3話4 コネにならない成績
「お二人とも、ご両親があまりいない生活、大変じゃないですか?」
先生は普通の人だ。俺たちみたいな生活を知らない。けど、俺たちにとってはこれが普通だから何ともない。今日せっかく先生が来てくれたのに親に会わせられなかったのは申し訳ないけど。
「別に。何とかはなってるよ」
「マキさんは? お兄ちゃんの時間を私が取ってしまって、困っていませんか?」
いや、先生はちょっと厳しい人だ。俺には話が通じないと思って、弟に話を聞く。マキはもじもじ悩んで、こう言った。
「大丈夫です。先生のところでお兄ちゃんが勉強して、それで将来いい仕事に就いてくれるなら、僕たちにとってもきっとその方が良いんです」
マキはうっかり、俺が先生に秘密にしていたことを言ってしまったんだ。せっかくアンケートには「将来の夢は特になし」って書いたのに。いや、いつかはばれるんだろうから、今ばれてもしょうがないんだけど。
俺は、先生のお供で人間の世界に行くつもりなんてない。他の奴らのことは知らないけど、そこまでおかしい発想でもないと思う。きっかけは、高校の担任に教えてもらったこと。
「薊、申し訳ないんだが、この成績だと希望の省にはどこにも入れそうにない」
俺が目指しているのは、安全で多く稼げて、残業が少ない職場。王宮の中がぴったりだ。さすがに官僚になるには大学に行かなくちゃならなくて、それは自分でもかなり無理そうだと思っているから、高卒でも行けそうなところを狙ってるんだけど、まあ、それでも競争倍率が高い。めちゃくちゃ高い。記述式問題が解けない俺にとっては絵に描いた餅だ。でも、諦められない。その気持ちを担任は分かってくれた。
「家の事情があるのは分かってる。だから先生も助けてやりたいと思う。そこでだな……」
紹介されたのが、塾だった。一定以上魔力があって、少し勉強ができれば〝通うことが〟できる。
「いいか? ここで本気で人間界に行こうとする必要はない。高校生の間だけ通って、そういう実績にするんだ。この人間さまは女王さまや騎士たちと繋がっているから、多少のコネになるだろう」
担任は熱弁したが、俺の心は冷え切っていた。
「でも、俺今でもまあまあ忙しいし。それで放課後取られるって結構キツいんすけど」
それでも担任は話を続ける。
「成績上位のやつらはそれ以上の時間勉強してるんだ。ま、でもお前が塾で好成績を取る必要はない。適当に頑張れ」
そう言われると、どうにかなる気がして、担任の言う通りにすることにした。それで俺は今この状況――下のきょうだいたちを猪目さんという大臣付きの騎士に預かってもらいながら、中学生の弟と人間の先生と、薄い茶を飲みながら話をしている――にあるのだ。なかなか稀有だと思う。
ところで、そう聞いた先生の表情は特に変わらなかった。
「そうですね。薊が出世するのが、私も楽しみです」
俺の方が驚かされる。先生はたまにこういうことがあるから、びっくり箱みたいな人だ。
「え、いいの? 先生を助けられねえっつうか、俺もう高三だから一年も一緒にいられねえのに」
「いいんです。むしろ私の方こそ、薊の大事な時間を取ってしまって」
そんなこと思ってたのか。妖精の側からしたら、俺たちが勝手に召喚して、時間を取られてるのは先生の方だと思ってる。その先生がむしろ俺たちに申し訳ないなんて、むずむずしてしょうがない。
「塾の時間はさ、そんな嫌じゃないから気にすんなよ。ちょっと息抜きって感じで、どっちかっていうと楽しいくらい……?」
先生はやっぱり普通の人で、俺の口から出まかせに笑顔になった。
「良かったです。初めの頃から、ずっと、そういう時間にしたかったので」
「そうなの? 自分の運命かかってるのに?」
先生は俺の質問に困ったみたいで、汚い窓の外を見やったかと思うと、「猪目さんに、ここの声って聞こえてますかね?」と小さな声で聞いてきた。
「聞こえてないんじゃないでしょうか? あの子たちが騒がしいので」
マキが答えると、少し恥ずかしそうに、また小さい声で話し始めた。
「私は、この世界が好きです。私が客人だからというのもあるのでしょうが、皆さんにとてもよくしていただいて、私も皆さんの役に立ちたいと思うようになって。……皆さんや身の回りの人たちのことを考えている時間が、もっと続けばいいと思うんです。五年したらお別れかもしれないのに」
先生のしんみりした雰囲気を感じたのか、マキがしゅんとする。……大丈夫。
「大丈夫だぜ。こっちが気にいったならずっといればいいし、行ったり来たりしたいなら俺が出世して、その通りにしてやるよ」
「薊……」
「ま、出世できればだけど」
俺が頭を掻いて冗談を言うと、先生はごそごそと鞄から書類を出した。
「じゃあ、そっちの話をしていいでしょうか? この間の筆記試験の結果と入塾時の魔力検査のことなのですが……」
ずっこける。
「先生、切り替え早くない?」
「頭を抱えるほどではないですが、お祝いできるほどでもないです。正直、就職のコネになるかと言われると……微妙です」
先生はやっぱり厳しい。
「ですよねー。お兄ちゃんだから」
マキも厳しい。
「勉強の方はこのまま頑張るしかないんですけど、『あまり成績がひどい生徒は退塾させろ』と女王さまが言っていたので……」
「えっ!?」
思わず声が出る。退塾なんてなったら担任と組んだ計画が台無しだ!
「そうならないように補習を受けていただくかもしれません。これ以上落とさないように気を付けてください」
「マジかよ……」
本気でうなだれる俺をマキが笑う。
「あと、魔力の方も女王さまが同じことを言っていました」
「えっ!?」
先生の追い打ちが俺の脳天にヒットする。結構痛い。
「それで、薊は本来対象ではないのですが、学校に通っていない方に向けて、塾で魔法の授業をしようということになっていまして、王宮から講師の方が来られます。一か月後くらいから始まるので、都合の良いときにでも来ていただければ安心かな、と思うのですが。どうでしょう?」
高校での魔法の授業はどうにかなってる。どうにかなってるだけで、良い成績ではない。喧嘩に巻き込まれたら、魔法より先に拳が出るくらいだ。魔法の成績だけでも良くなるんなら卒業と就職のために助かるんだけど……
「……めんどい」
「こら、お兄ちゃん! 先生がせっかく紹介してくれたのに!」
まあ、人生そんなもんかな。うまくいかないことばっかり。でもどうにかはなる……かも。




