94 王都の企み1
イングバルが魔術部隊を率いて城を出て数日、今は東地区辺りを通っているはずだ。そう言えばロージーが土地を買ったと言っていたがそこが噂の元ならすぐに見つかってしまうな。何か策をこうじているのだろうか?あのジルドとかいう奴はまだ世慣れてそうだから上手くロージーを世話していればいいが……必要以上に親密になられても困る。
「タイラー、何か不満があるのか?」
ギデオンが不意に声をかけてきて我に返った。不満気な顔を見られてしまったか。
「いえ、ただオスロワスの動きがいつもおかしなタイミングで攻めてきているのが気になります」
会議中だったことを忘れていたが上手くごまかした。
「確かにそうであるな。だが国内の事情が他国に漏れることはこれまでもないわけではない。商人や冒険者達は大した調べもなく国境を超えるのだから多少はそこからであろ」
ラウリスが次の書類に目を落としたまま答えた。
「ですが平民では知り得ない内部の事まで他国が知っているのはどうなのです?私が兵士だった頃は平民には殆ど何も情報は無かった」
今日は騎士団長、副長と王都を護る近衛隊長、王都周辺を護る第一部隊長、東地区の第二部隊、西地区の第三部隊の隊長と辺境部隊大隊長のオレのみの隊長会議だ。
本来ならここに魔術部隊長のイングバルがいるわけだが奴は『赤毛の魔術師』であるロージーを探すために不在だ。
「タイラーが言わんとする事はわかる気がするが迂闊なことは口にせんほうがよい」
東地区の隊長は少し年嵩の引退間近のパトリック・マッケンジーだ。若い頃は豪胆で知られていたらしいが今は白い顎髭がより老け込ませ好々爺のように見えなくもない。
東地区は隣国ミデガライトと友好関係を結ぶ寸前であることもあり比較的落ち着いた状況の為、引退寸前のパトリックでも務まるが西地区は違う。今も怪しげな動きを繰り返すオスロワスには最大の警戒が必要だ。
西地区の隊長ダーレン・ウォーカーは四十代で隊長としては円熟期だ。腕を組み硬い表情で唸る。
「それは私も感じていたことです。旧ウギマへの侵攻も周辺が魔王を倒したという事に浮足立っている期間ではなく少し後の異例なタイミングで現場は混乱した。タイラーが上手くやったと思うがアレもたまたま魔物の残党狩りをタイラーが引き受けていたからだ」
「確かにすぐに凱旋していれば対応に遅れたかもしれんな」
近衛隊長のカーター・スチュワートも頷く。
「だが平民であるタイラーを辺境部隊大隊長にするとの発表は即時だったのだからタイラーがいることはわかっていたのでは?」
ラウリスが女中にお茶を頼みながら言う。
「であるな、タイラーが舐められていたということか?」
ギデオンが面白そうにオレを見た。
「それはあるでしょうね。ただの平民がイキナリ大隊長とは信じられなかったのかもしれません」
魔王を倒したところでここまでの出世は正直自分でも驚いた。
「魔王との直接対決は我が国だけですからな、その本当の強さは他国にはわかるまい」
西地区隊長のダーレンは魔王戦の時、一緒に戦った事がある。オレの話を最初に聞いてくれたのも彼だ。当時辺境部隊は小隊の集まりを中隊長が持ち回りでまとめていただけのあまり重要視されていない地区だった。
ウギマが健在だった頃、砦を設けてはいたもののウギマは警戒するような軍事に力を入れた国ではなく農業と商人で成り立っていた国だ。そのせいであっという間に魔王に陥落されたのだろうが。
「落とされたウギマの者は散り散りになった。我が国にもいるのではないか?そうであれば祖国を取り返そうと何か企んでおるかもしれんの」
パトリックが国内の混乱がウギマの生き残りのせいだと言う。確かにそれもあるだろう。
一時休憩が入ることとなりまた午後から続きだ。
自室へ向かう廊下を歩きながら大きくアクビをして伸びをした。
