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白星への道  作者: 鬱病太郎
第1章 始まりと犯罪組織
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胃痛と限界の第8話

「どうしてこのような催しを?」


 バトルロワイヤルの待機場所、その少し離れた場所で、赤い瞳を持つ黒ずくめの男が理事長に話しかける。


「…!なんじゃお主か…びっくりさせんといてくれ。わしはもう若くないんじゃ。」


「ご冗談を、まだまだ現役でしょうに。それで、どうしてなのですか?」


「…どうせ校庭におったんじゃろ。それが全てじゃよ。まぁ他にも、魔術社会の腐敗に負けて欲しくなかったのもある。この場でそういう経験を積んでおくのも大事じゃろ。」


 本当のことを言うか迷い、誤魔化すことにした。しかし嘘は言っていない、これらは全て理事長の本心だ。


「…それだけですか?……まあ、いいです。急な改革で困るのはミゲルさんの方なのでね。それより、今日参ったのは今年の白の円卓のことをお伝えするためなんですが。」


「後にしてくれんかの……ワシの胃に穴を開ける気か?大体、何ヶ月も先じゃないか…。」


「参加する訳でもないのに…。本当に理事長やってるんですか?今日はもう用事は無いので、問題はありませんが。」


 面倒なのは後回しにするという、およそ最高責任者とは思えない発言に、男はやれやれという風を出す。


「仕事はちゃんとしておる。…誰か変わってくれんかのう…。」


「その立場を代わって欲しい人は二つの意味で多いと思いますよ?」


「やって見ればわかる…。昨日ほど好奇心猫を殺すという言葉にぴったりの場面に遭遇したことは無い。何とか乗りきったがの。」


 これから4年間、超越者の傍で昨日のような無茶なお願い───命令を聞くのかと考えると、さらに胃が重くなる。


「かの方が学園に入り、その上Sクラスを辞退されたと聞かされた時は目玉が飛び出るかと思いました。零哉様はご自分の影響力を理解されてるのでしょうか?魔術社会の上位層は現在、近年稀に見る大混乱ですよ。」


「理解はしつつもほっといてるんじゃないかの…。しかし、零哉殿に気に入っていただければこの学園はさらに発展するじゃろう。ほかの魔術学校に1歩リードできる、儂としても悪くない話だったんじゃ。」


 魔術社会の権力者同士の会話は、自然と深い部分の話になってくる。

 2人の悩みの種になっている人物の話は、上位層の間では日常茶飯事である。数年前までは零哉のせいでずっと慌ただしかったのだ。

 最近は落ち着いてきたと思われていたが、ここに来て爆弾を投下したというわけだ。


 その時、校庭が沸き立つ。既にアウトになった者達と教員の声だ。


「…なんじゃ?緊急事態かの。」


「……いえ、どうも40人近い学生が同時に結界内から転移してきたらしいですね。」


 常人離れした聴覚を発揮し、校庭の会話をききとる。


「相変わらず耳がいいの。…しかしまあ、犯人は分かっておる。」


「ですね。…これじゃあ結局クラス間の格差は変わらないんじゃないですか?どれだけ強くてもただの学生が零哉様より強いとは思えません。」


「わしもそう思って昨日約束したんじゃ。『攻撃されない限り自分から攻撃してはならず、避けられたりしたら諦める』とな。恐らく攻撃されたから反撃したんじゃろうが…全員まとめて、一撃で倒されたんじゃろ。災害にあったと思って諦めてくれんかの。」


「可哀想だとは思いますが、これからもクラスアップの機会はあるのでまた頑張れば良いでしょう。…それにうちのアリスちゃんならばどれだけ強くても一撃は確実に耐えれるので、私は別にいいです。」


