90 噂の魔術師6
砦からの援軍が来たという知らせを受け町の人も兵士達もホッとしているようだった。
それまでは私がシーラスに抱えられて走り回るという斬新な姿で町を守っていたのが騎士団が騎馬を率いて統率の取れた戦いを繰り広げじわじわ増え続けていた魔物が目に見えて減っていった。
驚いたのは魔術部隊だ。これまで騎士団で魔術師が活躍しているのを見たことがなかった私は疲れた頭と体で日が沈みかけ辺りが薄暗くなるなか、壁の上からぼうっと見ていた。
数人で協力し魔物を囲って攻撃している者や、騎士達が戦うときのバックアップをしている者。騎馬で魔物の集団へ攻め込んでいる時に、背後から魔物が襲いかかるのを阻止している者。
「長期戦に備えているのかしら?」
誰に言うともなくポツリとこぼした。
「何故そう思うのです?」
隣にやって来たシーラスが首元を緩め脱いだ上着を片手に言った。
「だって、そのぉ……」
「魔術攻撃が弱く見えますか?」
彼は微笑み私を見た。
「えぇ……離れているせいでしょうか?」
騎士団の魔術師がそこまで弱くは無いだろう。だけど手加減しているとしか思えない。
「ポッポ」(少し休んだほうがいいぞ)
パフが心配そうに顔を覗き込む。
「そうね、騎士団が来てくれたのだからもう大丈夫でしょう」
町の壁と魔物の間に入り攻撃を続ける騎士に後を任せると私は宿へ帰るために壁の通路をフラフラと歩きだした。
流石に魔力は殆ど無くなりここにいるパフもひとりだ。後は屋敷にひとりとタイラーのところにひとり。
「ポッポ」(タイラーに無事を報告しておいたぞ)
「そう……ありがとう」
疲れ切ってまぶたが閉じそうになった。
「ポッポ」(シーラス、運んでやれ)
パフがシーラスに向かってそう言った。
「ローズマリー様、さっきの約束を果たしますよ」
急に体がふわりと浮くとシーラスに横抱きにされた。
「はっ!なんです?」
「先程お姫様抱っこは後ほどと言ったではないですか」
「そんなこと仰ってましたか?と言うか本当にパフと話せていないのですか?」
息が合いすぎなんだけど。
「どうやら彼とは気が合うようですね」
クタクタに疲れている私に抵抗する力は無い。ハッキリ言ってとても助かった。
「申し訳ありません……」
そう言いつつもう目が閉じかけている。
「大丈夫ですよ、キチンと宿の部屋へお連れしますから。悪さをしようにも凶暴な見張りがいますからね」
フフッと笑いながらシーラスは心地よく運んでくれすぐに気絶するように眠りに落ちてしまった。
お腹が空いて目が覚めてしまった。
暗い部屋の中、枕元を手探りでパフを探してふんわりした小さな体を見つけると引き寄せて抱きしめた。
「まだ夜なの?」
「ポッポ」(あぁ、夜明けまでもうすぐだ、よく眠っていたな。疲れはとれたか?)
「もう大丈夫かな……」
お腹も空いているしもう眠れそうに無いので、起き上がると部屋の灯りをつけた。すると小机に布がかけられた皿があり、めくるとサンドイッチが置いてあった。
「ポッポ」(シーラスが宿の女主人に頼んでいたぞ。着替えもさせてくれていた)
「あ、本当だ……って、パフ!あなた着替えを見たんじゃないでしょうね?」
パフはふいっと顔をそらすと窓辺に飛んでいき外を見た。
「それより厄介な奴らがいるぞ」
サンドイッチにかぶりつきながらパフの横から窓の外を見ると、二階のこの部屋を見上げている人影が見えた。
「誰なの?」
「ポッポ」(見張りの騎士だ。ロージーが眠っている間に魔術部の奴が訪ねてきておった。シーラスが休ませてやってくれと頼んでいたから逃げられないように見張っておるのだろう)
「そう……早速来たのね」
「ポッポ」(良いのか?このままでは逃れられんぞ)
「タイラーに助けを頼む時に覚悟はしたわ。彼を頼っておいて逃げる訳にはいかないでしょう」
パフを抱き上げ首元を撫でる。
「ポッポ」(エドワードと対面するのか?)
「そうなるでしょうね。お父様は私をどうするかしら?」
ゾルガーに帰れと言われるだろうか?
