じで合ってる……奴はな、人間性を持ってかれてたんだ。情緒不安定や攻撃性の上昇は人間性の欠落によるものだと思う」

 

「人間性って……まさか破銃を使っていたからですか?」


「そうだ……こいつが壊すのは何も相手だけじゃない」

 そう言って宇佐美は自分の懐にしまっている破銃を指さす。

「え……じゃあ宇佐美さんは……『何』を持ってかれてるんですか?」

 カナの知る限りすでに宇佐美は三発の弾丸を使っているが特にこれといって宇佐美に変化は見えない。

「お前は気にしなくていい」

 そう言うと、宇佐美は窓の外に視線を向け黙り込んでしまった。


(聞いちゃいけなかったかな……)

 カナが自分のうかつさを悔やんでいる時だった。


「てめぇ、何してんだよ!」

 突然怒声が響いた。


 先ほどの女の店員が男性客に怒鳴り散らされていた。

 どうやら水をこぼしてしまったらしい。  

「どうしてくれんだよ!びしょびしょじゃねえか!」

 男性客の怒りは全く収まらない。

「申し訳ありません!今……」

 女が頭を下げ男の服を拭こうとした時だった。

「もういいよ謝らなくて」

 男はポケットからナイフを取り出すと不意に女の首を切りつけた。

 女の首から溢れる血が地面を濡らしていく。そのまま女は地面に崩れ落ち体を少し痙攣させ動かなくなった。


 カナは声も出せずにいた。あまりにも自然に人が死んだ驚きと恐怖そしてそれ以上の違和感を感じた。


 

 店内はなんの変化もない。悲鳴の一つも上がらなければ逃げ出す人もいない。

 この店の客たちにとって人が死ぬのは息をするのと同じくらい当たり前の事のようだ。

 カナは目の前の景色が歪んで見えていた。


 店の奥から店長らしき男が現れた。

「お客様大変申し訳ありません。ただいま片付けますので」

 頭を下げ他の店員を呼び片づけを命じる。

「ったく、早くしてくれよ」

 男は悪びれる様子も無くハンバーグをほうばっている。

 店の奥から店員が出てきて女のの死体をずるずると引きずっていく。

 血の跡を拭き終わってから、レジの近くで店長らしき人と店員が話しているのが聞こえてくる。


「店長どうします?今人数減るのはまずいですね」

「しょうがないな、明日は休みにして代わりを入れないとな、次は『スペア』も込みで少し多めに」

 二人は無機質に話している。すでに死んだ女の事などすでに気にしていない。


 カナはこの狂った状況を全く理解できずにいた。知っている限りの知識や経験だけではこの状況を説明できない。


「カナ、行くぞ」

 ふいに宇佐美さんの声が聞こえる。

 

「っ……あ……はい……」

 さっきまで潤っていたはずのカナの喉はもうカラカラになっていた。


 道を歩きがらさっきの出来事について話す。

 

「宇佐美さん……さっきのは……?」

 店を出てからカナは体が震えだした。


「まだわからんがあれがこの区の特徴らしいな」

 宇佐美も嫌悪感をあらわにする。

「ここ、かなり危ないところなんじゃ?」

「かもしれないな、とりあえず中心の町に行くぞ」

 二人は足早に歩き出した。

 

 日が落ち切る前に二人は中心の町に入ることができた。

 町はにぎわいっておりとても楽しそうに見えた。

 先ほどの事さえなければ。


 町を見回すとカナの見慣れたごみ箱の横にひときわ大きなごみ箱があった。

(あれ……なんだろう?)

 

「うわぁ!」

 声のした方を見ると二人の男が言い合いをしており片方の気弱そうな男が一方的に殴られている。


「おまえ、わざとぶつかったんだろうが!」

 酔っているような男は気弱そうな男の胸倉を掴んで一方的に攻め立てる。

「そんな……そっちが向かってきたんじゃないですか」

 気弱そうな男は困惑している。どうやら一方的に因縁を付けられたらしかった。

「うるせえ!」

 酔った男がナイフを突きつける。

「なっ……!」


「どうせお前も『スペア』なんだろ!なら死んだって構わねぇ!すぐ代わりが来るからなぁ!」

 男はどうやら本気らしい。

 カナが止めに行こうとすると宇佐美がそれを遮った。

「俺が行ってくる、お前は待ってろ」

 宇佐美は二人の元へ歩いていく。


「なんだてめぇ!」

 男はナイフを近づいてきた宇佐美に向けた。


「何があったか知らんが、その辺にしとけ」

「うるせえ!邪魔すんならてめえも殺すぞ!」

 男はナイフを振りかざし、宇佐美に向かう。

 一瞬だった。あっという間に男は地面に組み伏せられていた。


「酒臭いな……ほどほどにしとけよ、あとナイフの使い方が下手だな」


「そうですね……へへへ……すいませんでしたぁ!」

 宇佐美が手を放すとそう言って男は逃げて行った。


「ありがとうございます……おかげで助かりました……」

 気弱そうな男が深々と頭を下げた。

「気にするな、礼をするならあの子に言ってくれ」

 宇佐美はこっちに向かってくるカナを指さす。

「ありがとう」

 カナに気弱そうな男は改めて頭を下げた。

「いえ!わたしは何も……」

 まっすぐに感謝の意を示され照れくさそうにカナは笑う。

「もしよろしければ、家に来ませんか?近いんでお礼をしたいんです」


「少し邪魔するとしようか聞きたい事がいくつかある、ああ紹介が遅れたな俺は宇佐美だ。」


「私は、カナです!」


「申し遅れました、僕は白川秀樹と言います。質問ですか?分かりました、僕が答えられる範囲でよければ」

 白川は線の細い少し気は弱そうだが真面目で誠実そうな男だ。

 宇佐美は歩きながらこの区について聞いてみた。


「この区はどうなってる?兵士が一般人を殺すならまだしも、ああも簡単に相手を殺そうとするとはどういう事だ?さっきの奴は酔っていたが間違いなくお前を殺す気だった」


「この区では命に価値なんてないんですよ……」

 白川の顔は暗く沈んでいる

「どういう事だ?」

 

「見た方が早いですよ……あまりお勧めはできませんが……」

 そう言って、白川は道のわきにあるゴミ箱を見る。

 先ほどカナが見たものと同じで町中にたくさんあったものと同じ型だ。


「分かった」

 宇佐美はゴミ箱に近付き蓋を開けた。

 カナのいる位置からは陰になってしまいよく見えない。

 宇佐美はゴミ箱を閉めて戻ってきた。


「なるほどな……想像以上だ」

 宇佐美は顔を曇らせる。


 カナは、ゴミ箱の中身が気になりゴミ箱に駆け寄り蓋を開けた。


「よせ!」

 宇佐美の止める声は間に合わなかった。


 カナは自分の開けたゴミ箱の蓋が地獄の蓋だと開けてから気付いた。

 胃の中身をカナは道の脇の草むらににぶちまける。

 なんとか止めたかったが込みあがる吐き気をカナは抑えられなかった。


「カナ……ゆっくりでいい、落ち着け」

 宇佐美がカナの背中をゆっくりさする。

「宇佐美さん……ごめんなさい……」

「大丈夫ですか!?家はもうすぐです!さあ早く!」

 宇佐美に抱きかかえられながらカナは思い出してしまっていた。


 さっき自分が見た光景を。嗅いだ匂いを。

 自分を見つめるいくつもの目を。


 そこに地獄は確かにあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