外れ値電波少女
授業中って眠くなりますよね。
今回は久しぶりに真面目に授業を受ける2人。はたして睡魔に耐えられるのか!?
12時13分。午前中最後の授業は英語。私の右斜め前には夜凪が座っている。いや、寝ていると言った方が正しいか。夜凪は、私が授業を受けると言ったら、何故か着いてきた。可愛いやつだ。
先生は英文の解説をするかと思えば、内職をしている男子生徒を見つけ、指導し始める。周りの反応からするに、彼はどうやら常習犯らしい。みんなにとっては当たり前の日常で、明日も同じようなことを繰り返すのだろう。
でも何故だろう。先程から、怪奇現象が止まらない。
まず、時計が針を進める気配が無い事だ。さっきから教室の壁にかけられている時計の長針が微動だにしない。もしかしたら、誰かが接着剤でくっつけたのかも。私の体感では1時間くらいは経っているのに、実際は18分しか経ってない。
時間というものは本来、私たちの許可なんて取らずに勝手に進んでいくものだ。遅刻したときだけは異常な速度で走り出すくせに、こういうときだけ仕事を放棄する。本当に融通の利かない厄介者だ。
それでも、18分という時間が流れたのは確かなのだ。だから、誰かが時計に仕掛けを施したという訳ではなさそう。となると、なんだ。長針と短針がひじきに変わった、とか。でも、そんなに大きいひじきは作れるのだろうか。
…お腹が空くので、この話はやめよう。
すると今度は、強烈な眠気がやって来た。さっきまで教室の隅にいたはずなのに、気づけば私の肩に手を置いている。しかも遠慮がない。こちらが嫌がっていることなど、知ったことではないらしく、瞼を少しずつ下へ引っ張ってくる。
眠気というものはいつも無許可で私の意識の中へ居座ってくる。いい加減、家賃か何か払って欲しい。
瞼、身体、意識、全てが重い。全体重を私に委ねてくる。眠気君、意外と太ってたりして。
いや、それともこの教室だけ重力が強くなっているのかもしれない。だとしたら、物理の先生に伝えなくては。私の成績より先に、人類の物理学が1歩進む可能性がある。
そう考えている間にも、先生は呪文を唱え続ける。何を言っているか、全く理解できない。
CDの傷んだところをずっと再生しようとしてる感じだ。ところで、今の小学生にCDとは何でしょう、みたいな質問をしたら、答えられる子は何人くらいいるのかな。まあいいか。
とにかく眠い、時計は進まない、おまけに先生は呪文を唱え続けている。英語の授業というより、偶像崇拝のような雰囲気に近いような。
それでも、朝の私が掲げた「今日は授業を全部受ける」という目標は、今のところ達成されている。偉いぞ私。
あと三時間。そう考えると、急に長く感じる。目の前では先生が黒板に何かを書いている。私はそれを写している。たぶん。
まとめたノートを見てみると、途中までは、確かに英文だった。
だけれど、行の終わりに近づくにつれて文字が潰れ、最後には細長い虫の行列みたいになっていた。私の右手は、脳からの指示が途絶えても仕事を続ける立派な従業員らしい。ただし、納品される物の品質は保証しない。
とりあえず、教科書にでも目を通すとしよう。今、どこをやってるのかな。
先生の声と紙の上の文字を照合する。知っている単語が聞こえるたびに、ようやく居場所を見つけた気になるけれど、同じ単語が別の行にもある。私は、目印が全部同じ形をしている街で迷子になっているのだ。
隣の人が何ページを見ているのか、バレないようにチラ見する。見えた。
音を立てないように紙をめくる。でも、こういう時に限って、指先がやけに滑ってしまう。一枚だけめくりたいのに三枚ついてくる。普段は人付き合いに苦労しているくせに、紙同士は随分と仲がいい。
「じゃあ、次の文。ここまで大丈夫ですか」
と、先生が言い、教室を見渡す。私は理解してるかのように頷き、何とか誤魔化した。
実際、大丈夫なわけない。ただ、この問いに正直に答えると、説明をもう一度聞くことになる。理解していない私と、先へ進みたい私が相談した結果、後者の意見が採用された。
先生の視線がこちらへ近づいてくる。まずい。
教科書へ目を落とし、何かに納得したような顔を作る。ついでにシャーペンを動かす。何を書けばいいのか分からないので、さっきの英文に下線を引いた。重要な箇所は知らないけれど、重要そうにすることはできる。
線を一本増やすだけで、勉強している人間に見えるのだから、文房具というのは便利だ。
視線が通り過ぎた。
私は小さく息を吐く。
授業を受けるというのは、座っていれば達成できると思っていた。どうやら、時々は理解しているふりも必要らしい。参加条件に書いておいてほしかった。
ふと、右斜め前を見てみると、夜凪は相変わらず寝ていたい。
机に預けた頬が、少しだけ潰れていた。いつもなら本人が気にしそうな形だけれど、今は見張りが不在らしい。
髪が口元にかかっている。
払ってやろうかと思ったけれど、やめた。別に、私がやることでもない。それでも、夜凪が小さく顔を動かして、その髪が頬へ落ちるところまでは見ていた。
そこでようやく、黒板に向き直る。
英文が二行増えていた。