それとも魔術が使えることを隠していたとお怒りになるかしら?
「戻らないと言ったら私も命を狙われるのかな」
「ポッポ」(その可能性はある)
父親に命を狙われるなんて……
「でも、私だってお父様を許せない。タイラーの命を狙っているのでしょう?パフは彼の側にいて何か感じた?」
パフはため息をついた。
「ポッポ」(タイラーに口止めされておるが聞きたいか?ロージーが望むなら……)
私は首を横にふった。
「いい、聞きたくない。命を狙われたことは間違いないのね」
やはりお父様はタイラーを殺そうとしてるんだ。絶対に止めなくちゃ。
胸が重苦しくなるが静かに決心した。
王都へ行こう、これ以上逃げるのはやめにしよう。
お父様の事を考えると食欲は無くなるが何とか食事を済ませた。窓の外が段々と白みだし宿の中もザワザワと人が動く気配がする。そろそろシャワーを浴びに行ってもいいだろう。
着替えを手に取りドアを開けるとそこに見知らぬ騎士が立っていた。
「……おはよう、ございます」
まさかここにまでいるとは。
「おはようございます。おでかけですか?」
「シャワーへ」
シャワールームは斜め前だ。騎士はドアから一歩下がり私をシャワールームへ送り出す。
「お気をつけて」
なんとも言えない気分で騎士の横を通り数歩先のシャワールームへ入っていった。
シャワーを終え部屋に戻り髪を乾かす。最近はずっと自分の魔術を使って乾かしているので楽で簡単だ。ルーの前でも使ったらとても喜んでいた。その方が私の髪はふんわりする。
鏡の前で扱いづらい赤毛の巻げを櫛で梳きながらじっと自分を見た。青白い顔に髪の色が強調されている気がする。
「パフ、タイラーはまだあの人と会っているの?」
彼の寝室から出てきた女性は黒い艶のある髪を肩で切りそろえたキレイな人だった。
「ポッポ」(誰のことを言っておる?)
わかっているクセに意地悪を言う。
「だから、あの黒髪の……」
「ポッポ」(気にするな)
やっぱり会ってるんだ。昔からの付き合いだって言ってたはず。
私は胸元のネックレスの石に触れ、婚約を解消する時はやっぱりこれも返そうと思った。いつまでも着けていてはずっと彼を忘れられないだろう。
どうしてこんな気持ちになるのかな。
不思議に思っているとドアがノックされビクリとした。
「は、はい」
鍵を開けると女中らしき二人が狭い部屋の中へ入ってきた。
「失礼致します。イングバル・ラーション様より御世話を申しつかって参りました」
あれよという間に持ち込まれたドレスに着替えさせられ髪も美しく結い上げられた。
狭い部屋で手際よく仕上げられ町の宿には似つかわしくない貴族の娘が出来上がった。
「コチラへどうぞ」
そのまま部屋の外へ連れ出される。
「パフ、来て」
着替えている間に離れていたパフを呼び手元にふんわり抱えると女中達の驚いた顔を横目に階下へ向かう。宿の食堂には数人の人影しか見当たらずそのうちの一人は完璧な貴族の出で立ちのシーラスだった。他の泊り客は他所へ移されたようだ。
「おはようございます、ローズマリー様。よく眠られましたか?」
いつもの柔らかな微笑みの彼だがちょっと目が笑ってない気がする。
「おはようございます、シーラス様。お陰様で疲れが取れましたわ」
彼が迎えに来る形で手を差し伸べ私をもう一人の貴族の前に連れて行った。
「はじめましてローズマリー・ゾルガー様。私はイングバル・ラーションと申します。騎士団所属魔術部隊の隊長をしております」
四十代位の少し長めの髪を後ろでひと結びにした顔色の悪い細身の男が軽く礼をとった。
「はじめましてラーション様。お心遣いありがとうございます。ですがわたくしはもうゾルガーではありません」
イングバルはニヤリとする。
「城にいる部下からの情報によると、お父上のエドワードが王へローズマリー様の廃嫡の撤回を申し込んでいらっしゃいましたよ」
「ポッポ」(素早いの)
「ホントね」
胸元に抱えたままのパフを見てイングバルが目を輝かせた。
「おぉ、これがあのローズマリー様の下僕の鳩ですな。会議室であなたの危機を知らせたという」
下僕じゃなくてお友達!鳩じゃなくてパフなの!