 自分の娘を思い出して、ユリウスは幸せそうな顔をし、スマホの待ち受けを見る。

 そこには男に肩車される満面の笑みをうかべた小さい女の子が映っている。


「相変わらずの親馬鹿っぷりじゃな。……父様と洗濯物を一緒にするなと言い始めたって聞いたんじゃが。」


「うっ!!……あなたは人の傷を抉るのが上手いですね。」


 胸を抑えて苦しみだした男を見て溜息をつき、これからの自分の激務を想像してさらに深いため息が出る。




~~~~~~~~~~~




 零哉とリリアは現在、ピンチに陥っていた。


「まずいなこれ…。完全に包囲されてる。」


 遭遇した15人チームが、絶妙な間隔で2人を包囲しているのである。


「無理やり押し切ろうとしても、前衛が抑えてる間に他の場所から人が飛んでくる。数の力で押しても来ないし、どうするか…。」


「あの、優斗さん…魔力が怪しくなってきました。」


「…そうか。そろそろ限界かもな、多分もうBクラス圏内には入ってるはずだ。俺らにしてはやった方だろ。」


 狭い小屋の一室、二人の間には既に諦めムードが漂っている。


 しかし、優斗は目標のため、ここにはいない師匠に死ぬ気で戦えと言われている。まだ魔力もあり、制服はボロボロだが体はリリアに回復してもらって傷もないので、とても死ぬ気で戦っているとは言えない。


「…優斗さん1人なら抜けれますよね?」


 その真剣な声に何かを感じとり、思わずリリアの方を向く。


「私を置いていってください。」


「ダメだ。魔力はまだあるんだ。諦めるのは、…限界まで戦ってからでも遅くはない。」


 自分を犠牲にする発言に、即座に否定を示す。

とはいえ、現状打つ手がないのは事実である。このままじっとしていても、狭くなる結界に触れていつかはアウトだ。

 この状況をどうすればいいか、無い頭を絞って考える優斗。


 包囲、零哉の言葉、残存魔力、結界の範囲、残り人数、リリアの提案。様々な言葉が頭の中で渦巻き、ついにひとつの答えを出す。


「…!そうか、俺1人なら良いんだ。」


「…それ、私がさっき言ったことですよね?」


「違う違う。俺が全員倒して来ればいいって話だ。リリアちゃんはいつも通りここにいてくれ。魔力も使わなくていい。」


 やはり脳筋である。結局のところ敗北が濃厚なことに変わりはない。

 しかし、現状この作戦しか2人とも生き残る可能性は無いのも事実なのだ。


「私も行きます!ここまで来たんですから、一緒に戦わせてください。」


「あと回復1回分ぐらいの魔力しかないんだろ?…俺は前衛だから躱すのは得意だけど、リリアちゃんは狙われたらほぼ終わりなんだ。」


「うっ、そ、それは…」


 リリアは痛いところを突かれ、声が詰まる。


「…その魔力は俺が戻るか、もし襲われた時のためにとっておいてくれ。」


「…こんなことを言うのも失礼なんですが、確実に死にますよ。」


 もちろん本当に死ぬ訳では無い。あくまで比喩であるが、本当に死地に向かうような声でリリアは言う。


「いや、俺は死なない。」


 まるで根拠の無い自信だが、その言葉には強い意志が宿っていた。

 もはやこの男の決定を曲げるのは不可能だと思い、リリアは諦める。


「…危なくなったら戻ってきてくださいね。回復魔術はあと1回使えるので。」


「分かった。危なくなったら一旦引くことにしよう。でももし襲われたら気にせず反撃するんだぞ?」


 頑固な優斗でもこの提案には乗る。

 お互いに了承し、優斗は身体強化魔術をかける。


「よし!じゃあ行ってくるよ。」


「はい…頑張ってください!」


 可愛い子に応援され、単純な優斗はやる気が出る。

 深呼吸し、一息で飛び出す。




 包囲網までは少し距離がある。その間に優斗目掛けて様々な魔術が飛ぶ。必死に避けるも、いくつかは掠る。

 少しづつダメージが蓄積していき、動きが鈍くなっていく。

 そしてついに包囲網まで到達する。前衛と思しき者と何回か打ち合っていると同時に、他を包囲していた者もやってくる。その数──────5人。


(くそ!こいつら全員遠距離魔術も身体強化も使えるのか…。)


 装備を見て察し、心の中で悪態をつく。ここでも才能が邪魔をする。


(いつもそうだ、才能があるだけでどいつもこいつも必死に努力してる奴を軽々超えていく。)


 田舎にいた時や入試などの苦い記憶を思い出し、苛立つ。


 さらに人員が補充され、既にその数は10人を超えた。

 身体中が、魔術や武器での攻撃を受けて傷だらけになるも、未だ致命傷には至らない。

 5人が遠距離から援護、もう5人が近距離、あるいは中距離で少しづつ削ってくる。


「ちまちま攻撃してんじゃねえよ!!こっちは1人だぞ!!かかってこい!」


 自分でも驚くぐらい大声が出る。しかし、リーダー格の男が冷静に言う。


「耳を貸すな!!このままやれば確実に倒せるんだ。時間がかかっても、こうすれば全員が確実にAクラスに上がれる。」


 挑発に乗りかける者もいたが、彼の言葉に冷静になる。その状況にさらに腹が立つ。


(あ、やべ…)


 体力の低下が激しくて避けるのも難しくなり、ついに魔術が直撃する。


