93 新たな派閥2
現場に到着するまで止まらなかったイングバルの話は心地よい眠気を誘ってくれた。興味がない話って淀みなく続ければ一定のリズムを保ついい子守唄だ。
「さぁ、着きますよ」
ウトウトと気持ちよく居眠りをしているとシーラスが優しく起こしてくれた。
馬車から出ると前回作っておいた低い防護壁は無事に役目を果たして魔物に荒らされた気配はない。その一部を開口すると中へ入っていった。
ざっと作った水路と軽く区画整理しておいた場所を横目に以前の書類から井戸があった場所を確認しパフが魔術で地面に深く穴を掘り始めた。
前にも出たのだからそれほど水脈からそれてはいないだろう。掘り続けると突然ゴポゴポ水が湧き始め慌ててそこを囲う貯水用の水場を作った。膝ぐらいまでの深さに整え中へ数段足場をつくり水路に流すだけでなく生活するのに水を使いやすいようにした。
水場の真ん中から静かにどんどん湧き出る水が溢れ出しそうになるのでそこから前に作ってあった水路につなぎ堰をあけると水を流していった。
「急がなくては雑草がはびこりそうですね」
シーラスが行き渡る水の流れを見つつ驚きの発言をする。
「そうなのですか!?では水路に流すのはやめておきますか?」
「いえ、きっと優秀なイングバルがこの水を無駄にしないように急ぎ人を集めるでしょうから」
ハッとしてイングバルを見ると両手を高く上げ震えながら感涙しているようだ。
「この感動を忘れぬうちにここを素晴らしいローズマリー王国への第一歩だと記録に残し永遠に続く……」
「イングバル様、止まって下さい」
もう聞いてられない。
「急ぎ人を集めてくださるならそれはありがたいですが、ここでは孤児も働かせ教育もさせてください。出入りは自由で決して無理に働かせたり追い出したりはしないように。もちろん好き勝手させていいわけではありませんが」
「畏まりました」
すぐにイングバルはキッチリと礼を取り側にいた部下へ細々した指示を出した。
使えるけど疲れるイングバルに気を使うのはもうやめよう。秘書と思えばいいか。
「ポッポ」(ロージー、王都へ行く前に一度屋敷へ戻らんとあの二人の限界が近いぞ)
パフが私の肩止まりながらポツリと言った。私はビクリと身を震わせた。
「……そうよね、ちょっと行ってくるって言ってそのままだものね」
ルーの怒りが目に浮かぶ。子供達もそのままだ。
「ポッポ」(私が屋敷にいたからまだ無事なのは確認出来ておるからマシだろうが、二人してグチグチと責められるのが辛くなってきた。全く相変わらずだの……)
パフは誰に対してもあまり苦手意識はないがルーには一歩引いていた。そこにヘクターが加わり今は二人から小言を言われ困っている様子だ。
「私が城へ行くと言ったらあの二人はどうするかしら?」
「ポッポ」(ルーは側仕えだから付いて行くであろ。問題はヘクターだが奴は恐らく屋敷を守るのが執事の役目だと言って残る。ロージーがいつか戻ってくると信じて)
その言葉を聞いてぞっとし身を震わせた。城へ行けば当分どころかもしかするともう屋敷へは戻れない。まだ住み慣れたわけではないがやっと定めた居場所になるはずだったのに。
「ポッポ」(もう戻るつもりが無いのであれば屋敷は再び閉じておくほうが良いのではないか?そうでなければそこに縛られる者がいる)
パフが少し苦しそうに話している気がする。
「それはヘクターの事を言っているのよね」
「ポッポ」(一般論だ)
ヘクターの前の主は二度と帰るつもりがないと屋敷を結界で封じ誰も入れないようにして去った。
「だけどヘクターは十年間、毎日屋敷に来ていたと言っていたわ」
たとえ封じられ中へ入れなくても屋敷を見守り続けた。
「ポッポ」(あやつは頑固でこちらの言うことを全く聞かん大馬鹿だ)
「だとしたら今回もそうなる可能性が高い。もう年だし屋敷に入れなくて雨の日も風の日も雪の日も毎日毎日通うのは酷すぎるわ」
