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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第1章
12/203

3話1 開塾

 授業計画が完成、生徒の募集も締め切られた。とうとう迎える開塾の昼、私は鹿の子さんと猪目さんにお願いして、教室の飾りつけをしていた。

「この色紙、どうするんだ?」

「こんな風に細長く切って、両端をのりで留めて、わっかにして繋げていくんです」

 私は水色の色紙を四等分に切って、繋いで見せた。鹿の子さんと猪目さんは物珍しそうに目を輝かせる。

「おもしろいな! さすが先生!」

「こういう飾り、妖精界にはないんですか?」

「見たことないです! きれいです」

「俺も。早速、子どもたちも勉強になるんじゃないか?」

「よかったです」

 既に長机はくっつけて、鹿の子さんと作ったお菓子が並べてある。ジャムを乗せたクッキーに、チョコチップクッキー、オレンジとグレープのグミ、小豆と抹茶のようかん、ふわふわのえびせん、キャンディーチーズ、干しりんご、金平糖。妖精界にあるものも、人間界にしかないものも揃えて、達成感がある。

 最後の仕上げとして、私はチョークを持って黒板と対峙する。『ご入塾おめでとうございます。楽しい時間にしましょう。これからよろしくお願いします』と、白い文字にピンクの囲いをして、黄色と水色で花や蝶の絵を添える。黒板に文字を書くなんていつぶりだろう。小学校のときは休み時間に落書きをしたり、中学や高校では先生に当てられて数学の問題を書いたりした、かな。今の気分はその二つを合わせたみたいだ。うきうきしていて、でも緊張している。

「その字には魔法かけなくていいんだな?」

 猪目さんが色紙をくっつけながら聞く。

「はい。私の国の文字も教えたいんです。今日いきなりは勉強させませんが、少しだけ触れてほしくて」

 猪目さんと鹿の子さんは私の勉強に付き合ってくれたおかげで、私の国の文字が少し読めるようになっている。私自身も、魔法がかかっていなくても何とか妖精界の文字が読めるようになった。こんな年になって本気で絵本を読むなんて思ってもみなかったけど、世界が広がっていくのは楽しかった。生徒さんたちにもそのどきどきを経験してほしい。

 今日来るはずの生徒さんたちの名簿は既に受け取っている。準備も終わりかけ、私はもう一度その名簿を見返した。

 全員で十二人、年齢はだいたい中学生から高校生くらい。私や猪目さんから見たらみんな同じくらいにも思えてしまうけど、私が中学一年生だった頃を振り返ってみると、高校三年生なんてすごく大人に感じていた。高校三年生だった頃を振り返ってみると、中学一年生なんてお子さまだった。

 親の職業も、魔力の大きさも、ここに来る理由もみんな違う。年齢は同じでも、学校に通っている子、通っていない子もいる。同じ授業を受けて、遠慮なく話し合いや遊びができるよう、よく様子を確認しなくちゃいけない。


 玄関扉ががらがらと鳴る。猪目さんも鹿の子さんも教室の中にいる。来たのは、生徒さんだ! 私は靴を滑らせそうになりながら出迎える。

「こんにちは」

 私が挨拶すると、一緒に来たのかここで出会っただけなのか、でも四人組は揃って丁寧なお辞儀で、挨拶を返してくれた。いい子たちそうだ。私が先導して教室に案内する。

「わあっ!」

 品の良い少年が爽やかな歓声をあげる。水色の短い整った髪に金色の目。どことなく神々しいこの雰囲気、どこかで感じたような……?

 長いストレートヘアにセーラー服の少女は、声には出さなかったけれどとても喜んだような表情をする。白い肌がバラのように色づく。この四人の中では年長らしく、三人の様子も気にしている。優しいお姉さんって感じかな。

 リボンとレースのついた黒いケープにハーフパンツの少年は、ケープと同じ色の猫耳と尻尾を揺らす。表情はあまり変わらないけど、どちらかというと良い気分みたいだ。分かりづらいようで分かりやすい。

 くたびれたセーターにジャージのズボン、縁のない眼鏡の少年は教室を見渡す。四人の中でもずば抜けて静かで、何を考えているのか分からない。

「ようこそ、ここが教室です。来てくださってありがとうございます。時間までここで待っていてください。……あ、お菓子はまだ食べないでくださいね」

「はい。分かりました」

 お坊ちゃんだけが声を出して返事をする。セーラー服の子と猫耳の子、眼鏡の子は頷く。おしとやかな子たちだなあ。

 しばらくして、また扉が鳴る。

「こんにちは」

 さっきと同じ挨拶をすると、今度は女の子が二人組でいた。

「こんちは!」

「こんにちは~」

 短いツインテールの、小柄で活発そうな少女と、三つ編みに素朴なワンピースが似合っている穏やかそうな少女だ。もう友だちのようで、小柄な子の方が三つ編みの子を引っ張って、勝手に教室に入っていく。見ていてほっこりする。眺めていると、小柄な子が一人でぴょこんと、私のところに引き返してきた。

「あっちにそれっぽい男子がいたよ。うじうじしてたから、声かけてあげて」

「あっ、はい! ありがとうございます!」

 小柄な子はそれだけ言って教室に戻った。律儀だなあと感心しながら、私は外を見渡してみる。塾の周りは静かな住宅街で、隠れられるような場所は少ない。塾と隣の家の間の通路に、それらしい少年二人組がいた。

「こんにちは。もしかして、塾に来た生徒さん?」

 詰襟で、頭に包帯を巻いた少年が一回頷く。私を怖がっているような雰囲気を感じて、何だか申し訳なくなる。彼の後ろには黒いローブのフードを被った、血のような赤い目の少年が隠れている。こっちは私を怖がっているというより、私を怖がらせてやろうという感じだ。でも、ここで怖がったら先生らしくない!

「えっと……教室まで案内しますね」

 返事はなかったけど二人はついてきた。無事教室に連れ込み、胸をなでおろす。あの二人、仲いいのかな?

「ちわーっす」

「わっ」

 背後からの低い声に驚く。背の高い少年が二人いた。開けたままの玄関から入って来たのに私が気づかなかったんだ。短髪の方の少年は学生服で、眉は剃った跡があり、耳にピアスをしている。ポケットに手を入れているのでもう完璧だ。学生時代の私にとっては苦手なタイプだったけど、今はむしろ清々しい。

「あなたが先生ですか?」

 長髪の方の少年に聞かれる。

「はい!」

「よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」

 すらっとしていて中性的な印象も受けるけど、たくましい目つきと声をしている。クラスにいたら憧れちゃうようなタイプだ。

 教室には十人。授業、今日だけは歓迎パーティー開始の時間が近づく。

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