 意識が朦朧とする。しかし、夢のために諦める訳には行かない。転移が発動していないということは、まだ戦えるということだ。


「なんで死なないんだ…早く倒れてくれ!」


 自分はそんなに酷い姿をしているのかと、少し気になる。


 ついに、いい加減焦れた生徒の1人が、リーダーの指示を無視して1人で突撃してくる。

 意識が朦朧としつつも、この極限状態に感覚は冴え渡っている。


(そうだ。そのまま向かってこい。)


 冷静に攻撃が届くのを待つ。


 目の前まで来て、剣を振りかざす。もう1秒もせず攻撃が当たり、自分は転移するだろうと思いつつ、ついに隙を見せた敵の懐に一息で潜り、深く切り裂く。すぐに転移が発動し、やっと1人目がいなくなる。


「くそ!指示に従っていれば良かったものを…。」


 リーダーの男が歯噛みしている。


「搦手なんか使わずに全員で来い。ひねり潰してやる。」


 とても死にかけとは思えない───いや、死にかけだからこそ発揮できる気迫は、人数で圧倒していても尚安心させない力を持っていた。


「…良いだろう。安い挑発だが乗ってやる。みんな!近接に切りかえ、全員でかかるぞ!」


 挑発に乗ってきたのはいいが、優斗はどの道すぐに倒れる。


(まあ、死ぬ気で戦ったかな…。)


 しかし未だ零哉の言葉が頭を回る。

『俺からの最初の課題は、とにかく死ぬ気で戦うことだ。負けたら負けたでいい。限界を超えろ。』

 自分はまだ死ぬ気になっていないのだろうか、と。


(…ここが今の俺の限界だ。てことは零哉の言う限界を超えるってのはここからか。)


 随分きつい課題を課す師匠だと思いながら、前を見据える。10人以上の生徒が全員武器を取り、一斉に向かってくる。深呼吸し、強い意志を込めて剣を構える。


 少し距離を取り、一斉ではなく順番に自分に届くように調整する。


1人目、軽く躱して浅く切り裂く。

2人目、少し斬られつつも何とか反撃する。

3人目、4人目はもう致命傷を避けるので精一杯で、反撃ができない。

5人目はもうそこに迫っている。


(くそ!諦めてたまるか!!)


 相も変わらず意思を貫き通そうとするが、もう体は動かない。それでも尚無理やり動かそうとする。



 瞬間、体が軽くなり、力が湧き上がってくる。

 まるで生物として1段階進化したかのように、見える世界が変わっていた。


 変化を感じとった5人目は即座に槍を突き出してくる。それに対し、体を倒すように前にずらして長い柄を手で掴み、無理やり引っ張る。

 そうして目の前まで来た男の胸を、剣で一突きにする。


「?!」


 とてつもない力で引っ張られた男は、何が起きたか分からないまま転移していく。

 先程攻撃を避けた4人を無視し、唖然とする眼前の2人の懐に勢いよく踏み込み、まとめて斬る。

 突然動きが変わった優斗に対し、優秀なリーダーまでも混乱で指示を出せない。それでも少しは態勢を立て直したのか、武器を構えて同時に突撃してくる。


 ひとまず避けようと思い、距離を取ろうとする。



 その時、突然敵が消える。まるで最初から何もいなかったかのように。


「な、なんだ?!」


 狐につままれたように感じていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえる。


「マジで壁越えてるじゃん…、1回じゃ無理だと思ったのに。」


 振り返ると、驚いた零哉がいた。驚くのはこちらの方なのだが…。


「…お前がやったのか?」


「ん?ああ、俺がやった。…あ、やべ、攻撃されてないのに、テンション上がって思わずやっちゃったよ…。」


 後半はボソボソ言って聞こえなかったが、とりあえず安心する。


「そうか……あ、リリアちゃんのとこ行かなきゃ。」


 これまで一緒に戦ってきた仲間を思いだし、戻ろうとする。


「おい、お前どこ見てんだ。」


 その言葉に零哉のことを再び見ると、その後ろから傷を負ったリリアが出てきた。


「リリアちゃん?!なんで傷受けて…。」


そこまで言って。優斗に向かって来たのは15人に届いていないことを思い出す。


「…3人ぐらいいたよね?倒せたんだ。」


「あ、いえ、あの…頑張ったんですけど1人倒すのが関の山で、魔力が切れて杖で抵抗してた時に田中さんが来てくれて、助かりました。」


「後衛のくせに結構ガッツあったぜ、こいつ。嫌いじゃない。」


 やる気もなく、人にあまり興味を示さない零哉が嫌いじゃないと言い切るとは、リリアは意外と凄い人なのかもしれない。


「じゃあ、降参するか。」


「「?!」」


 突然の零哉の降参宣言に2人は驚く。


「…なんでだ?まだ戦えるぞ。」


「いや無理だろ、リリアは魔力ないし、お前ももう満身創痍じゃねえか。俺がデコピンしただけで死ぬぞ。もうBにはなったんだ。いいからさっさと降参しろ。」


 抵抗する優斗に面倒くさそうにしながら、降参を命令する。

 師匠にそう言われては拒否する理由もないため、2人は了解を示した後、降参していく。

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