パフは黙って俯いた。
「だったら屋敷はあのままで、あそこがヘクターの家なのよ。それでいい、でしょ?」
私が帰れなくても私の屋敷はあそこで、そこへ行けばいつでもヘクターが迎え入れてくれる、そう思えば城でも頑張れる気がする。
パフはもうなんにも言わなかった。
「そろそろ戻りましょう。またローズマリー様がお疲れになっては大変ですからね」
シーラスがそう言ったのを合図に護衛に付いてきていた騎士達が帰る準備を始め私も馬車に乗った。最後にイングバルが部下の騎士と何か話した後乗り込み帰路につく。
「ローズマリー様、町へ戻ればまた警戒を強めねばなりません。どうやらエドワード・ゾルガーの申し出が通り貴方を一族へ復帰させる手はずが整ったようです」
イングバルの部下には魔術師が多いため離れた場所からの情報もすぐに手に入るらしい。
「わたくしの意見は聞かれないのですね」
「王は家族を引き離す事は最初から望んでいませんでしたからね。エドワードがそこをうまく利用しローズマリー様が魔術師だという噂が出回る少し前から王へ打診していたようです。王としてもその後入った情報で魔術師のローズマリー様をエドワードが今度は大切に扱うと思ったようですね。最終の決断は勿論ローズマリー様次第ですが周りは既に固まっているということです」
カーリの町のことである程度『赤毛の魔術師』という話が広まり父はすぐに私だと怪しんで探していたのかもしれない。元々私の魔力が強いことは分かっていたのだし結びつけるのは容易かったのだろう。
あの時シーラスが私を利用しようと画策している事は気がついていた。下手すれば彼が父の耳に入れたのかもしれない。
チラリと隣に座るシーラスを見たが全く動じる風もなく微笑まれた。仕方が無いだろう、彼はゾルガーを憎んでいる。私が嫌がろうが彼の思うように事を進めていくに違いない。友人と言ってもそこはあくまでお互いに共通の敵を相手にしているからであって、使えるものは使うということだ。
彼にとって私は最高の駒の一つに過ぎず、使える間は大切にしてくれるつもりで面倒を見てくれている。それならこちらも彼を上手く使えばいいだけだ。まぁ、敵わないでしょうけどね。
それでも、父を、ゾルガーを止めることが出来るならそれでいい。
エカードに戻るとすぐに宿へ向かった。宿の前に馬車をつけ外へ出るとザックがヒューと二人で私を待っていた。
「ロージー!オレたちどうなっちゃうの?」
私に駆け寄った瞬間、側にいた騎士に素早く遮られ近寄れず驚いた顔をした。
「その子達は大丈夫よ、離してあげて」
騎士はイングバルに視線を向け了解を取ってから彼らを離す。私はザックとヒューを呼び寄せ宿の中へ入れると食堂のテーブルにつかせて食事を取らせた。
「これ美味しい。半分持って帰ってもいい?チビ達にも食べさせてやりたい」
ザックがそう言う。
「それはあなた達が全部食べて大丈夫よ。後で持たせてあげるから」
ベンに後を任せると言われたザックは下の子たちを気にして頑張っているようだ。
「仕事が欲しいんだ。何をすればいい?」
ヒューも食べながら聞いてくる。
「畑はもう少し準備がかかるから当面は魔物の回収ね。取引所に魔物を運ぶ仕事をしてね。多分ベンもまだいるはずだから一緒働けるように話をつけておくわ、明日からよ」
二人に多めに食料を渡し、明日またここへ来るように言った。
バナンに彼らの事を頼んでおこう。私からの仕事の依頼としておけば面倒を見てくれるだろう。
数日は魔物の処理をする為の取引所を一時的に増やす段取りや農業に詳しい人の手配、孤児達の教育係、私の畑で働く人が住む場所に古い宿屋を借り上げ寮にして食事などの世話をする人を雇ったりと、忙しく過ごした。
その間にイングバルが進めていた私の王都への帰還に関する準備が整いいよいよ明日、出発することとなった。




