67 休養2
ベッドから起きられるようになり、窓辺まで自分の足で歩いていくと硝子戸を開けた。
本来ならパフが元気よく飛び込んでくるところだろうがその姿はない。
暖かくなった風が心地良く、おろしたままの髪をなびかせる。くるくると扱いづらい赤い巻毛は随分と長くなりそろそろ切らなければいけないと思っている。
「ふぅ……」
私の魔力はまだ戻らない。
あの日から三週間、体力は完全とは言えないが戻っている。魔力もじきに戻るだろうと言われているが、自分の中にポッカリと空いてしまった空洞が満たされないことに焦りが募る。
「お嬢様、またご自分でカーテンをお開けになったのですか?」
すっかりこの屋敷にも馴染んでいるルーが部屋へやって来た。
「ごめんなさい……」
パフを部屋に入れるための習慣だったが今は必要の無い事だ。
「さぁ、ご準備なさって下さい。シーラス様を待たせてしまいますよ」
体調が回復して食事も少しずつ取れるようになると与えられた自室では無くシーラスと共に食堂で取るようになった。
用意されたドレスを纏い美しく髪を結い上げられ食事へ向かう。こういう生活から離れていくんだと思っていたのに、また貴族のように生きていくようで気が重い。
ルーに連れられ食事に向かうと廊下の窓の外を見てはパフを探してしまう。私が呼び出さない限り出てこないとわかっているのに。
食堂へつくと既に席についていたシーラスが立ち上がる。
「おはようございます、ローズマリー様」
「おはようございます、シーラス様。遅くなりました」
席につきカップを口へ運ぶ。
「ローズマリー様、ご気分がよろしければ今日は出かけませんか?最近また食欲が落ちてきていると聞きました。屋敷に閉じ籠もってばかりいるより気が晴れるのではないですか?」
シーラスの屋敷は人里離れた所にありまわりには何も無い。昔は近くに畑が広がり農民も多く働いていたらしいがあることをキッカケに一族が没落しそれまで共に支え合っていた友人知人も離れ、多くの領地も手放し残った僅かな土地の管理もままならずやがて働き手も居なくなり畑も放置されたままだそうだ。今は貸し出している土地からの収入で何とか矜持を保っているらしい。
「どこかへ行くのですか?」
「例のあなたが助けた町カーリへ行きます。あの時に受けた被害状況のその後を確認せねばいけませんからね」
「被害状況のその後ですか?どうしてシーラス様が?」
彼の一族は没落したと言っていたから領地では無いはず。
「屋敷から一番近い町ですからね、いつも世話になっている商人や顔見知りの者も多い。あの日も助けを求められて急いで行ってみればあなたが倒れていたのを発見できたのです」
「そうでしたか……」
顔見知りの者が逃げる場所を求めてシーラスの屋敷に駆け込んできていたようだ。町からここまで馬車で一時間ほど。少し遠いが他に行くところが無かったのだろう。
「わかりました、行きますわ。わたくしもどれ程の被害が出ていたのか気になります。力及ばず随分と取りこぼしてしまっていたので」
あまりの多さにパフが作った壁を乗り越え落とし穴からも溢れた魔物がいたはず。
話を聞いて自分の魔力の事ばかり気にして町の被害の事を忘れていた事が急に恥ずかしくなった。
急いで食事を終えて自室に戻るとルーに頼んで着替えさせてもらおうことにした。
「このままでお出かけして頂いて結構ですよ」
「こんなフワフワしたドレスじゃ動きづらいわ。ここに私の荷物が届いているはずよ。その服を着るわ」
用意されたドレスは豪華な貴族のお嬢様服だ。それで町へは行きたくない。
ルーは渋々言った通り私のカバンを取り出し開くとすぐに閉じた。
「これじゃ旦那様に与えられた服とかわらないではないですか」
「違うわよ、ちゃんと見て。自分で稼いだお金で自分で選んで買ったのよ」
そう言うともう一度カバンを開き今度は色々と取り出して組み合わせ着せてくれた。
「地味ですよ、お嬢様」
白いブラウスに山吹色のスカート、地味かしら?
