1話1 カモミール
王宮での会議から数日が経ち、季節は夏、猪目さんが休暇に入り蝶二さんが護衛についてくれている頃、恐れていた日がやってきた。私を悪魔の仲間だと疑う騎士団が遣わした、監視役が来る日だ。監視役がどんな妖精なのかは聞かされず、私も鹿の子さんも、恐らく蝶二さんでさえも、不安に思っていた。
日が高くなって、お昼を食べようか迷っていたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。足がすくむ私に、蝶二さんがささやく。
「大丈夫ですよ、もしもの場合は私が斬り捨てます」
「なるべく穏便にお願いしたいです……」
「では、先生はもっと堂々としていてください。舐められないように」
蝶二さんは私に手本を見せるかのように、美しい姿勢で玄関に出る。私は少しだけ鹿の子さんに抱きついて、元気を充電してもらってから、一緒に教室へ向かう。いきなり二階の居住スペースを見せるのは嫌だろうと、猪目さんと蝶二さんと話し合い、監視役とは一階の教室で会うことに決めていた。人間界の学校の面談よろしく、生徒さんたちの机を移動させて、私は教卓側に座る。鹿の子さんは階段の影に隠れている。お茶を出すかどうかは蝶二さんが念話――心の声で通信ができる魔法で指示すると言っていた。警戒しずぎな気もするけど、「私に従えば安全です」という表情はかっこよかった。
教室の戸がノックされる。
「どうぞ」
私が偉そうに答えると、入ってきたのは女性だった。なでしこのような毒々しいピンクの長い髪に、パーティーのように派手な化粧、前ボタンを三つも開けた騎士の制服から、むっちりとした女性らしい体が見える。私とは住んでいる世界が違う……
「邪魔をする」
つややかな唇から発せられた言葉は、彼女の見た目からは遠く無骨なもので、ヴィオラよりも低い声だった。驚く私の顔を高い背と高いヒールで見下して、私の向かいの席に座った。制服の下はズボンではなくスカートで、足を組むとこちらがどきどきさせられる。けれど私は蝶二さんの指示通り、彼女の発言を待つ。
「……」
「私は蛍。昼顔隊所属の四等星。今日からあなたの監視役になる」
蛍さんの後ろに立っている蝶二さんの目線を受けて、私は口を開く。
「ご苦労様です」
私の中ではかなり頑張って、女王さまみたいに堂々としているつもりだ。だけど蛍さんの方が何枚も上手で、そんな私の緊張を見透かしているようだ。
「人間というからには、もっと異質な感覚があるのかと思ったが、そうでもないな」
「はは。街を歩いていても誰からも指をさされたりはしませんよ」
「何か、擬態の術でも使っているのか?」
蛍は顎を引く。視線が鋭くなる。
「いいえ、私には魔法の力も知識もありません。今度いらっしゃる、魔法の先生の授業を見学してみたいくらいです」
蛍は私をじっと見つめて、私の周りに緑色の小さな光が飛んで、消えた。
「本当だ、全く魔力がない。授業を見学してもつまらないかもな」
私は愛想笑いしたけど、蛍さんの後ろで蝶二さんがいらいらしているのが見えて、真顔に戻る。
「……しかし監視と言われても、どうやって見張るつもりなんです。もちろん、生徒たちが怯えるようなことはしませんよね?」
「ああ。向かいの家を騎士団で借り上げた。私はそこから監視する」
蛍さんは、東側の道路を指した。空き家だったのか、確認もしていなかった。確かに監視にちょうど良さそうだと感心していると、蝶二さんが近づいていくる。
「それだけですか?」
蝶二さんは蛍さんに威圧感を浴びせる。けれども蛍さんはびくともしない。
「それだけとは?」
「それだけで、あの昼顔が満足するとは思いません。まだ隠している策があるでしょう。さっさと言いなさい」
二人が探り合いながら喋っていると、机が爆発しそうなくらいのすごみがある。
「気にすることではない。この家に録音機をしかける程度だ」
「気にすることでしょう。心遣いと常識の無さがあなたの上司にそっくりですよ」
「人格としては嬉しくないが、諜報隊員としては褒め言葉だと受け取っておこう」
蝶二さんと蛍さんは決定的に決裂した。いくら監視役とは言え、これから傍にいるようになる相手なんだから、仲が良いとまではいかなくても悪くない関係になりたいのに……胃痛がしてきた。
〈鹿の子さん、先生と私にはカモミールティーを。監視役にはそれに鎮静薬を三滴垂らしたものを持ってきてください〉
蝶二さんが念話を発する。
〈ええ……? 分かりました〉
鹿の子さんの頼りない返事も聞こえる。情報共有ということで私にも聞こえるようにしてくれたらしいけれど。……今日の蝶二さんはすごいとしか言いようがない。鎮静薬、蛍さんにバレたり鹿の子さんがカップを取り違えたりしなければいいんだけど。