「おい」
「お前が代わってくれよ」
気を抜くオレを注意してくるレーンに顔を向ける。連日の会議に頭痛がする。
「さっきも集中を切らしていたな。また余計な事を考えていたのか?」
後ろで立っているレーンにオレの顔は見えないが時々背中を突かれる時がある。こっちは毎日懸命に眠気と戦っているんだ、目を開けてただけ今日はマシだろ。
「辺境で魔王と戦っていたほうがマシか?」
驚いて振り返るとダーレンにガッシリと肩を組まれ部屋へ連れて行かれた。
「隊長、少し眠りたかったのです。帰ってもいいですか?」
ダーレンの部屋に入ると既に食事が二人分用意され一緒に食べなければいけない状況だ。
「駄目だ、久しぶりに王都へ戻ってみればゾルガーの娘と婚約したとか、逃げられたとか。詳しく事情を聞こうかと思っていたが入れ違いに西地区へ魔物の討伐へ出たとかでなかなか話せなかったんだ。諦めろ」
平民相手にでも気さくに話し戦地でも評判が良かったダーレンとは魔王戦以来だ。
仕方なくテーブルにつくとレーンは午後からの準備の為に退室した。ダーレンは貴族だがそれほど礼儀にうるさくないのでオレ一人でも大丈夫だと思ったのか……いや違うな。アイツはエリーに会いに行ったんだ。クソっ、自分だけズルいぞ!
「それで、ゾルガーの娘との婚約だがどうやったのだ?西にはあまりいい情報が入ってこなかった。あの気位の高いゾルガーの娘がそう簡単に平民のお前と婚約するとは思えないがな」
「私が婚約したのはローズマリー様です。アイダ様ではありません」
一瞬ダーレンが目を見開いた。
「そう言えばいたな。もう一人ゾルガーの娘が、確か領地の屋敷に閉じ込められた『無能者』だという噂の」
やはり隊長クラスの貴族にはロージーが『無能者』だと知られていたらしい。
「えぇ、その方です。彼女が攫われたのを偶然お助けし婚約に至りました」
「なんだそれは、お前が仕組んだのか?」
「そこまで落ちてませんよ」
まぁ、似たようなもんだが。秘密を守るために婚約させたんだからな……もしかしてオレって凄い嫌われるようなことをしてるのか。アレ?なんか変だな。
「で、逃げられたのか」
ダーレンが呆れたようにいう。
「まぁ、そうですね。彼女がゾルガーから廃嫡されて、喜んでいたはずが……」
喜んでいたよな。
「家族から引き離して自分の元へ置こうとしたのか?お前がゾルガーへは入れまい」
「いや、そういうわけでは。あまりにも酷い扱いをされていたので……」
「『無能者』だからな。この国は遅れている。可哀想と思うなら他国へ出した方が良いんじゃないか?」
確かに、ミデガライトから来た奴に求婚されてたしな。
「考える前に行ってしまったので。今は国内にいます……ところで隊長はオレが嫌いですか?」
「なんの事だ?」
テーブルにあるグラスに水を注ごうとしている給仕の男がブルブルと手を震わせている。オレはスッと背中に隠し持っていた短刀を抜き素早く立ち上がると男の首元に当てる。
「動くな」
手にした水差しを取り上げグラスに水を注ぐと男に差し出した。
「飲め」
男は青い顔をしたまま首を横に振った。それを見たダーレンはナイフとフォークをガチャリと投げ出すと顔をしかめた。
「連れて行け!」
側にいた騎士に命じて男を連行させた。
「ゾルガーか?」
「調べたことはありませんが恐らく」
辺境で魔物の討伐に当たっている時も色々とあったが王都へ来たときから頻発してる。稚拙なのから凝ったものまで。
「お前なら寝所へ女を送り込めば簡単だろ」
「御冗談を、オレは品行方正ですよ。婚約者もいます」
「逃げられたのだろ?」
「うぅ……そうですが、恐らく彼女は自分がいれば私がゾルガーに目をつけられると思って身を引いたと思われます」
レーンが余計なことを言わなければまだここにいたはずだ。




