1話2 女子力
カモミールティーを飲んでいるのに気が休まらない。蛍さんは気づいているのか気づいていないのか、会ってからずっと変わらないうがった表情のままで、鎮静剤入りのカモミールティーを飲んでいる。
〈これ、効いてますかね?〉
私が問いかける。
〈蝶二さんが下さった瓶のお薬、ちゃんと入れたのですが……〉
鹿の子さんが泣きそうになりながら答える。
〈おかしいですね。同じ分量で猪目にも効いたのを確認したのですが〉
蝶二さんが平然と悩む。
〈いや、いつの間にそんな危ないことを……〉
〈勤務時間外でしたのでご安心を〉
蝶二さんは猪目さんを何だと思っているんだろう。とりあえず、蛍さんはただの騎士じゃない。やっぱり、何とかして敵に回さないようにしないと。私と、多分蝶二さんもそう感じていると、蛍さんは空になったカップを置いた。
「メイド、茶を淹れるのが上手いな」
鹿の子さんは小鹿のように震えながら一礼する。
「また出してくれ。今度は茶菓子を持ってくる。何がいい?」
蛍さんは意外にも鹿の子さんに好意的だ。鹿の子さんは驚いて念話で蝶二さんに尋ねる。
〈何とお答えしましょう!?〉
〈あなたの好きなものでいいですよ。何を持ってこられても検査はしますので〉
「えっと……では、果物がいいです。桃とか、すいかとか……」
「分かった。最高級のものを取り寄せよう」
蛍さんは少し嬉しそうにする。
〈これは……鹿の子さんから情報を引き出すつもりですね。気をつけてください〉
〈はい……〉
「いえ、そこまでお気遣いいただく訳には」
「構わん。騎士の俸給は良いが、あまり使うアテがなくてな」
「そうなんですか?」
私が聞き返すと、鹿の子さんは寂しそうな顔をする。
「趣味がないし、自分のこととなると美容も食事も興味がない」
興味がなくてこんなにきれいな見た目をしているのはすごいと思う。
「そうだ。ぜひそういうことを人間さまから教わりたい。互いの立場は忘れ、大人の女どうし二人きりで話さないか?」
蛍さんはさらりと、私たちに電撃を落とした。蝶二さんと鹿の子さんは邪魔だと言い出したのだ。
「えっと、このままではだめでしょうか? ほら、鹿の子さんも女性ですし、蝶二さんだって女子力高いですよ?」
「え」
慌てた私の発言で蝶二さんを驚かせてしまう。
「自覚がないのですが……ちなみに、どういうところが?」
蝶二さんは驚いているというより、挑発させられて怒っているような、目の前の魚にネギをかけられた猫のような表情だ。
「お茶の香りとか効果に敏感だったり、アイロンかけがお上手だったり、字がきれいだったり……」
「そんなの女子力に入りません。もっとこう……小さくてか弱いものが好きだったり、パーティーに着ていくドレスを選ぶのに一時間もかかったりするようなのを女子力と言うのではありませんか」
私と蝶二さんは硬直して、鹿の子さんに判決を仰ぐ。
「えぇ……」
大人げない口論に巻き込まれて、鹿の子さんは困っている。申し訳ない。
「本人たちもそう言っていることだ。二人きりで話そう」
〈しまった!〉
蝶二さんの遅い気づきが念話の中で叫びとして聞こえる。
〈せっかく自然な流れで断ろうと思っていたのに……〉
〈申し訳ございません……〉
〈いえ、自然な流れではなかった気がします〉
珍しく落ち込む蝶二さんを、鹿の子さんが励ましながら退室していく。
「何かありましたらお申し付けください」
と不満そうに言って、戸のすぐ傍で足音が消える。近くで控えてくれていると思うと心強い。
二人きりになった教室に、夏の昼間の熱い日差しが入る。私は残っていたカモミールティーを飲み干す。
「何も、ずっと剣に手を掛けている必要などないのに」
蛍さんがそう言った。
「分かるんですか?」
「ちなみに、果物の毒見をする必要もないし、私の体は毒に慣らされている」
念話で伝え合っていたことも知られているらしい。さすがは、私の監視役に選ばれる騎士だ。感心するけど、同時に恐ろしくなる。
「怒ってはいない。護衛対象のためなら何でもするのが騎士だ。ただ、私に念話を盗み聞かれたり行動を見透かされたりというのは、少し腕が足りないようだ。蝶二は何にでも秀でているが、そうは言っても前線の戦闘部隊の出身だからな。複雑な式は、またやって来るという魔法の教師に教わり直すといいだろう。念話は私が切らせてもらう」
ぷつんという音がして、蝶二さんたちに話しかけることができなくなった。でもきっと、蝶二さんは念話以外でどうにかしてこの会話を聞いているような気がする。それで悔しがって、言い返したくなっているのも想像できる。私に魔法は使えないけど、何となく分かる。ここからは私自身を信じて一人で頑張らないと。
「えっと、前線の戦闘部隊の出身というのは……?」
「聞いていないのか?」
「恥ずかしながら……」
「自分からは話したがらないだろうな。私が教えてやろう。その代わり、後で私の質問にも答えてくれ」
二人きりの午後の教室、蛍さんは駆け引きを持ち出した。




