91 噂の魔術師7
シーラスにエスコートされ椅子に座りテーブルをはさみ向かいにイングバル、私の隣にシーラスが座った。
先程私の世話をしてくれた女中がお茶を運んでくると静かに下がっていった。一口お茶を頂くとイングバルがおもむろに口を開いた。
「ローズマリー様と呼ばせて頂きますよ。私もイングバルとお呼びください」
「えぇ、イングバル様。魔物はどうなりました?」
「まだ少し騒がしいようですが粗方片付きましたよ。夜は奴らの動きが活発ですからね、少々手こずりました」
シーラスがふっと笑みを浮かべながらカップを手に取る。
「どうかしましたか?ノヴァック様」
ムッとしたイングバルがシーラスを見る。
「いえ、昨日ローズマリー様が魔術部隊が手を抜いているのではないかと仰っていましたので」
「な!シーラス様、わたくしはそんな事……」
言った……かな?
「少し……表現の仕方が違いますわ。長期戦に備えているのかしらと申し上げたのです」
「攻撃が弱く見えると仰っていましたよ」
「それはきっと離れていたせいで……」
どうして責任者本人を目の前にしてそんな事をいうの!ああいうのは内々の話でしょ!
ちょっと睨むようにシーラスを見たが彼は嬉しそうに微笑むだけだ。
「ローズマリー様……我々の魔術が弱く見えるとは……」
イングバルが貶された事を怒り出すかと思えばなんだか目を潤ませ少し顔が紅潮している。突然立ち上がり私の方へまわって来ると手を差し出す。
「魔物はまだ少し残っております。是非!ローズマリー様の魔術を見せていただきたい!!」
ギラギラした目を向けられ思わず身を引いた。するとシーラスが立ち上がり私の手を取ると立たせイングバルから庇うように導くと宿から出た。すぐ後ろからイングバルも付いて来て外にいた騎士に合図すると馬車が目の前につけられ乗せられるとあっという間に町の防護壁まで連れてこられた。
「これを造られたのもローズマリー様だとお聞きしました。しかも三日で……信じられません」
壁を見上げるイングバルを置き去りに階段をのぼって防護壁の通路から外を見た。数カ所で騎士と魔物がまだ戦っているが昨日と違い数は激減していた。
「もう増えることは無いようです。残党を片付ければ後は大丈夫でしょう」
そう言って少し離れた所に数体の魔物を相手にしている騎士がいるのを指差した。
「あれなどどうでしょう?少し離れすぎておりますでしょうか?ですが近いところではもう……」
話の途中だったが騎士がちょっと危ない感じがしたのでサッと火球を飛ばしそれらを吹き飛ばした。騎士も少し驚いて尻もちをついていたが大丈夫そうでコチラを見ている。
イングバルは口をあんぐりと開けたまま何も言わないのでまだ数か所いた魔物をついでに火球で吹き飛ばすと通路を進んで壁が壊れているところがないか確認しながら町の外を見ていた。危なそうな騎士達を援護しつつ壁を修繕して歩く。隣でシーラスが修繕箇所やもう少しこういうふうに改善したほうが上から魔物を攻撃しやすい等とアドバイスをくれたので改良していった。イングバルはもう何も言わず黙って付いてくる。
「少し休みますか?」
半分ほど来たところでシーラスが言った。それを聞いたイングバルが素早くお付きの者に合図し通路に簡易にお茶席を作ると熱いお茶を用意してくれた。
椅子に座り薫り高いお茶頂いているとなんとも言えない贅沢をしているような気分だ。膝に乗っているパフにお茶菓子をあげると喜んで食べた。
シーラスは私と一緒に簡易のテーブルについているのにイングバルは私の横に立っている。これではイングバルが私の部下のようだ。
「あの、イングバル様はお座りになりませんの?」
「とんでもない、ローズマリー様がお休みになっている間は私が身の安全をお守りしなければいけません」
突然護衛のようなことを言い出し辺りに気を配っている。