他人の前髪を気にしている間に、私の理解できないものが着実に生産されている。需要を確認してから供給してほしい。
時計を見る。十二時三十八分。あと七分。
朝、布団の中で抵抗していた時間と同じだ。あの時はあんなに短かったのに、今なら七分もあれば、もう一度眠って、夢を見て、起きて、その内容を忘れるところまでできそうだった。
先生が、ここはテストにも出します、と言った。
私は姿勢を正した。普段なら聞き流す言葉なのに、今日だけは少し惜しい気がしたのだ。ここまで座っていたのだから、何か、お土産の一つくらいは持って帰りたい。入場料を払った施設で、帰り際になってようやく展示を見る人みたいだ。
黒板の端に書かれた文を、今度は読める字で写す。
一行、二行。
あ、シャー芯折れた。
(キーンコーンカーンコーン)
時計を見ると、時刻は12時45分。私は、魔の四限目に打ち勝ったのだ。眠気は私に手を振って、どこかへ去っていった。よく頑張ったぞ、私。偉い。
一方、夜凪はチャイムが鳴ってもなお、机と抱擁を続けている。
いいことを思いついた。口角がニマーっと上がる。脳に去来するのは、この前の放課後の出来事。夜凪は、耳元で話されると面白い反応をする。私は学んだのだ。
こんな無防備な姿を私に見せるなんて、悪戯して下さいと言っているようなものではないか。むしろ、悪戯をしない方が無礼だ。軽く咳払いをして、喉の調子を整える。準備は万端。
それでは失礼するとしよう。
「夜凪ちゃーん、朝ですよー」
統計的に考えれば、夜凪が変な声を上げた後に、こっちを睨むのがテンプレートだ。まぁ、サンプルは一つだけだけど。
ところが、夜凪は私を睨まなかった。
半分閉じた目が、私の顔のあたりを漂っている。水槽の底から、水面に浮いた餌でも眺めているような目だった。こちらが見えているのか、それとも私に似た染みを見つけただけなのか、判別がつかない。
机の上をのろのろと這ってきた手が、私の袖をつまむ。探し物にようやく指が触れたみたいに、そこで動きが止まった。
目を薄く開けて、こちらを見ている。いや、見えているのかは怪しい。視線が私の顔のあたりを漂った末、ようやく止まった。
「……しのみゃ」
「惜しい。あと1文字ほど足りない」
名前を省略された。寝起きの脳では、私の四文字も持ち運びには重いらしい。
「……こっち、きて」
「来てるんですけど」
「もっと……」
夜凪の指が、袖をつまみ直す。
少し身を屈めると、夜凪は私の手首に額を寄せた。熱い。冷えた指先との境目だけ、季節が一つ違っている。
さっきまで机と抱擁していたくせに、もう乗り換えか。家具との関係は長続きしないらしい。
「……いか、ないで」
「お昼だよ。ご飯食べないの?」
「……いっしょ」
「うん?」
「しのみゃと……いっしょ、がい……」
最後の言葉は、眠気に端から齧られていた。
困った。冗談を投げれば、いつものように何か返ってくると思っていたのに。こちらはザルボウルを用意しているのに、夜凪は具材を全てミキサーで潰し、サラサラになった物を入れようとしてくる。
まったく、私と居たいのか、机と添い寝したいのか、眠気を抱いていたいのか、本当に贅沢なやつだな。
「えっと、私と一緒がいいってこと?」
「……ん。しのみやが、い……」
私は、袖をつかむ手を見た。
引き抜こうと思えば簡単だった。指を一本ずつ外す必要さえない。軽く腕を引くだけで済む。それなのに、その程度の動作が、なぜか他人の家の玄関を勝手に開けるくらい躊躇われた。
その時、ふ、と夜凪の目が開いた。
夜凪が私を見る。
自分の手を見る。
もう一度、私を見る。
「…………え」
言葉が本人に届いたらしい。自分で投函した手紙を、今さら自宅の郵便受けで発見したような顔だった。
「おはよう。甘えん坊さん。」
袖が解放された。
「ま、ままま、待って。いい、今、私、なに」
「何って、私と一緒がいいって」
「言ってな……」
否定しかけたところへ、記憶が追いついたのだろう。夜凪の顔が、耳の方までじわじわ赤くなる。水彩絵の具を落とした紙みたいに、隠せない色が広がっていった。
「……い、言った」
「うん」
「い、いや、寝てたから、今の、そういう……」
「そういう?何?」
「そこ、拾わなくていい!」
凪は両手で顔を覆った。けれど指の隙間からこちらを見ているので、閉店した店のシャッターの下から、店主だけが様子をうかがっているみたいだった。
机も忙しい。枕になったり、避難先になったり。
「……忘れて」
ずいぶん無茶な注文だった。
忘れようとすると、何を忘れるのか、一度は思い出さなければならない。消す場所を確かめるたびに、鉛筆で同じ線をなぞってしまうようなものだ。
「とりあえず、お昼食べようよ」
忘れるとも、忘れないとも答えず、自分の席から椅子を持ってきた。
「……ここで食べるの?」
「ここにいてほしいんでしょ」
夜凪は何か言いかけて、また口を閉じた。
私は鞄から弁当を取り出す。袖の皺が目に入ったけれど、今度は伸ばさなかった。どうせ、肘を曲げればまた皺になる。
理由としては、それで十分だった。
【夜凪と篠宮】4話を読んで頂きありがとうございます!
皆さんは夜凪と篠宮どっち派ですか?




