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サハル・ルンジーエ  作者: 在原白珪
第1章
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13/203

3話2 覚悟

 時計の鐘が四回鳴って三十分が経つ。授業開始の時間は過ぎているが、教室の中の人数を数えると、やっぱり二人足りない。教室にいる生徒さんたちは雑談を楽しんでいるものの、待ちくたびれたようだ。

「道に迷っているんでしょうか?」

「そりゃないと思うぜ。魔法コンパスは支給されてるはずだし」

 不良風の子が言う。

「魔法コンパス?」

「え? 先生知らねえのか。行きたい場所がある方向を指し示すコンパス。普通に売ってるし、公職に就いたり、公立の学校に入ったりするとタダでもらえる。この塾も対象になってる、よな?」

 不良風の子は誰かに確認を取る。もともと公立の高校に通っているんだろう。

「はい! うち、この間郵送でもらいました」

「あたしも!」

 三つ編みの子と小柄な子が手を挙げる。郵送できるんだ。二人が見せあっているコンパスは、本体が白く、金の縁取りが入っている。高級品に見えるこれが郵送されてくるなんて、妖精界は何とも豊かで大胆だ。

「じゃあ、何か事件や事故に遭ったとか……」

 私の一言で、教室に不安な空気が漂い始めた。

「そんな」

「大丈夫かな」

 しまった。子どもたちの前で言う言葉じゃなかったのかも。本当にそうだったらいけないけど、私のせいで楽しい歓迎会が台無しになってしまう。

「探してこようか。誰がいない?」

 出てきたのは猪目さんだ。廊下にいて、声が聞こえていたんだ。猪目さんに手招きされ、私は出席確認のために黒板に貼っていた名表を取って廊下に出て、事前にもらっていた名簿を渡す。

「ムギさんと梢さんが来ていません。これに住所が書いてあるので、使いそうな道を確認していただいて良いでしょうか?」

「わかった。そっちは一人で大丈夫か?」

「何とかします! では、すみませんがお願いします」

「いいって」

 猪目さんは私の頭をなでて、

「殿下のことはあんまり気にしなくていいから。今の俺の主人はお前だ」

 そう笑いかけて颯爽と出ていった。

「え?」

 思わず声が出る。私、そんなに心配させるような顔をしていたのかな? それとも、そんなに子どもっぽく見られていた? 初めて街に出たときも手を繋ごうかって言ってくれて、でもそれは冗談だって…… 

 いや、それよりも、気にしなくていいとは言われても王子さまがいることには変わりない。ううん、ここでは王子さまとか商家の子とか分けずに大事にするって決めているし! でも猪目さんからしたら心配でしょうがないよな。今まで何も言わなかったのに、急に言葉にしたってことはそういうことだ。大事な第三王子の傍にいる大人が頼りない私一人なんて気が気でないだろう。本当に探しに行ってもらって良かったのかな? ぐちゃぐちゃに考えているうちに顔が熱くなってしまった気がして、手を当てて冷やしてみる。

「せんせー?」

「わっ!」

 小柄な子が私の真横に立っていた。

「どーすんの?」

「あっ、えっと……」

 小柄な子の栗色の目はまじまじと私を見つめる。そうだ。まずは、目の前にいる生徒さんたちの不安を払わなきゃいけない。それが今の私にできることだ。

「先に始めてしまいましょう」

 小柄な子は私の腕を掴んで教室に引っ張って叫んだ。

「始まるって!」

 生徒さんたちの顔がぱあっと明るくなる。ああ、まだ、台無しになんてなっていなかった。大変なのはこれからだというのに、私は安堵した。お手柄な小柄な子はにこにこと三つ編みの子の隣に戻る。

 深呼吸をして、先生らしく声を張ってみる。

「お待たせしました。皆さん、ご入塾おめでとうございます。切磋琢磨し、勉学に励まれる皆さんがこれから仲良く過ごせるよう、今日は歓迎会を開きます。既に打ち解けていらっしゃる方々もありますが、ここで自己紹介をし、みんなにご自身のことを知ってもらいましょう。その後はお菓子とともに、私も一緒にですが、自由にお話しができたらいいなと思います」

 言えた。用意していた言葉をそのまま伝えることができた。こんな短い台詞にもどきどきして、通して言えたことに感動してしまっている。

「ではまず、私の自己紹介からさせていただきます。私は女王さまから任命に預かった教員、日向(ひなた)葉月(はづき)といいます。日向が名字で、葉月が名前です」

 予想通り、生徒さんたちは不思議そうにしている。妖精界には名字の概念がないらしいので、授業で教えてあげなくちゃいけない。

「とりあえずは先生と呼んでください。歳は二十六歳、人間です。魔力も羽も、妖精の皆さんほど長い寿命も持っていません。でも、ここへ来てから日々妖精界のことを学んでいます。簡単な字なら読めます。甘いものが好きです。至らぬ点も多いと思いますが、よろしくお願いします」

 初めは静かに、そして段々と大きく十人分の拍手が起こる。心臓の高鳴りを抑えながら、お辞儀する。

「では、皆さんは、教室に入った順に、ここに立って自己紹介してもらいましょう。どうぞ」

 私が端に移動すると、一番に入って来た子、あのお坊ちゃんが姿勢よく出てきた。

「初めまして。私は蒼空(そら)。この国の第三王子だ」

 教室は衝撃に包まれる。

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