「イングバル様は魔術部隊長なのですよ、それも上位の貴族です。そんな方にわたくしの護衛のようなことはさせられませんわ」
イングバルはニヤリと笑い両手を高々と広げ宙を見つめた。
「ローズマリー様、私は貴方ほどの偉大な魔術師にいまだかつてお会いしたことがございません。そのお力は一個人としてお使いになるのは勿体ない。是非、国の為、王の為、ひいては民の為にお使いになるべきです」
「はぁ、そんな大袈裟な……」
「大袈裟などではございません!貴方のような人物こそが国を治めるのに相応しい。この国はかつて魔術を誇っていた国です。魔力こそが力です」
芝居がかったイングバルの話にはもうついていけない。魔術部隊長だけあって魔術に対する思い入れが普通ではないようだ。
「この国にはアイザック様という立派な国王がいらっしゃいます。国を治めるのはあの方です」
私の言葉を聞いてシーラスが鼻で笑った。イングバルもため息をついて首を横に振る。
「この国を今治めているのはゾルガーですよ。王は彼らの言いなりです」
私は下を向いた。
「イングバル様の話によればわたくしもゾルガーに戻されるのでしょう?」
「えぇ、間違い無いでしょうな」
彼の話を受けシーラスがカップをテーブルにそっと置き私に向き直った。
「ローズマリー様、ゾルガーに戻ればいいでは無いですか」
黒い笑みを浮かべ彼は続ける。
「ゾルガーとなり貴方が思うようにその力を利用すればいい」
「おぉ、それは良い考えです。是非とも私をそこに加えて頂きたい」
イングバルが目を輝かせシーラスに同意する。
「何を仰るのです。そんなとんでもない事、わたくしに出来るわけありません」
驚く私にシーラスが例の微笑みで頷く。
「勿論、私が全力を尽くしてお手伝い致しますよ。ラーション様も同じ気持ちのようです。あのゾルガーを排除するのは大変な危険と労力が必要ですが、それを内側から切り崩せば容易いかもしれない」
冷静に見えたシーラスだがかなり興奮していたようで、最後には自分を抑えるように静かに息を吐いた。
「間違いないですな、手始めに私が微力ながらローズマリー様のお手伝いをさせていただきますよ。まずは魔術部隊の特別顧問となって頂くというのはどうです?」
「おぉ、それは良いですね。魔術部隊がローズマリー派だとすぐに知らしめることができる。そうそう、西区のカーリを助けたのもローズマリー様です。しかもたったお一人で」
「やはりそうですか……素晴らしい事です。その偉大なお力を平民の町を護るために惜しげもなくお使いになられるなんて……この目で見たかった」
イングバルの反応にシーラスが満足気に頷く。
私は何だか話についていけず黙っていると二人だけでどんどんと私を城へ戻す計画を進めていく。
「ポッポ」(良いのか?このままでは確実に二人に利用されエドワードと同じようにお前の意思など無視されてしまうぞ)
パフが私を心配して見上げてくる。私は誰にもわからないようにため息をついた。
「良いのよ、私ではお父様を止めることは出来ない。だけど私の力を利用できればこの二人なら上手くやり遂げるかもしれない。失敗して元々なのよ」
これまで何人もの人がゾルガーを排除しようとして返り討ちにあった。シーラスの一族もその一つだ。永く続いてきたゾルガーの繁栄の影で排除されてきた者達がいる。その者たちの犠牲の上でゾルガーは生きてきた。私もその一人だ。私もその罪を背負わなければいけないだろう。
「タイラーのお陰で少しは自由に生きれた。何もかも中途半端で心苦しいけど、後はジルドやジョシュ、それからアントンに引き継ぐわ。資金を送り続ければ何とかなるでしょう」
本当は自分の手でやりたかった。子供達に囲まれ農場を経営したり、各地をまわって旅をしたり。他の国にも行ってみたかった。ここにはないまだ知らない事を知りたかった。
だけど自由はもう終わりだ。




