第4話「これが本物のロックシーンか」
ライブハウスの存在を知ったのは、佐々木からだった。
「お前ロック好きやろ?駅裏にライブハウスあるで。たまに派手な連中がたむろしてる」
放課後、俺は駅裏に向かった。
細い路地を入った先に、地下へ続く階段があった。手書きの看板に『CLUB NOVA』と書いてある。今夜はライブがあるらしい。入場料500円。
(500円か。)
財布を確認した。今月の小遣いがまだ残っている。俺は階段を降りた。
ドアを開けた瞬間、音と煙草の匂いが一気に押し寄せてきた。
(せま。)
思ったより狭かった。ステージと客席の距離が異常に近い。天井も低い。壁は落書きだらけで、床はビールで少し濡れている。
でも一番びっくりしたのは煙草だった。
客席のあちこちで煙草を吸っている。当たり前のように、普通に、室内で煙草を吸っている。
(そうか、分煙とかないんか。)
目が痛かった。でも文句を言える雰囲気じゃなかった。
客層を眺めた。男も女も、みんなやたらと髪が高い。スプレーで固めた髪が天井に向かってそびえ立っている。目の周りを黒く塗って、革ジャン着て、ブーツ履いて。
(これが本物のロックシーンか。)
写真や映像では見たことがあった。でも実物は迫力が全然違った。全員がなんというか、本気だった。ファッションじゃなくて、生き方として選んでいる感じ。
俺は隅の方に立って、じっと観察した。
ステージに出てきたバンドが演奏を始めた。音がでかい。というか、でかすぎる。PAの調整が荒くて、ギターが割れ気味だ。でもそんなことは関係なかった。全員が全力でぶつかってくるような演奏だった。
(熱い。)
思わず前のめりになった。
現代のシーンと全然違う。俺が知っていたライブハウスは、お客さんがスマホを構えて、終わったら拍手して、みんな行儀よく帰っていく。でもここは違う。汗と煙草と酒の匂いが混ざって、みんなが体ごとぶつかってくる。
(俺が好きだったのって、もともとこういうやつやったんかな。)
演奏が終わって転換の時間になった。俺がドリンクを受け取りに行こうとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。
「お前、見ない顔やな」
振り返ると、でかい男が立っていた。身長は180以上ある。髪は高く逆立てて、目の周りに濃いアイシャドウ。革ジャンの袖をまくった腕が異様に太い。
(こわ。)
「あ、今日初めて来ました」
「そうか。どこの?」
「えっと、○○高校です」
「バンドやってんの?」
「これから、やろうと思ってて」
男はじろじろと俺を眺めた。値踏みするような目だった。
「何やるん、パート」
「ギターです」
男はそれだけ聞いて、ふんと鼻を鳴らした。
「ギターか。まあ頑張れや」
それだけ言って、仲間のところに戻っていった。
(なんやったんや。)
心臓がまだどきどきしていた。
そのとき、入り口のドアが開いた。
制服姿の男子が入ってきた。俺と同じ年くらいだ。髪はまだそこまで派手じゃない。どこにでもいそうな高校生だった。
でもその男が店内に入った瞬間、空気が変わった。
さっきまで俺を値踏みしていたでかい男が、パッと顔を明るくした。
「おう、木下!来たか!」
「お疲れっす」
木下と呼ばれた男子は、慣れた様子で先輩たちのところに歩いていった。拳を合わせて、笑って、普通に話している。
(え、なに、知り合いなん?)
それだけじゃなかった。他の先輩バンドマンたちも、次々と木下に話しかけていく。みんな顔見知りみたいだった。いや、顔見知りというより、明らかに一目置かれている。
制服姿の高校生が。
(こいつ、何者や。)
俺はしばらくその光景を眺めた。煙草の煙が漂う薄暗いライブハウスの中で、木下だけがなぜか光って見えた。
大げさじゃなく、本当にそう見えた。
次のバンドがステージに上がった。演奏が始まった。でも俺の目は、ずっと木下を追っていた。
(こいつとは絶対に関わることになる。)
なんとなく、そう確信した。