「フリルもリボンもございませんわ」
「だって仕事するのに邪魔なんですもの」
「今は仕事をする為に行くのではなく視察するだけでございましょう」
そうだ、今はまだ魔力が回復していない。仕事は出来ないんだ。
それに気づき俯いてしまう。ルーはハッとして、ちょっとため息ついた。
「お嬢様、私はもう魔力はいらないんじゃないかと思っております」
「ルー……どうしてそんな……」
「お嬢様は生まれてからずっと魔力に振り回されてきました。あると言われ持ち上げられて有用で無いと言われ追いやられて」
確かにそうだ。魔力がなかったら妹のアイダのように普通の貴族の娘として生きていたはず。
「このまま魔力が戻らずシーラス様とここで暮らされてもいいのではないですか?」
「は……シーラス様と?どうして急にそんな事」
何故彼の名前が出てくるの?
「マーサから聞いたところシーラス様は独身で約束された方もいらっしゃいません。いいお年ですので周りの者はやきもきしているようです」
確かに三十代後半位で端正な顔、独身を貫くのは惜しい気が……やだ、惜しいだなんて。
「マーサもお嬢様がその気になれば絶対に落ちると言っております」
「ちょ、ちょっと待って。落ちるとか止めてよ。そんな感じじゃないわ、それに私には……」
タイラーが、と言いかけて口をつぐんだ。そのまま身動が取れず自分が何を言い出すつもりだったのか考えた。
タイラーが、なに?なんでもない。私と彼はなんでもない……はず。婚約だって別に口約束で何故彼がジルドにその事を言い出したのかさえわからない。そんな事とっくに忘れてたし、もう会うつもりも無かった。無かったのに何故か会ってしまいキス……しちゃったんだよね。
「何を考えていらっしゃるんですか?何では無く誰、と申せばいいでしょうか?」
ルーが黒く笑う。
「別に、何も考えてない。くだらないこと言ってないで早く行きましょう」
目をそらしドアへ向かった。胸元で揺れるピンクの石を指で触れながら何となく気持ちを落ち着ける。
とにかく魔力が戻ればそれでいい。
……パフに会いたい。
ルーも一緒に馬車に乗り込みシーラスと共に被害のその後を見るためにカーリへ向かった。
小一時間ほどで到着し、町の中心辺りまで馬車を進めた。
「こんなに家が壊されていたなんて……」
町の南の入口から通りをゆっくりと進む。
「ここらは流石に被害が大きかったですね。魔物がやって来た方向ですし皆が戦った場所ですからね」
「町の人はどうなったんですか?」
振り返ってシーラスに尋ねた。彼は嬉しそうに微笑む。
「怪我人は多いですが皆回復するそうですよ。死者はいませんでした、この規模の魔物の襲来にしては奇跡的だと騎士団の者も言っておりましたよ」
ホッとして馬車の椅子に体を預けた。
「直前であなたが知らせたおかげでほとんどの人が頑丈な建物に移って町の男たちが戦って守ったそうですよ。急襲ではもっと被害が出て下手すれば全滅だったでしょうね。あなたが前線で独り戦ってくださった事がかなり被害を防げた。皆に代わって礼を言いますよ。
町を守ってくださってありがとうございます」
「そんな……わたくしは出来ることをしただけです」
馬車は私が部屋を取っていた宿の前で止まった。
そう言えば宿代を払った覚えがない。荷物はジルドが持ってきてくれていたから彼が払ったのだろうか?
馬車のまわりにはすぐに数人の人が集まりシーラスが外に出た。
「シーラス様!こんにちは、また来たのですか?」
「カーク、またとは酷いな。君達が何か必要なことがないかと確かめに来ているんじゃないか」
ワッと周りの者が笑う。
「毎日来なくても大丈夫ですよ、オレ達の町はオレ達がなんとかしますから。まったく心配性ですね」
皆口を揃えてそうだそうだと笑顔で言う。
「暇なら怪我した奴らを見舞ってやって下さいよ。動けないからってうるさくって」
「もちろん彼らのところにもこれから行くさ。ここには素晴らしい人を紹介しようと思って来たんだよ。さぁ、皆がお待ちかねですよ、ローズマリー様」
ローズマリー様って……私だっけ?こんなに盛り上がっている所に出ていかなきゃいけないの?
嘘でしょ。




