第23話「知識じゃ届かない」
BACK-KICKとの夜から一週間が経った。
夜叉羅刻の練習は、明らかに変わっていた。全員の音が引き締まっていた。あの夜が全員に火をつけていた。
俺も燃えていた。
(やったるか。)
BACK-KICKに「いいバンドになるよ」と言われた。その言葉が、頭の中でずっと響いていた。
だから俺は考えた。
どうすれば夜叉羅刻をもっとでかくできるか。どうすればもっと客に刺さる音を作れるか。
俺には武器がある。
2044年まで生きた記憶だ。これから何十年もかけて生まれる音楽を、俺はすでに知っている。どんなリフが流行るか、どんなコード進行が人の心を動かすか、どんなアレンジが刺さるか。
(使わん手はないやろ。)
次の練習の日、俺はスタジオに入る前から気合いが違った。
今日こそ、知識チートを使う。
これから生まれるはずの、伝説的なリフを披露する。夜叉羅刻の音に取り入れれば、確実に他のバンドより一歩先に行ける。
そのはずだった。
スタジオに入って、全員が揃った。
「ちょっとこれ聴いてくれ」と俺は言った。
「なんや」とZEROが言った。
「新しいリフ考えた。聴いてくれたらわかる」
全員が俺を見た。
俺はギターを構えた。
頭の中にある、2000年代の伝説的なリフを弾き始めた。現代で死ぬほど聴いたやつだ。ビジュアル系の歴史に残る名リフだ。これを聴いて震えなかった人間はいないと言っていいくらいの、そういうリフだった。
丁寧に、できるだけ完璧に弾いた。
弾き終わった。
全員が黙っていた。
「どうや」と俺は聞いた。
ZEROが首を傾けた。
「…なんか変わってるな」
「悪くないけど」と凱が言った。
「なんか、違和感ありますね」とJUNEが言った。
DEADは無言だった。いつも音に対して反応するDEADが、何も言わなかった。
(え。)
「もう一回弾くわ」
もう一回弾いた。
今度はもっと丁寧に。もっと感情を込めて。
同じだった。全員の反応が微妙だった。
「悪くはないんやけど」とZEROが言った。眉間にしわが寄っていた。「なんか、浮いてる感じがする」
「浮いてる?」
「俺たちの音と馴染まへんというか。なんか、どこかから持ってきた感じがする」
どこかから持ってきた。
その通りだった。でもそれを言うわけにはいかなかった。
凱が腕を組んだ。
「どこで聴いたんや、そのリフ」
「…なんとなく思いついた」
「ふーん」
凱は信じていなかった。でも追及はしなかった。
「まあ、もうちょっと練ったら化けるかもしれんけど」とZEROが言った。「今は俺たちの音に合わへん」
それだけだった。
練習はそのまま続いた。
俺は自分のパートを弾きながら、頭の中でずっと考えていた。
(なんで刺さらんねん。)
あのリフは現代では神扱いだ。何十万人もの人間の心を動かしたリフだ。なのになぜ、夜叉羅刻の五人には「なんか変わってるな」で終わったんだ。
技術的には完璧だったはずだ。音程も、リズムも、フレージングも。
(知識は持ってきた。でも何かが足りない。)
何が足りないんだ。
練習が終わって、帰り道を一人で歩きながら、俺はずっとその問いを抱えていた。
商店街を抜けて、川沿いの道に出た。
夕暮れの川が、オレンジ色に染まっていた。水面がゆらゆらと揺れていた。
俺はしばらく川を眺めながら歩いた。
(なんで刺さらんかったんやろ。)
考えながら歩いていたら、ふと思った。
現代に、AIというものがある。
膨大なデータを学習して、人の心を動かす音楽を生成できる。刺さるコード進行を弾き出して、流行りのアレンジを施して、理論的に完璧な音楽を作れる。
でも、AIが作った音楽で、人は本当に心から動くのか。
(動くときもある。でも、何かが違う。)
なんで違うのか。
それは、そこに時間が宿っていないからじゃないか。
BACK-KICKの音が刺さったのは、技術だけじゃなかった。あの人たちが、ボロボロの機材を抱えて、寒い夜に練習して、客が一組しかいない日もめげずにやり続けた、その時間が音に宿っていたからだ。
泥臭くて、非効率で、不便で、それでも諦めなかった時間が。
そしてさっき俺が弾いたリフも、同じことだ。
あのリフが現代で刺さったのは、リフそのものだけじゃなかった。あのリフが生まれた背景があったからだ。あのリフに影響を与えたバンドたちがいて、あの時代の空気があって、聴いた人間の青春と重なって、初めて心に届いた。
でも今は1982年だ。
あのリフが生まれる背景がまだ存在しない。影響を与えたバンドたちが、まだこの時代には存在しない。聴いた人間の青春とも重ならない。
(音楽って、どうしたら届くもんなんかな。)
音符とリズムだけじゃない。その音楽が生まれた時代と、聴いた人間が生きた時間と、全部が重なって初めて届く。
だとしたら、俺の知識は何なんだ。
(知識だけ持ってきても、ダメなんや。)
川沿いのベンチに座った。
夕暮れの風が吹いていた。川の匂いがした。
俺はしばらく、何も考えずに川を見ていた。
転生してから今日まで、俺はずっと「知識チート」を使おうとしていた。未来の音楽を知っている。未来の機材を知っている。未来のシーンがどうなるかを知っている。
でも実際には、デモテープを落ちた。麻子に裏切られた。先輩に殴られた。そして今日、伝説のリフを弾いたのに「なんか変わってるな」で終わった。
知識は役に立っていなかった。
いや、正確には違う。
役に立っていないんじゃなくて、それだけじゃ届かないんだ。
(届くのは、生きた時間だけや。)
この時代を、山田蓮として、夜叉羅刻として、泥臭く生きた時間だけが音に宿る。
デモテープを落ちた悔しさ。麻子に裏切られた悲しさ。先輩に殴られた屈辱。BACK-KICKに圧倒された感動。
全部が、俺の音になっていく。
知識じゃなくて、経験が音になる。
頭じゃなくて、体が音を作る。
(そんな気がする、、、)
川面がオレンジ色に染まっていた。
俺は立ち上がった。
(やったるか。)
転生チートとか言っといて、結局一番大事なのは泥臭く生きることやった。
笑えた。でも、それが本当のことだった。
工場で死んで、1982年に来て、バンドを組んで、
デモテープを落ちて、殴られて、BACK-KICKに圧倒されて。
その全部が、俺の音に宿っていく。
それだけで、十分だった。
昭和の夕暮れが、川面を静かに揺らしていた。




